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三頭犬と魔物使い~幼なじみにテイムされてました~  作者: 花車
第13章 対話と尋問

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194 エンベルト8~窮地の博士~

[前回までのあらすじ]イニシスの王はシャーレンとの契約破棄をほのめかし、それを守りたければ王妃を治療せよと聖騎士に迫る。エンベルトはシャーレンに王妃の治療を頼んだが、治療は失敗に終わってしまい……。



 場所:オルンデニア

 語り:エンベルト・マクヴィック

 *************



 シャーレン様による王妃陛下の治療は失敗に終わった。


 非常に残念なことだったが、シャーレン様にも不可能なことはある。


 それでも王妃陛下のご病気の原因が判明したことは、シャーレン様のおかげであり、素晴らしいことだろう。


 私はなんとか気を取りなおし、騎士団を指揮して、治癒魔導師探しに奔走した。


 陛下はアジール博士を王国軍の武器開発第一人者に任命し、本格的に侵略戦争の準備をはじめている。


 すでに陛下の耳に、私の進言は届かなかった。それどころか、陛下はすっかりケイオス殿の言いなりだ。


 ケイオス殿の意見に異を唱えようものなら、私が処刑されかねない。王宮内は、そのように危機的な状況だった。


 この計画を阻止するためには、水の国への侵攻が始まる前に、なんとしても王妃陛下を治療するしかない。


 陛下は恐ろしく殺気立ち、すぐにでもシャーレン様との契約を破棄したがっている。


 私は陛下のお気持ちを和らげようと、新たな治癒魔導師を次々に王宮へと送り届けた。


 陛下は彼らに期待している。もし治療が成功すれば、戦争を避けることができるかもしれない。


 王宮にはすでに、闇属性を除くすべての属性の治癒魔導士たちが揃っていた。


 ある村から招いた炎属性の治癒魔導士は、温感魔法により患者の血行を改善し、身体の苦痛を取り除くことができた。


 心の症状にも効果があるのではないかと期待が高まる。


 また水属性の治癒魔導士は、解毒や傷の化膿を防ぐ魔法が得意だった。特に肌あれの改善には自信があるという。


 肌の状態が改善すれば、心も晴れやかになるのではと期待された。


 そのほかの属性の魔導師たちも、みなそれぞれに治癒魔法を使えた。同じ属性でも人によって、得意な魔法もその効果もさまざまだ。


 しかし何人治癒魔導師を連れてきても、王妃陛下のご病気は一向に改善しなかった。


 高名な治癒魔導師たちが、次々に投獄されていく。私もできる限り手を尽くしたが、また数名が処刑されてしまった。



――この国の平和は、治癒魔導師たちの犠牲により保たれているのだ。あなた方の死は決して無駄ではない。無駄にはしない。


――罪なき魂に、シャーレン様の光の注がれんことを。



 しだいに私は、治癒魔導師に拘らず、魔力の高そうな魔導師なら誰彼かまわず、王宮へ引きずっていくようになった。


 それはほとんど人攫いだったが、国中が戦禍に包まれ、闇のモヤに呑み込まれることを思えば、ほかに選択の余地はなかった。


 だが、こんなことはいつまでも続けられるものではない。投獄されている魔導師たちもいまに処刑されてしまうだろう。


 魔導師たちは我々を恐れ、必死になって隠れようとしている。


 捜索を命じられた騎士たちも、民衆に対し高圧的な態度をとるようになった。


 彼らは詳しい事情を知らされていないが、ただならぬ私の様子に、不穏な空気を察している。


 そんななか、嫌われ役を押し付けられ、毎日私に急かされているのだ。苛立ちを隠せなくなるのも当然かもしれない。



――弱ったな。本当に弱った……。



 私が頭を抱えていたとき、また新たな魔導士が一人、王宮に連れてこられた。


 彼女はまだ幼さの残る十五歳の少女で、名をイザゲルといった。


 イザゲルは優秀な魔導師たちが多く住む、イコロという小さな村の出であった。


 そのなかでも彼女は天才と噂され、王都にまでその名が響いていた。


 騎士たちは大いに期待して連れてきたようだ。しかし彼女は治癒魔導師でないだけでなく、闇属性の魔導師だった。


 闇属性魔導士は、基本的に治癒魔法が使えない。王妃陛下の治療には明らかに不向きだ。



――彼女もきっと、すぐに投獄されるだろう。



 私は彼女を哀れに思っていたが、数日後、驚くべきことが起こった。


 ずっとベッドのうえで譫言を言い、暴れるばかりだった王妃陛下が突然穏やかになったのだ。それだけではなく、わずかではあるが、微笑みまで浮かべたという。


 イザゲルは闇属性のため治癒魔法は使えなかったが、代わりに魔法薬を調合したらしい。


 彼女の薬に、陛下は大いに喜ばれた。


 数ヶ月がすぎても、王妃陛下はベッドから起きあがることはできなかったが、顔色は徐々によくなり、抜け落ちていた髪も生えはじめた。



「リリアの病を治したものは、第一王子と結婚させると言ったな。あれは嘘ではないぞ」



 陛下はイザゲルに大変な期待をかけ、王妃陛下の部屋のそばに立派な個室を与えた。そして、豪華なドレスを贈って着飾らせては、王子と食事をとらせたりした。



――よかった。最近はすっかり、陛下の気分も落ち着いて、シャーレン様への恨み言もほとんど言わなくなった。あの少女が頑張ってくれているおかげだな。



 光の大精霊シャーレン様との契約を受け継ぐ王子殿下が、闇属性魔導師とご結婚というのは、いままでに一度もない話だ。


 しかし、シャーレン様をはじめ精霊たちは、人間の魔法属性を個性のひとつ程度に考えているらしい。


 それにより契約に支障が出ることはないだろう。王子殿下も陛下のお怒りを恐れて、なにも言えないご様子だった。



      △



――王宮が平穏ないまのうちに、アジール博士の研究の内容を把握しておかねば。



 我々聖騎士は陛下のご命令により、国土の浄化を禁止されたままだった。


 数ヶ月もの間、浄化任務を行わずにいたが、王都周辺の闇のモヤの状況は、想像したほど悪化していないようだった。


 ケイオス殿が兵に命じて、闇のモヤを魔力に変換する『魔転のロザンジュ』を各所に設置させたらしい。


 菱形をしたこの魔道具は一見鉄の塊に見えるが、高度な技術で造られたものだ。その効果は、私の予想をはるかに超えていた。


 だが地域によっては、魔物が急激に増えているようだ。


 王国軍の兵たちの、華々しい活躍の話が聞こえてくる。



――魔物がいた方が活躍できるからと、ケイオス殿は意図的にモヤを残しているのか?


――そんなことをして、手に負えない魔物が現れたらどうするつもりだ。



 実際に、魔物による被害は確実に増えている。私は焦りと怒りを感じながら、アジール博士の研究室へと向かった。


 水の国への侵略計画にも、アジール博士は深く関わっているようだ。


 しかし、水の国には、強大な力をもつ大精霊が数多く存在している。そのような国に侵略するなど、考えただけで恐ろしい。


 いったいどのようにして、ケイオス殿は隣国に侵攻するつもりなのだろうか。



      △



 アジール博士の研究室はトールレニアという街の軍事施設のなかにあった。


 博士は無理やりここに連れてこられ、いまはほぼ監禁状態で研究を強要されているらしい。


 その場所は厳重に秘匿されており、容易には近づけないようになっていた。


 しかし幸い、見張りの兵は下級兵士だ。基本的に私の命令に従ってくれる。


 騎士団長の私が、上級将官のケイオス殿と敵対しているなど、兵士には思いもよらないことだろう。



「申しわけありません。だれにも場所を漏らすなと、ケイオス将官から厳命されておりまして……」



 兵士は心から申しわけなさそうにしながら、目隠しをして私を案内した。


 地下道のような、冷たく湿った空気の場所を進み、いくつかの魔法で閉ざされたゲートをくぐる。


 ときにはぐるぐると回転させられ、方向感覚も奪われたうえに、かなり歩かされてしまった。


 博士はこんな厳重な監視下で、いったいなにをさせられているのだろうか。



――あのアジール博士がこんなことに。名声を得たばかりに、巻き込まれてしまったのだな。



 私は博士を不憫に感じながら、その研究室にたどり着いた。


 目隠しをはずすと、そこは見覚えのない空間だった。


 グレーの石レンガで造られた冷たい壁。窓ひとつない閉ざされた部屋。いったいどこなのか見当もつかない。


 研究室の入り口には、別の見張りの兵が立っていた。



「聖騎士エンベルト様! お疲れ様です!」


「あぁ、きみも」



 敬礼する兵にそう答えると、研究室の扉が開かれた。


 部屋のなかではよく見知った男が、工具を手に必死な様子で魔道具を開発している。



――おっと、これはひどいな。足の踏み場がないぞ。



 研究室内はさまざまなものが床に投げ捨てられ、壊れて散乱している有様だった。


 失敗作なのか未完成の魔道具に、細かな部品、工具や魔導書などが散らばっている。植物は植木鉢ごとひっくり返り、土で床を汚していた。


 割れた食器やかじりかけのパンまで床に落ちている。



「アジール博士……、ご無沙汰しております。お話をお聞かせ願いたいのですが……」



 私が入り口で声をかけると、博士は驚いた様子で顔をあげた。



「きみは……。見覚えがあるな。確か、エンベルト君だね。カタレア学園で会ったな。真面目で優秀な生徒だった。よく覚えているよ」


「光栄です」



 博士はカタレア学園にときどき講師として授業をしにきていた。私は学年で主席になるため、彼の授業を理解する必要があったのだ。


 しかし博士の授業は、難解だった。私はほかの生徒に差をつけるため、必死に彼の本を読み、ときには直接質問に行ったりもした。



「散らかっていてすまないな。近ごろ苛立つとつい物を投げてしまうのだ。もう何日も眠っていないからな……」


「博士、あまり無理をしては体に障ります」


「しかし……。これを完成させるまでは、寝てはいけないと命じられていてな……」


「もしや、ケイオス殿ですか……?」


「うむ。あれは危険な男だ……。きみも大切な人がいるなら、逆らわないほうが身のためだぞ」



 博士にそう言われて、私は王都にいる恋人のエレーナを思い浮かべた。


 ヴァルター殿の死から多忙が続き、私は彼女と結婚の話を詰めるどころか、ろくに会うことすらできていない。


 しかし、彼女に危害が及ぶようなことは、私も絶対に避けたかった。


 愛する人のためにも、私はなんとしても、この国の平和を守りたい。


 そのためにも、ケイオス殿の作戦がどのようなものか、博士から聞き出さなくてはならない。


 そんな決意を固めながら、私はあらためて博士の姿に目を向けた。



挿絵(By みてみん)

 いつもお読みいただき、ありがとうございます!


 エンベルトさんだいぶん危うい雰囲気が出てきましたが、次回はついに希望を失うようです。


 『エンベルト編』はあと二話ですが、十三章はまだ十話くらいあります。ゆっくりお付きあいください。


 挿絵は聖騎士エンベルトさんです。(AIじゃないよ)


 次回、第百九十五話 エンベルト9~失われた希望~をお楽しみに!


挿絵(By みてみん)


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ターク様が心配です!~不死身の大剣士は寝不足でした~



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― 新着の感想 ―
エンベルトが逆らえる状況にないのは分かります。 何かを強行する力もないでしょうから、これは仕方ありません。 とは言え、彼もだいぶ思考がヤバい方向にいってしまっていますね。 この国の状態はもう既に平和じ…
[良い点] エンベルトの悲劇は、視野が狭くて、はたからみていると愚か者ということですね。読者だからかもしれませんが。シャーレン様が病じゃないっておっしゃってるのだから病じゃないと。諸悪の根源が王様なの…
[良い点] 医者を迫害するかのような強制連行は、非常に壮絶なものです。 ここで「あなた方の死は決して無駄ではない」とは、エンベルトくんが残念過ぎて…… 存分に堕ちていって、彼は自分が悪い方向に変わって…
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