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三頭犬と魔物使い~幼なじみにテイムされてました~  作者: 花車
第13章 対話と尋問

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193 エンベルト7~王妃の治療~

[前回までのあらすじ]ケイオス将官にそそのかされたイニシスの王アルトゥール。彼は聖騎士に闇のモヤの浄化を禁じ、『水の国』への侵略を宣言した。聖騎士のエンベルトはイニシスの平和を守るため、シャーレンに王妃の治療を頼みに行くことに。


 場所:秘密の祭壇

 語り:エンベルト・マクヴィック

 *************



 あの日私は、すぐに秘密の神殿に向かった。


 そして、シャーレン様の御前で、王妃陛下の苦しむご様子や、国王陛下のつらい現状を、涙ながらに訴えた。


 三日三晩土下座しつづけたが、浄化瞑想に比べればなんでもない。


 誇り高いはずの聖騎士のこの姿を、情けないと思う民もいることだろう。だがこれは、イニシスの平和を守るためだ。


 それでもシャーレン様をわずらわせることは、私には本当に心苦しかった。


 彼女は自分の居場所を、人々に知られることを嫌う。


 その身体からあふれる癒しの力を欲した人間が、森を汚したり精霊たちを脅かした過去があるのだという。


 それに、病気の人間を頼まれるがままに治療することは、自然の摂理にもとると言えよう。


 それでもシャーレン様は「特別に一度だけなら」と、王妃陛下の治療を承諾してくださった。



――シャーレン様、感謝いたします! 王妃陛下が回復されなければ、この国は滅亡してしまうところでした。


――これでいままでどおり、王国の平和と、民の幸せを守ることができます!



 優しい微笑みを浮かべたシャーレン様を見て、私はまた、感動に胸を震わせていた。



      △



 その一ヶ月後、我々は王妃陛下の乗る宮輿とともに、シャーレン様の神殿を目指した。


 ご病気の王妃陛下の乗る宮輿を運ばせるには、二百人近い人間が必要になる。


 その行列は、まるで華やかな祭りのようだった。


 犬の仮面を被った者たちが踊りながら宮輿の通る道を清めていく。


 王妃陛下の回復を祈る民衆が道の脇につめかけ、虹色に染めたラーンの花びらを撒いていく。


 できるだけ目立たぬようにと手配していたはずが、どこからか話が漏れ、気が付くとこんな騒ぎになってしまっていた。


 王妃陛下の宮輿が神殿に入っていく。


 シャーレン様の隠された神殿は、このイニシス王国にいくつか存在していた。


 今回治療の場所として選ばれたのは、それらの神殿のうちのひとつだった。


 祭りのような大騒ぎなのだから、多くの人間が神殿の場所を知ることになってしまう。


 そのためシャーレン様は、王妃陛下の治療が終われば、この神殿を放棄するとおっしゃっていた。


 シャーレン様をここまでの面倒に巻き込んでしまったことを、私はまた心苦しく感じていた。


 しかし、このまま戦争になるよりは、彼女にとっても良いはずだ。


 シャーレン様が祭壇で眩しい背光を放っている。いつ見ても本当に神々しいお姿だ。



――これならきっと。



 我々は王妃陛下の宮輿を祭壇の前に降ろさせた。お付きの者が宮輿から王妃陛下を担ぎ出し、祭壇に準備された寝台に寝かせた。



「まぁ……。あの美しかった王妃陛下があんなお姿に……」


「おいたわしや……」


「なんと……。これはひどい……」



 ここのところずっと人前に出ていなかった王妃陛下のその姿。


 集まった人々はみな憐みの声を漏らしながら、王妃陛下から目を背けた。


 王妃陛下はもともと、白く美しいラーンの花にも喩えられるほど、華やかな美貌をお持ちだった。


 しかしいま、そのお身体は痩せ細り、髪も抜け落ちてしまっている。


 そしてその手には、しっかりと枷がはめられていた。


 そうしておかないと、自分で顔を引っ掻いたり、髪をむしったりしてしまうらしいのだ。


 寝台に横たわった王妃陛下は、くぼんだ目で周りを見回すと、カッと目を見開き叫びはじめた。



「ひぃぃ……! 早くわたくしを王宮に連れ帰ってくださいませ! だれにもこんな姿は見られたくない! あんなにそう言いましたのにぃー! カリナ! カリナァァァ!」


「リリア様! カリナはここにおります。どうか気をしっかりお持ちくださいませ! ご病気を治して一緒に王宮へ帰りましょうね」



 カリナは王妃陛下の侍女だった。彼女は王妃陛下を慰めながら、必死にその手を握り祈りはじめた。



「早く治療せよ!」



 陛下がそう言ってシャーレン様を呼ぶと、シャーレン様は寝台に近づいた。彼女がその手を王妃陛下にかざすと、濃く強い金色の光が微粒子のように降り注ぐ。


 王妃陛下の顔についていた無数の引っ掻き傷が綺麗に治り、周囲からどよめきが起きた。


 しかし王妃陛下は、涙を流し叫びつづけている。



「うぁぁぁ! こんな生き恥を晒すくらいなら、死んだほうがマシでございます! どうかわたくしを切り捨ててくださいませ!」



 王妃陛下の泣き声が森の神殿に響き渡る。そのあまりにも悲しいご様子に、お祭り騒ぎだった人々も静まり返った。


 陛下は目を見開いたまま、戸惑った様子で立ち尽くしている。



「リリア様……! そんな悲しいことをおっしゃらないでくださいませ……。大丈夫です、ほら、この光を見てください。傷が治っていますよ。ご病気もすぐによくなります!」



 カリナはシャーレン様の癒しの光に目を細めながら、王妃陛下の手を握り祈っている。


 だが、どれだけ時間が経っても、王妃陛下の悲鳴のような泣き声は、一向に止むことがなかった。


 落ち着かない様子で歩き回る陛下。


 そんななか、ケイオス殿が陛下に囁いた声が、私の耳に入ってきた。



「陛下、王妃陛下は国民たちの憧れであり、誇りであり、王国の象徴となる存在です。失礼を承知で申しあげますが、このような醜いお姿をいつまでも晒していては、王家の権威を損ないますぞ」


「なっ……。なんと心無いことを! 王妃陛下は病に苦しんでおられるというのに……! 不忠な言動で、王家の権威を蔑ろにしているのはあなたです、ケイオス殿!」



 私は思わず声をあげた。


 陛下の顔が怒りに赤く染まっていく。陛下はワナワナと震えながら、掠れた声を張りあげた。



「もうよい! はやく、リリアを輿に戻せ!」



 王妃陛下は泣き叫びながら、宮輿のなかへ担ぎ込まれていく。



「これはどういうことだ、シャーレン! その光は万病を治療できるのではなかったのか!?」



 陛下の獣のように鋭い目が、シャーレン様を睨みつける。


 陛下の怒りはまたシャーレン様に向かってしまった。


 シャーレン様は悲し気に口を結び、ゆっくりとその首を横に振った。そして、怒れる王を宥めるように、静かにその声を発した。



「イニシスの王アルトゥールよ。あなたの大切なリリアは、心の病にかかっているようです。残念ですが、私には治せません」


「この大嘘つきの羽虫め! リリアは我が妃ぞ! こんな醜いままでいいとでも思っているのか! さては美しかったリリアを妬み、おまえが邪術をかけたのであろう! こんなのは全て、この国を滅ぼさんとする羽虫の陰謀だ!」


「陛下!? シャーレン様は決してそのようなことは……!」



 シャーレン様に飛びかかろうとする陛下を、私は慌てて止めに入った。陛下は私の腕を振り払い、持っていた杖を床に叩きつける。


 宮輿のなかで泣きつづける王妃陛下の声はますます悲しく、神殿の空気を震わせていた。


 だれもがその様子に驚愕し、ただ呆然と立ち尽くしている。



「アルトゥール、あなたがそのように取乱しては、リリアの病によい影響がありませんよ。まずはあなたが心を落ち着け、彼女に愛と尊敬を示しなさい。そして彼女の手を取り、二人で散歩をするのです。その穏やかな時間が、リリアの心を癒すでしょう」


「なんだと! お前はリリアのこれを我のせいだと申すのか! なんという無礼者だ! 騎士ども! いますぐこのいんちき羽虫を切り刻めーー!」



 シャーレン様は陛下を宥めてくださったが、陛下はますますお怒りになった。


 あまりのことに、騎士団を率いてきた私も、どうしていいのかわからない。


 いくら王命とはいえ、私はただの聖騎士だ。超回復の力を持つシャーレン様を、切り刻むことなどできるはずもない。


 彼女の神々しく輝くお姿を見れば、それはひと目で判断できた。



「イニシスの騎士たちよ。いまの王に正常な判断はできないようです。落ち着くのを待って連れ帰ってください。私は一度、この場を離れます」



 かたまる我々を残して、シャーレン様は空高く飛び立っていく。


 私はそのとき、騒然とする人々のなかで、不敵に笑うケイオス殿を見てしまったのだった。



 いつもお読みいただき、感想もありがとうございます!


 王妃を愛する王様が、病床の王妃を醜いと言った経緯を書こうとしたらすごい悲しいことになってしまいました(^^;


 なかなかにダークな『エンベルト編』ですが、お好きな方には刺さってるようでうれしいです。あと三話、ぜひお付きあいください。


 次回はついにアジール博士が登場です!


 第百九十四話 エンベルト8~窮地の博士~をお楽しみに!


挿絵(By みてみん)

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[良い点] エンベルトの必死な想いが届き、シャーレンは柔軟に治療を承諾してくれたんですね。 彼はこうやって人間味のある所を出してくるから、憎み切れないところがあります。 少し意外でしたがシャーレンはも…
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