191 エンベルト5~王の暴走~
[前回までのあらすじ]エンベルトは王国軍の将官ケイオスと、騎士団長で聖騎士のヴァルターとともに、闇のモヤの浄化任務に出向いた。しかし厳しい戦いの最中、ヴァルターは命を落としてしまう。敬愛する師を失い悲しみに暮れたエンベルトだが……。
場所:オルンデニア
語り:エンベルト・マクヴィック
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ヴァルター殿が亡くなってから、しばらくの月日が流れた。
私はその間に、ヴァルター殿の後任として、国王陛下から騎士団長の役目を仰せつかった。
ヴァルター殿の代わりなど、私には時期尚早ではあるが、ケイオス殿が私を国王陛下に推薦してくださったのだ。
――王に忠誠を誓った騎士として、これほど光栄なことはない。
――ケイオス殿には嫌われているとばかり思っていたが、私の思い違いだったようだ。これからはケイオス殿の信頼にも、しっかりと応えなくては。
私はその大役の責任を重く感じていた。
しかし仲間の騎士たちに祝福され、王の前で誓約を交わすと、誉れ高い気持ちになる。
イニシス国王であるアルトゥール・イニシスは、シャーレン様に愛された初代王の血を引くものだ。
そしてシャーレン様との契約を維持し、後世につなぐという神聖な使命を負っている。
そんな偉大な血筋でありながら、陛下自身も屈強な魔道剣士であり、人々のためこれまで勇敢に魔物と戦ってきた。
傷ついた仲間のために涙を流し、陛下自身も何度も傷つきながら、倒れては立ちあがってきたという伝説は、国中で劇や本にもなっている。
私は子供のころから、そんな陛下の物語を聞いて育ち、陛下に仕えることを夢に見てきたのだ。
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騎士団長の任に就いた私は、ケイオス殿の命令にしたがって騎士団を指揮することとなった。
国王陛下のお心を汲み、ケイオス殿は私にひとつの任務を与えた。王妃陛下の病を癒すことのできる治癒魔導師を捜し出し、王宮に送り届けることだ。
聖騎士の使命は、浄化だけにとどまらない。
我々は民の信仰と福祉を高め、イニシスの平和や文化を守るため、さまざまな活動に参加する。
王妃陛下の早期回復は、国民一同の喜びとなるだろう。
――あぁ、もしも私がエリミネイトを使えたなら、王妃陛下の御病気を治すことができただろうか。
――できることならヴァルター殿から、あの魔法の秘訣を教わりたかった。
しかし、過ぎたことを嘆いても仕方がない。
我々騎士団は時間を惜しんで、治癒魔導師を求め、各地を巡った。
△
私はいくつかの村で聞き込みを行い、優秀な治癒魔導師を探し出した。
そして二人の治癒魔導師に王妃陛下の治療を託し、王宮に送り届けた。
――やれやれ、これで安心だ。治癒魔導師たちには少し無理を言ってしまったが、二人とも快く引き受けてくれた。彼らは王妃陛下のために、全力を尽くしてくれるだろう。
――民からの信頼も厚い魔導師たちだ。王妃陛下の病気は必ず治るはずだ。
治癒魔導師探しの任務をはたした私は、騎士団を引きつれ浄化の任務に赴いた。
だが王都に帰還したとき、私は悲惨な現実に直面することとなった。
恐ろしいことに、治癒魔導師の一人が処刑されていたのだ。
『治癒魔導師たちは王妃を治すどころか、毒でそのご病気を悪化させている』
ケイオス殿がそう、陛下に進言したという。
彼が示した証拠などは、かなり疑わしいものだったが、陛下はそれを信じてしまった。
もう一人の治癒魔導師を守るため、私は証拠の再調査と刑の猶予を求めた。しかしだれも私の主張を聞こうとはしない。
騎士団長になったとはいえ、私は元平民だ。ヴァルター殿のように、貴族の血は流れていない。
功績も後ろ盾もない私の発言は、驚くほどに重みがなかった。
何度も抗議した結果、私は陛下に謹慎を告げられ、もう一人の治癒魔導師も処刑されてしまった。
しかし私は、陛下の意思に従わなければならない。私はケイオス殿の部下であり、陛下に忠誠を誓った騎士なのだ。
△
それから数カ月後、私は国王陛下によばれ、王の書斎に出向いた。
王の権威と富を象徴する、赤や金を基調とした豪華な部屋だ。
部屋の中央には美しい執務机がある。そのうえには地図や書類が散らばるように置かれていた。
執務机に向かい、思索にふける陛下のお姿が見える。
「陛下。ご機嫌麗しゅうございますか? お召しに応じて参上いたしました。エンベルトにございます」
「入れ」
そう言って私をよび入れた陛下の眼差しは、かつての鋭さを失っていた。目尻には、悲しみと疲れが深く刻まれている。
王妃陛下が病に伏せられてから、陛下は休む間もなく国務に励んでおられた。
以前はよくこの部屋におられた、王妃陛下のお姿を思い出す。
ご病気になられる前の王妃陛下は、花のように美しかった。
彼女は国のことを常に気にかけ、陛下に寄り添い、国務にも熱心に取り組んでおられた。
王妃陛下のご不在は、陛下に大きな負担と寂しさをもたらしているようだ。
――陛下は王妃陛下の回復を心から願っておられる。陛下の苦しむお姿を見るのはつらいものだ。
――しかし陛下はまた、別の治癒魔導師を探すよう、私にお命じになるのだろうか。
忠誠を誓った陛下のお考えとはいえ、処刑された治癒魔導師たちのことを思うと、私の心は強く痛んだ。
――どうしてこうなってしまったのだろう。処刑される治癒魔導師の悲鳴を聞いた日は、本当につらかった。
――私にはいまだに信じられない。彼は私の頼みに応え、王宮に出向いてくれた優しい男だったのに。
治癒魔導師を王宮に連れてくるたび、騎士団の評判は悪くなっていた。
近頃は騎士団が村に近づいただけで、治癒魔導師たちが隠れてしまうほどだ。
浄化任務を応援してくれていた民衆たちも、ずいぶん減ってしまったように思う。
民を苦しめるこの行いに、私は胸を痛めていた。
――だが陛下は尊いお方だ。たとえ心の奥底であっても、陛下に失望するなどあってはならない……。
――民の信頼を失ってしまうのは、私の不徳のいたすところだろう。私がヴァルター殿のような英雄ならばこんなことには……。
大切な王妃陛下の衰弱した姿を見ては、陛下が平静でいられないのは当然だろう。それも陛下が心優しく、人間味のある王である証だ。
私は陛下の苦悩に心を痛めながら、彼の傍らに膝をついた。疲れが見えるとはいえ、そのお姿はいまもなお威厳に満ちている。
「我が騎士エンベルトよ。今年もシャーレンの祝福を受け、聖騎士となったか」
陛下は信頼と敬意を込めて、王の騎士である我々を『我が騎士』と呼ぶ。それは我々騎士にとって最高の栄誉であった。
「イニシスの王家は代々シャーレン様との契約を守り、精霊たちの信望を得てきました。そのおかげで、我々はシャーレン様の祝福を受けられるのです。陛下の恩寵に感謝し、身命をかけて陛下のお力になりたいと思っております」
「うむ。ならば急ぎ、リリアの治癒魔導師を見つけてくるのだ。ケイオスから、騎士たちの探し方が手ぬるいという報告を受けておるぞ」
「申しわけありません、陛下。治癒魔導師は、それぞれの地域で重要な役割をはたしており、民のために欠かせない存在です。陛下のお気持ちは理解できますが、これ以上民の不満が増せば、陛下にも悪影響が……」
私は恐縮しながらも、度々陛下に進言した。これは国王の名誉や、国民からの信望を守るためだ。
我々騎士が憎まれるのは構わない。だが王への不信は、国の安泰を危うくするのだ。
私は国の今後を憂慮していた。しかし陛下は、そんな私を訝し気に見詰める。
「この国に、リリアの治療に不満を感じる民がいると申すのか? エンベルトよ。やはりおまえもその一人か?」
「ま、まさか。王妃陛下のご回復は国民全員の願いです。私ももちろん、それを心の底から望んでおります。ただ、いまはこれ以上……」
「ふむ。さては治癒魔導師たちは、褒美がないことが不満なのだな? ならば、リリアの治療に成功した者と、第一王子を結婚させるとでも触れを出せばよい」
「こ、これは驚きました。陛下の寛大なお心遣いに感謝いたします。しかしながら、王子殿下のご結婚は、王家の血筋を継承することにつながる重大な事柄です。そのような方法でお相手を定められるのは、改められた方がよろしいかと……」
私は陛下のお言葉に驚きながら、また慌てて進言した。
王家の血筋はシャーレン様との契約を守るために必要なものだ。殿下のお相手は、もっと慎重に決められるべきだろう。
加えて治癒魔導師たちは、年齢も立場もさまざまだ。強制的な結婚は、さらなる負担になる可能性が高い。
――陛下がこんなことをおっしゃられるとは……。
――いや、しかしこれにはきっと、陛下の深いお考えがあるはずだ……。陛下はいったいなにを考えていらっしゃるのか……。
思い悩む私を訝しげに見詰めて、陛下は重々しく言葉をつづけた。
「聞けエンベルト。我が国は近々、シャーレンとの契約を破棄し、水の国への侵攻を開始する」
「はっ!? どういうことでしょうか!?」
驚愕の宣言だった。あまりの衝撃で、ついに声が裏かえってしまった。
動揺する私を見て、陛下はふんと鼻を鳴らした。
「おまえも知っているであろう。シャーレンの癒しの光を。あの光に触れれば病も傷もたちどころに消え去るという」
「は、はい、陛下。存じております」
シャーレン様の身体から溢れる金色の光は、癒しの光だと言われていた。それは深い傷やなくした腕までも再生するほどの、強い修復力を持っている。
陛下は司教様を介して、何度も王妃陛下の治療をシャーレン様に依頼していた。しかしそれを、シャーレン様は断っているのだ。
「シャーレンは病を治す力を持っていながら、我が愛しのリリアを治そうともしない。これは、長きに渡りともにイニシスを守ってきた、我々王族に対する冒涜であろう。とても許すことはできない」
陛下の瞳が怒りで光っている。陛下はシャーレン様を裏切り者と感じたのだろうか。その表情に深い憎しみが浮かびあがる。私はそれを、見開いた瞳で見詰めていた。
――なんということだ。陛下がシャーレン様と対立を……!
――幾百年とつづいてきた平和が、ついに終わろうとしているのか?
国の平和のためならば、王の命令にしたがい戦地に赴くのは騎士の誇りだ。
しかし、隣国に攻め込むという陛下のお考えは、私には到底理解できないものだった。
シャーレン様との契約がなくては、聖騎士は大精霊の祝福を喪失し、国土は魔物であふれてしまうだろう。
それに加えて戦争が始まれば、民衆たちへの被害は計り知れない。
陛下はいったい、どうしてこのようなお考えに至ったのだろうか。




