189 エンベルト3~瞑想~
[前回までのあらすじ]聖騎士になって一年目のエンベルトは、聖騎士のヴァルターや上級将官のケイオスらとともに、闇のモヤが濃い地域の浄化に向かう。軍人たちの嫉妬や危険な考えに顔をしかめた彼だったが……。
※場所を間違えていたので修正しました。
場所:スキアズの森
語り:エンベルト・マクヴィック
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騎士団を含む軍人たちは、どんよりと漂う闇のモヤのなかを歩き、モヤの中心部を目指していた。
「我が名はエンベルト・マクヴィック! 光の大精霊シャーレンに祝福されし聖騎士なり。数多の光の微精霊たちよ、我が祈りに応え、汚れし闇の靄を払い除けよ! ラディアントパージ!」
私は定期的に、浄化魔法『ラディアントパージ』を放った。
私を中心に、半径十五メートルほどのモヤが払われ、金色の光に輝いている。
しかし魔法の範囲外はかなり濃いモヤが漂っていた。そこから次々と魔物が湧き出し、我々に襲いかかってくる。
「キギャー! クギャー!」
「数多の風の微精霊たちよ! 荒れ狂う刃の竜巻で悪き魔物を切り刻め! トルネードカッター!」
「ギャーーー!」
ケイオス殿の剣先から巨大な竜巻が放たれる。モヤより現れ出た半竜が、次々に退治されていった。
この竜巻には、魔法で生成された鋭い刃が大量に含まれている。
これに巻き込まれた魔物は、小さなサイコロのように切り刻まれた。
しかし魔物は成り立ちがさまざまあるため、あるものは血をまき散らし、あるものは霧のように消えて魔石や石ころになったりする。
――すごい。さすがはイニシスの英雄だ。
ケイオス殿は、ほかの兵士たちと一線を画す強さだった。
彼自身が優秀なのはもちろんだが、装備している魔導剣による魔力強化が凄まじい。
その魔導剣には、魔法陣が精細に彫り込まれたたくさんの魔石が埋め込まれていた。
持ち手には見覚えのある象の紋章が刻まれている。聞くところによるとそれは、アジール博士が作った剣だということだった。
――あの玩具博士が剣を作るなんて。どういう風の吹き回しだ?
もともとアジール博士と面識があった私は、不思議に思い首を傾げた。
しかしそれは、本当によくできた剣だ。
――素晴らしいな……。いや、感心している場合ではない。もっと集中しなくては。
勇敢な軍人たちとともに、私たちは闇のモヤの中心部に到達した。
周囲に漂うモヤがますます濃くなり、魔物もより強く、凶悪なものが増えている。
「この辺りでしょうね」
「では、浄化をはじめます。皆様よろしくお願いします」
ヴァルター殿は兵士たちに声をかけると、地面に座り呪文を唱えた。
「我が名はヴァルター・エルドール! 光の大精霊シャーレンに祝福されし聖騎士なり。光の微精霊たちよ、我が祈りに応えよ! 神聖なる金色の光により、汚れし闇の靄を消滅させよ! セイクリッドクレンズ!」
そのまま瞑想に入るヴァルター殿。
長い呪文を唱えるのは、少しでも浄化の威力をあげるためだ。
聖騎士は祝福があれば念じるだけで魔法が使える。
しかし、同じだけの祝福を消費するなら、最大の効果を出さねばならない。
省略せずに詠唱するのは聖騎士の決まりだ。
金色の光が周囲に淡く広がっていく。セイクリットクレンズは広域の闇のモヤを根本から消し去ることができる、唯一の浄化魔法だった。
その効果範囲はラディアントパージの五百倍ともいわれている。
聖騎士はその効果を最大限に引き出すため、できるだけモヤの中心部でこの魔法を唱えるのだ。
しかしセイクリットクレンズを発動しても、すぐに効果が出るわけではなかった。
術を唱えた聖騎士は、数日の間同じ場所で一動もせず瞑想を続けるのだ。
闇のモヤの浄化には、魔力と体力だけでなく、きわめて強靭な精神力が必要だ。
たとえ祝福を受けていても、浄化に対する強固な意志を持続できなければ、気まぐれな微精霊たちはしだいに離れ去ってしまう。
そうなると、再度魔法を発動するため、再び祝福や魔力を多く消費することになる。
祝福の節約は重要だ。しかし聖騎士が魔力を枯渇させたり、気を失ったりしては元も子もない。
聖騎士が騎士団ごとモヤに飲まれてしまった事例は、過去にいくらでもあるのだ。
聖騎士が浄化を切らせまいと集中するなか、王国軍の騎士や兵士達は、必死に魔物と戦い続ける。聖騎士を守ることは、彼らの使命だ。
それは本当に命がけの、壮絶な戦いだった。
△
浄化開始から半日ほどがたったころ、慌てる兵士の叫び声が聞こえた。
「マルセル! マルセール! ケイオス殿! マルセルが、モヤのなかに連れ去られてしまいました!」
「だめだっ。追いかけるな! ラディアントパージの範囲から出るのは危険だ!」
「し、しかし、このままではマルセルが……!」
「落ち着け! いまはとにかく聖騎士たちを守り抜くんだ。捜索はモヤが晴れてからだ」
「く……。マルセル……」
モヤのなかから現れた半竜に、兵士の一人が連れ去られてしまった。
兵士はあっという間に闇に消えて見えなくなったという。しかし、我々はヴァルター殿を守り抜かねばならない。
悔しさに耐えながら、我々は丸三日、その場で浄化の戦いを続けた。
△
――かなりモヤが落ち着いてきたな。あと一日というところだろうか?
――しかし、ヴァルター殿はこんなに騒がしいなかでも、素晴らしい精神力だ。本当に微動だにしない。
不眠不休の瞑想により、三日前に比べるとヴァルター殿はやつれている。
その姿はまるで生ける神の彫像のようだ。
しかしこれに耐え抜けないようでは、どんなに魔力が高くても一人前の聖騎士とは言えない。
聖騎士の素質とは、なによりも忍耐と精神力にかかっているのだ。
――私だって忍耐には自信があるが、これは本当に厳しいな。もっと鍛錬をしなくては……。
ヴァルター殿の姿に、私が心を引き締めていた、そのときだった。
「うぉぉぉぉ!」
魔物が剣を振り回している!
見慣れない人型の魔物だ。
魔物はラディアントパージの浄化範囲に入り込み、兵士たちに襲いかかった。
手に持った剣は、王国軍の兵たちが装備しているものだ。体には破れた戦闘服が絡みついている。
胸には、マルセルが誇らしげにつけていた銀の勲章が光っていた。
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
今回のお話、書き足していたら長くなってしまったので、二話に分けてしまいました。そのため、予告からタイトルが変わっています。
中途半端なので早めに続きを投稿しようと思います。『エンベルト編』は全十話になりました。
一般人たちにはあまり知られていませんでしたが、騎士や軍人たちは人間が魔物化する現場に出くわすこともあったようです(^-^;
ダーク感増し増しになってきました。
次回、第百九十話 エンベルト4~浄化魔法~をお楽しみに!
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