187 エンベルト1~聖騎士と光の大精霊~
今話からはオルフェルが尋問でエンベルトから聞き出した話の内容になります。
エンベルトが二十五歳、オルフェルが十歳頃の話です。十五歳も年上だったんですね笑
場所:秘密の祭壇
語り:エンベルト・マクヴィック
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国立カタレア魔法学園を主席で卒業した私は、聖騎士の代表であり、騎士団長でもあるヴァルター殿の下、騎士として王に仕えてきた。
そして二十五歳になったとき、私もようやく聖騎士になる資格を認められ、シャーレン様の祝福を受けることとなった。
王都オルンデニアの南に位置するシャーレニア地方。そこに、司教様や歴代の聖騎士など、ごく一部のものしか知らない秘密の神殿が存在している。
そこには光の大精霊シャーレンが住んでおり、国王との契約に従い、毎年十名の聖騎士に一年分の祝福を授けていた。
祝福を受け、聖騎士になるにはさまざまな条件がある。
まずは国王陛下やヴァルター殿はもちろん、司教様にも聖騎士になることを認められる必要がある。
そのためには、名門の騎士の家系に生まれるか、国立カタレア魔法学園を首席で卒業するしかない。
そして素質の面では、光属性であることはもちろんだが、最上位の浄化魔法であるセイクリッドクレンズや、エリミネイトなどを修得できるだけの魔力を保持している必要があった。
これらの魔法は浄化魔法とよばれ、どちらも非常に難易度の高い魔法だ。
その使用法はシャーレン教会により秘匿されており、正式に聖騎士になるまで知ることは許されない。
そしてその魔法の習得には、闇のモヤのなかでの厳しい訓練が課せられる。
このように聖騎士は非常に狭き門であり、それだけに多くのものが憧れる名誉ある仕事だ。私はシャーレン様の祝福を受けられることに胸を躍らせていた。
この日、私とともにシャーレン様の神殿を訪れたのは、ヴァルター殿とその弟子のガレスとマーヴィンを含めた十人の聖騎士だった。
そして、シャーレン教の司教であるエリオット・ライネルス様と、その息子のレーニス君も同行していた。
ガレスとマーヴィンは幼いころからヴァルター殿の指導で修行を積んでおり、魔力や魔法の腕も相当なものだった。
司教様も、レーニス君を聖職者に育てるべく、厳しい英才教育を施しているようだ。
本人はあまりやる気があるようには見えないが、司教様の熱意はものすごいという噂だ。
私たちは司教様に案内され、シャーレン様の神殿に到着した。
だれも近づくことのない、寒い寒い森の奥だ。そこには青々とした木々が生えており、隙間からはまるで銀の糸のように木漏れ日が降り注いでいた。
滑らかな純白の大理石で作られたその神殿は清らかで香り高い空気に満たされ、キラキラと金色に輝いている。
――あれが、シャーレン様……!
神殿の奥に眩い金の光に包まれた女性の精霊が立っている。
背中に大きな白い翼を生やしたその姿は神々しく、女神と呼ぶにふさわしい。
光の大精霊シャーレン。彼女は神殿に集まった聖騎士たちに優しい微笑みを向けていた。
「聖騎士たちよ、よく来てくれました。そなたらの活躍に感謝します」
シャーレン様の声はまるで心の奥底に響き渡るかのように深い響きを持っていた。
シャーレン様はただの精霊ではない。彼女はこの世界が誕生したときから存在しており、神にもっとも近い存在であるといわれていた。
五百年以上も前に初代の王と契約を交わし、いまもなおこの国を守りつづけている。
その契約とは、我々が『水の国』を侵さないことを条件に、国土を浄化するための祝福を与えるというものだ。
『水の国』は水の精霊アクレアが治める南方の隣国だ。そこは精霊が多く暮らす美しい国で、シャーレン様にとっても、ご友人が多くいる大切な場所であるらしかった。
この契約にもとづき、我が国は五百年にわたり平和の恵みに浴してきたのだ。
シャーレン様を信仰することは、イニシス王国を魔物や戦争の災厄から守ることでもある。
――この美しく光り輝くお姿を見よ! シャーレン様こそ、信仰すべき我が女神!
感激が胸に込みあげる。
私は敬虔な気持ちで頭を下げた。周りの聖騎士たちも、つまらなそうにしていたレーニス君でさえ彼女の神々しさに圧倒されている。
「光の大精霊シャーレン様、私たちはあなたの恵みに感謝し、イニシスの大地を守り抜いてまいりました。今年もあなたのご力添えを願いたくここへ参りました」
ヴァルター殿がそう言って神殿の床に膝をつくと、シャーレン様はたおやかに微笑んだ。
「ヴァルターよ。あなたの働きは素晴らしいものです。精霊たちもそなたを讃えています。今年もその清らかな心で国土の浄化に努めてください。私からの祝福をあなたに授けましょう」
跪いたヴァルター殿の額にシャーレン様がそっと手を触れると、眩い金の光が彼の額に集まっていった。
「感謝いたします」
「では次の者をここへ」
ヴァルター殿に促され、私はシャーレン様の御前に跪いた。この瞬間をどれだけ夢見てきたことだろう。私の胸が高鳴っている。
「美しき女神シャーレン様、私はこの度聖騎士に任命され、あなた様の御前に伺うことを許されたエンベルトと申します。あなた様の祝福に感謝し、聖騎士の任に全力で応える決意です。お力添えを賜りますようお願い申しあげます」
「エンベルトよ。私は女神などではありません。私はただ、かつての王との契約にしたがい、この国を見守っている精霊の一人にすぎないのです」
シャーレン様はそういうと、少し困ったように眉尻を下げた。そのように謙遜する彼女の姿は、私の目にますます神々しく映った。
――とんでもないことだ。シャーレン様は聖騎士に祝福を与えてくださっているだけではないというのに。
シャーレン様の神殿には、彼女の恵みである神秘の力を受ける聖なる器や宝玉が安置されていた。
それらは聖杯や御神体とよばれ、聖職者だけが扱うことができる、とても神聖な秘宝だった。
聖職者たちはその奇跡の神具により、王都などの大きな街にかかる不浄を取り払っているのだ。
「シャーレン様。あなたの存在は私たちにとって救いです。あなたは私たちの信仰に応えてくださる女神です」
「そうまで崇めることはありません。人々の願いや信仰心は純粋な魔力の源です。精霊たちもその恩恵を受けています」
「なんと謙虚で麗しいお方だ……。あなたの光はあの忌々しい闇のモヤを浄化できるほど強いというのに」
「その力を引き出すには、あなたがたの清らかな心と鍛錬が必要です。ここまでよく努力しましたね。初代王との契約にもとづき、あなたに光の祝福を授けましょう」
「ありがたき幸せにございます」
シャーレン様は私に手を差し伸べ、そっと私の額に触れた。彼女の手から眩い金の光が溢れ、私の額に吸い込まれていく。その瞬間、私は彼女と心がつながったような感覚を覚えた。
「これがシャーレン様の祝福か……素晴らしい……。必ずや、この力で国土の平和を守ってみせます」
「活躍を期待していますよ」
「はい……!」
私の胸は感激で熱くなり、目からはとめどなく涙が溢れた。光の精霊たちに祝福されているという喜びが、私の全身を満たしている。
「次はどなたかしら?」
私がいつまでも感動に震えていると、シャーレン様は優しく微笑んで次の騎士を呼んだ。私はほんの一瞬、彼女と触れあっただけで一年分の祝福を得たようだ。
私は慌ててその場を離れ、ガレスとマーヴィン、そしてそのほかの聖騎士たちも同じように祝福を受けた。彼らも感動のあまり涙ぐんでいた。
こうして私は、イニシスを守る聖騎士となったのだ。




