186 ミラナの修行4~秘密の特技~
[前回までのあらすじ]魔物化してしまった同郷の仲間たちを救うため、魔物使いになったミラナ。闇属性魔導師たちの学校があるレーマ村に帰った彼女は、ナダン先生の指導のもと『攻守モード』の訓練の一環で、魔物たちにいろいろな質問をすることに。
場所:レーマ村
語り:ミラナ・レニーウェイン
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雪国の丸太小屋は木々の香りに包まれている。
暖炉の火が心地よく、ここは本当に落ち着く場所だ。
外では雪が降りしきっているのだろう。窓ガラスには氷の花が咲いている。
ナダン先生に手渡された質問リスト。それは、魔物使いと魔物の関係を深めるためのものだった。
私はそれを見て、仲間たちにひとつずつ質問をしていく。
さっきまで率先して質問を選んでくれていたオルフェルが、急に黙り込んでしまったからだ。
「それじゃぁ……『得意なことはなんですか?』これは答えられそうですか? 難しく考えなくていいので、気軽に答えてもらえるとうれしいです」
「得意なことかぁ。そうだね……」
シンソニーが天井を見詰めて考えている。彼はいま人間の姿だ。小鳥の姿では質問に答えにくいだろうと思い、私は彼の解放レベルを上げたのだ。
「僕の得意はやっぱり後方支援かな。魔物化したときは闘志が湧きたつのもあって支援だけやるのってあんまりしっくりこなかったんだけど。最近は僕の役目はこれだなぁって感じがしてるよ」
「そうなの? シンソニーはいつも攻撃にするか防御にするか悩むんだよ。でもやっぱりヒールが便利だから防御モードにしちゃうの」
「かまわないよ。回復魔法も回復薬もいろいろあるけど、ヒールはいちばん早いし強力だからね。みんなの助けになるのもうれしいんだ」
シンソニーは温かな微笑みを浮かべている。その声は穏やかで、自分の役割に納得している様子だった。
人間の姿にしたのは正解だったのだろう。
表情や仕草か読み取れるだけでなく、口調や声音も小鳥のときとはまるで違う。
同じような会話でも、受ける印象が変わってくる。
そして返答の内容までもが、小鳥のときより落ち着いていた。
そういえばベランカさんも、毒舌を吐くのは子供の姿のときだけだ。
解放レベルによって変化しているのは、見た目だけではないのかもしれない。
私はそう思って、いまはベランカさんとシェインさんも人間の大人の姿になってもらっていた。
残念ながらオルフェルだけは、頑なに犬のままなんだけど。
「よかった。後方支援は不満なんじゃないかって、心配してたんだよ」
「そんなことないよ?」
「シンソニーの支援はほんとうに助かるよ」
シェインさんがシンソニーに感謝を伝えると、ベランカさんもうなずいて同意した。
なんとなく穏やかな雰囲気だ。私は少しホッとして、先輩たちに向きなおった。
「シェインさんはどうですか? 得意なことはありますか?」
私が尋ねると、シェインさんはまた悩みはじめた。顎に手を当て首をひねって、「うーむ」と深く思案している。
だけどさっきからたくさん質問をしているせいか、考え込む時間は徐々に短くなっていた。
私を長く待たせないようにと、彼は気を遣ってくれているのかもしれない。
「うーん、私の得意なことか……。やはり領地を守ることだね。戦闘はもとより、戦略や交渉といったことも、全て学んできたつもりだ。まぁ……、いまはその領地に、私は帰ることもできないのだけどね……」
「おにぃさまっ……!」
悲しげに肩を落としてしまったシェインさんを、ベランカさんが涙ぐんだ瞳で見詰めている。
シェインさんはかつて、自分の領地を守るため、だれよりも懸命に戦い、考え抜いてきた人だ。
私はその場にいなかったけれど、彼が領地や人々を深く愛し、責任を感じていたことは、私にも容易に想像できた。
きっと多くの犠牲や苦難を味わいながら、数々の決断を下してきたことだろう。
それがどれほど困難なことだったかという話は、オルフェルたちから聞いたことがある。
だからいまの状況が、彼らにとってどんなにつらいのか、私にもよく理解できた。
だけどこればっかりは、いまさらどうしようもないと思う。
封印されていた三百年の間に、彼の愛した領地は、きっと他人の手に渡ってしまったのだ。
『私が領主です』なんて主張しても、『どなたですか?』と追い払われるに違いない。
――しまったわ。この質問は失敗だったみたい。この空気をどうにかしないと……。
――オルフェルが質問を選んでくれたら、こんなことにはならないのに……。
私の胸が焦りにドキドキと高鳴っている。この質問リストは、まるでロシアンルーレットのようだ。
シェインさんはしょんぼりしつつも、申しわけなさそうに私を見た。
不用意な発言で場の空気を重くして、後輩を困らせてしまったと、彼は悔やんでいるのだろうか。
――オルフェル? どうしてずっと黙ってるの? お願い助けて……。
オルフェルはさっきからずっと反応がない。もしかすると、忘れていた記憶がよみがえってきているのかもしれない。
いつも出ている舌も引っ込めて、どこか遠くを見詰めている。
――いったいなにを思い出してるのかな? すごく真剣な顔してるけど、こっちの話が全然耳に入らなくなってるみたい。
――でもいいわ。オルフェルに頼ってばかりじゃダメよね。これは私の試練なんだから。自分でなんとかしなくっちゃ。
私は話を次に移すため、回答してくれそうな人を探した。
ネースさんに目をやると、彼も相変わらず黙ったままキョロキョロしている。
彼に期待するのは無駄のようだ。
――残るはベランカさんだけだわ……。
私は困惑しつつも、ベランカさんに質問した。
「ベランカさんはどうですか? 得意なことはありますか?」
「私の得意なこと……? そんなこと聞くまでもないでしょう? たいていのことは得意ですわよ?」
彼女はそう言うと、自信に満ちた微笑みを浮かべた。ベランカさんは本当に侮れない。昔からどんなことでも、人並み以上にやってのける人なのだ。
「さすがです、ベランカさん。そのなかでもいちばん得意なことはなんですか?」
「みなの知らない私の特技ということかしら? だとしたらこれですわね」
ベランカさんはそう言うと、口元でこぶしを握った。そして何度か咳をしながら、喉の調子を整えている。
彼女は真剣な顔で眉をひそめると、声音を変えて声を発した。
『シェインさんすっげー! 宇宙一かっけーっす!』
――えー!? オルフェルの声真似!? しかもそっくり!?
この美しいベランカさんからこんな声が出るなんて、だれに想像できただろうか。
だけどこれは、いったいどんな反応をすればいいのだろう。
だれもが無言で呆然とするなか、シェインさんだけがお腹を抱えて笑い転げた。
「くく……、ベランカ。それはもう、よしてくれって言ったはずだよ……」
『シェインさん! すませんっす! 俺また調子乗ったみたいっす!』
「や、やめ、やめて……ぷくくくく……」
シェインさんは笑いすぎて涙をこぼしながら、見たこともないくらい悶えている。
ベランカさんはそんなシェインさんの背中に優しく触れながら、楽しそうに彼の顔を覗き込んだ。
どうやらこれは、シェインさんが落ちこんでしまったときのベランカさんの秘策のようだ。
彼女の声は声変わり前のオルフェルにそっくりで、それは本当に見事だった。
彼女の驚くべき特技には、これまでの努力と苦労が滲み出ている。
――シェインさん、笑顔になってくれてよかったわ。
シェインさんの笑いが落ち着くまで、私たちは和やかにその様子を見守ったのだった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
今回の現在編は、重い過去編の息抜きというイメージで書いてます。
ミラナたちを凍りつかせたベランカさんの特技、いかがだったでしょうか笑
次回から『エンベルト編』が始まります。十話連続でエンベルトの語りです。オルフェルが尋問で聞き出した内容ですが、尋問形式では長くなりすぎるので(^-^;
次話はオルフェルがまだ十歳でイザゲルさんが攫われる前の話です。
第百八十七話 エンベルト1~聖騎士と光の大精霊~をお楽しみに!
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