184 聖騎士の誇り2~見てんじゃねーよ~
[前回までのあらすじ]領地の境界にあるアガランス砦に突然投降してきた聖騎士たち。彼らの尋問を担当することになったオルフェルは、牢屋のなかに座るボロボロの聖騎士エンベルトに激しい怒りと疑念を抱く。
場所:アガランス砦
語り:オルフェル・セルティンガー
*************
「我々は、聖騎士の誇りを捨ててなどいない……。だからこそ恥を承知でここにきたのだ」
「どういうことだ?」
威圧するような鋭い眼光を放つエンベルト。俺は椅子から立ちあがり、負けじとその顔を睨みつけた。
「我々は自分たちの、本来の役目を果たしたい。イニシスに蔓延る闇のモヤを浄化したいのだ。それをできずにいたことで、大量の魔物が溢れだし、多くの兵がやられてしまった」
「精霊を殺したりするからだろ」
「わかっている。しかしこのままでは、イニシスは魔物に食い荒らされてしまう。だから我々は、魔物やモヤをなんとかしようと、アジール博士のもとへ向かったのだ。
しかし、黒猫の化けものに放り出されてな。スキアズの森からきみたちの領地に飛ばされてしまった」
「ついでに闇属性のやつらを攫って殺すつもりだったんだろ? 何日も帰らずに森にいたのはわかってんだぜ」
「確かに我々は帰らなかったが、あのときはそんなつもりではなかった。我々はシャーレン様を探していたのだ」
「意味がわからねーな。なんでシャーレンがオトラーにいると思ったんだ?」
「きみたちも知っているだろう? 王都の封印以降、多くの精霊がシャーレニア地方を離れ、オトラーの領地に移り住んだことを。だから私は、シャーレン様がここにいるのではないかと思ったのだ」
「シャーレンなんか来てねーよ」
「そうかもしれない。だが、聖霊たちに愛されているきみたちなら、彼女を見つけ出すことも可能なのではないか? 我々はきみたちに、シャーレン様の捜索を頼むためここに来たのだ」
「おまえらの頼みなんかだれが聞くかよ」
聖騎士たちがここに来た理由を聞いて、俺はますます苛立ちはじめた。
だけどエンベルトは俺を見据え、鬼気迫る顔をしている。
腕を後ろでに縛られたまま、しっかりと背筋を伸ばすその姿に俺の胸がざわついた。
「なんとしてもシャーレン様を探しだし、我々はこの国を浄化しなければならない。
モヤや魔物は精霊たちにとっても害のあるものだ。シャーレン様も、我々聖騎士を必要としたからこそ、毎年祝福を与えてくださった。
浄化魔法は聖騎士にのみ使うことが許されてきた魔法だ。闇のモヤを浄化できるのは、この魔法に精通し、厳しい訓練を積んだ我々だけだ」
芯のある声が石の壁に響く。
その口調や言葉は、真剣そのもののように聞こえた。
目を閉じて耳をすませば、かつて王国を守っていた、誇り高い彼らの姿が目に浮かぶかもしれない。
だけど目の前の聖騎士は、本当にひどい有様だ。
泥のなかを引きずられたのか、エンベルトの金色の髪は茶色くなり、ぐちゃぐちゃに絡まって頭にへばりついている。
民衆に髪を剃られたらしく半分は坊主だ。
それなのに彼らは本当に、いまも聖騎士の誇りを持っているのか。
あれだけ罪のない人々を迫害しておいて、そうだとしたら恐ろしいやつらだ。
自分たちにしかできないことがあるという自信が、彼らをここまで傲慢にしたのか。
――こいつ、本気で精霊たちに許してもらえると思ってんのか? 闇のモヤを浄化するどころか、増やしたのはおまえらだ。
――誇り高いっていうより、これはもはや思いあがりだろ。裸にしてやりたくなった暴徒たちの気持ちがわかるぜ。
――それに俺たちは、モヤの対策より先にやることがある。
イニシスに昔から存在する闇のモヤ。それは聖騎士たちが治癒魔導師を強引に攫うようになったころからしだいに数が増え、ゆっくりと広がっていた。
当時から一部の人々は、聖騎士が本来の仕事をせず、治癒魔導師探しなんかしていることが原因ではないかと噂していた。
聖騎士によるモヤの浄化は、イニシス王国にとって必要なことだった。
だけどいまの俺たちは、かなり事情が変わっている。
闇のモヤから湧き出す魔物が、アリストロや聖騎士軍の戦力を削ぎつづけているからだ。
俺たちも魔物には苦労してるけど、ほかの地域よりはかなりマシだ。
いまモヤを浄化されてしまったら、オトラーはアリストロに負けるかもしれない。
それにオトラーにとってのいちばんの問題は、モヤから湧いてくる魔物ではない。
イザゲルさんが転移魔法を使い、いきなり村周辺に送り込んでくる魔物の大群だ。
めったに出ないはずの巨大魔物や、多種多様な魔物が魔法で統率され、突然攻めてくる恐怖。
それは、森から単独で湧いてくる魔物とは、比べ物にならないほど恐ろしかった。
それ以外の魔物対策なら、俺たちはいまのところ、定期的な見回りや魔物討伐でなんとかなっている。
だから、現実味のないマレスのモヤの浄化より、イザゲルさんの討伐のほうが、俺たちにとっては急ぎの案件なのだ。
しかしオリヴィエの話では、シャーレニア地方ではあちこちで闇のモヤが発生し、魔物もかなり湧いているらしい。
俺もシャーレニア地方に知り合いがいるから、そんな状況を聞くと、敵陣とはいえ心配ではある。
それでも、聖騎士たちに祝福を持たせるわけにはいかないだろう。
祝福を持つことで強化される魔法は、浄化魔法だけではないのだ。
彼らが強力な攻撃魔法を使えるようになれば、一気に形勢が変わってしまう。
俺が黙って考え込んでいると、エンベルトは縋るような目で、俺の隣に浮くフィネーレを見あげた。
俺の大事なフィネーレを見られるだけで胸がむかつく。
「フィネーレ、姿を消しとけ」
俺がそう言うと、フィネーレは光の玉に姿を変えた。
エンベルトがその赤い光を片目で追っている。
「フィネーレを見てんじゃねーよ」
「頼む、なんとかシャーレン様の居場所を、聖霊たちに聞いてもらえないか?」
「俺らがそんなことするわけねーだろ? 祝福を手に入れたら、またどうせ闇属性を迫害するに決まってんのに」
「それはもうしない! 聖騎士の誇りにかけて誓う! 精霊たちに取り次いでもらえれば、我々はもう二度と、闇属性に危害は加えない!」
――はぁ。聞いてらんねー。こいつらが来た理由はわかったから、もうこの尋問やめてもいいか?
俺がため息をつきながら聖騎士たちに背中を向けると、エンベルトはさらに必死になって、かすれた声を張りあげた。
「わ……わかった。認めよう! 私には聖騎士の誇りなどない! 私は罪深い人間だ。自らの罪を隠すため、罪のない人々を迫害し、人々を欺き、罪を重ねたことはもはや、赦しを乞うことさえできはしない……!」
彼はそう言うと、自分の唇を血が吹き出すほどに噛み締めた。俺も唇を噛んでそれを見下ろす。
「……我々は、国を失ったのちも聖騎士の誇りを失うまいと努めてきた。しかしそんなものは、もうずっと昔に失われていたのだ……。
ゆえに民衆に襲われたとき、我々は死を覚悟し、憎しみの裁きを受け入れた。命を捧げ、この身の罪を償おうと……。
だが、命が尽きようというときになって悟ったのだ。我々は、死んでも許されないということを……」
「あたりまえだ。おまえなんか、百万回殺しても殺したりねーよ。お前はミラナを処刑した。死んだって許さねー」
俺の言葉に、さらに唇を噛むエンベルト。後ろにいる二人の聖騎士たちは体を揺らし咽び泣いている。
だけどそんなものは俺には響かない。いまさら聖騎士の涙なんか見たところで、ミラナがいない現実は変わらないのだ。
たとえこいつらが死んだって、俺の憎しみは消えないだろう。
俺はエンベルトを険しい顔で睨みつけた。それなのにこの男は、その怒りをも受け入れたとばかりに、俺の目を見て頷いた。
「許されることではないと理解しているが、私にはミラナという人が、だれのことなのかわからない……。
しかし、ここまで堕ちても我々は聖騎士だ。我々には生きてやるべき使命がある。この世界を魔物から救えるのは、我々だけだ」
「思い上がるな。おまえらに世界は救わせねー」
俺の冷たい声が牢屋に響く。俺は鉄格子に近づいて、蔑んだ目で彼らを見下ろした。この惨めな姿を、自分でもしっかり見たほうがいい。
ここに鏡でも持ってきて、こいつの心に残っている自尊心の全てを叩き潰してやりたい。
だけどエンベルトは、真剣な顔で俺を見据えている。殺気にも似たその気迫に、こっちが目を逸らしてしまいそうだ。
――くそ、なんなんだこいつは。腹立つな……負けねーぞ。
苛立ちながらその顔を睨み返すと、エンベルトは再び話しはじめた。
「ならば、きみたちは、あの増えつづける魔物をどうできるというのだ? モヤを浄化しない限り、倒しても倒しても、無限に湧いてくるのだぞ。
そしていま、世界に異変が起きている。きみたちは気付いていないのか?」
「世界に異変……? なんの話だ?」




