183 聖騎士の誇り1~なんで俺!?~
[前回までのあらすじ]聖騎士軍の領地との境界にあるアガランス砦に突然投降してきた聖騎士たち。オルフェルたちはその酷い姿に騒然とするが、奇襲などを警戒し、見回りを開始する。
場所:アガランス砦
語り:オルフェル・セルティンガー
*************
義勇軍は、降伏してきた聖騎士軍の兵たちを、砦内の牢屋に収容した。
俺は分隊を指揮して、聖騎士軍の奇襲や潜入に警戒していた。
しかし兵たちはいまひとつ気合いが入っていない様子だ。
「聖騎士軍の情けない姿を見たか? あいつらついに騎士の誇りを捨てたようだな」
「前に戦ったときも弱かったし、聖騎士も落ちるとこまで落ちたな」
「ははは。自業自得だ」「ははははは」
部下たちの無駄話が聞こえてくる。
いままで威張り散らしていた聖騎士たちにあんな姿を見せられては、笑ってしまうのもわかる気はする。
だけどあいつらは恐ろしく鬼畜だ。油断していてはやられてしまう。
俺は部下にやる気を出させようと、厳しい口調で声をかけた。
「みんな、無駄話してるなよ。あんなのはいつもの、卑怯な作戦かもしんねーからな! もっと警戒して見回りしてくれ」
「「はい! 分隊長!」」
「よし。頼んだぜ!」
みなの表情にキリリと緊張感が戻ってくる。
俺の言葉を素直に聞いてくれる部下たちに満足していると、上官に報告を済ませたミシュリが俺のもとに駆け寄ってきた。
「オルフェルきゅーん、会いたかったよ~」
――おぉい! ここでもか!?
ミシュリの甘い声に俺は思わずずっこけそうになった。
シンソニーだけならまだいいけど、いまはさすがにやめてほしい。
ここには俺の部下が大勢いるのだ。
俺はできるだけ真面目な顔でミシュリに向かって敬礼した。
「ミシュリ大尉、さっきぶりです」
「もう、二人きりなんだから、ミシュリって呼んでよぉ」
「いや二人きりじゃねーよ!?」
毎度の冗談にまたガクッとなる。
ミシュリは「そうだっけ?」と、惚けた顔だ。またなにか企んでいるのかもしれないけど、俺まで緊張感がなくなりそうだ。
せっかくキリリとしていた部下たちが、ニヤニヤしながらこっちを見てくる。
俺は咳払いで部下たちの視線を払いのけ、ミシュリを連れて離れた場所に移動した。
「ミシュリ。部下の前で、オルフェルきゅんはやめてくんねー? みんなのやる気が削がれるだろ」
「ごめんごめん。つい楽しくなっちゃって」
「休みになったらデートでも研究でも付きあうからさ。それまで上官らしく頼むぜ」
「うふふ。研究デートだよ?」
「わかった。研究デートな」
「やった! じゃぁ、上官らしく頑張るね」
ミシュリは『てへへ』と肩をすくめて笑う。ピーチカラーの髪がふわりと揺れた。
センスのいい小さなイヤリングが、光を受けてきらきらしている。
おしゃれも以前より気合が入っているようだ。
――なるほど。狙いはデートか。ミシュリ、俺と恋人になれたのがうれしくて仕方ねーんだな。ミシュリがこんな、甘えん坊だったとは知らなかったぜ。
――まぁずっと、俺は尋問で忙しかったからな。うれしいだけじゃなくて、不安にだってなるかもな。彼女は俺がミラナを忘れられないことを知ってるわけだし。
――でもまかせとけ。恋人になると決めたからには、俺はミシュリを大事にするぜ。次の休みにはそれをわからせてやるから覚悟してろよ。不安になんかさせてやんねー。
調子に乗ってニヤニヤする俺。だけどいまは、聖騎士軍の方が気がかりだ。
「それで、聖騎士たちは本当に降伏してきたって?」
「そうみたい。いまのところあやしい動きはないよ」
近くで見ると、聖騎士たちは満身創痍で、偽装を疑えないほど酷い有様だったようだ。こちらに敵意を向ける様子もなく、捕虜の奪還や奇襲騒ぎもない。
「聖騎士たちは、暴徒に痛め付けられて逃げてきたって言ってるみたい」
「え、暴徒に?」
「浄化もしないくせに嘘つきだし偉そうだもんね。突然襲われて、服を剥ぎ取られたんだって」
「聖騎士が民衆に負けるとかありえねーだろ?」
俺は驚いて聞き返した。一般の騎士たちならともかく、聖騎士は体力も魔力も、常人とはかけ離れているのだ。
気に入らないやつらではあるけど、あの戦闘力は認めざるを得ない。たとえ祝福がなくたって、彼らは負けたりしないはずだ。
「聖騎士たちは無抵抗で、やられっぱなしだったみたい。自国の民を守る使命が、とか、理想と信念が、とかなんとか」
「聖騎士気取るために屈辱に耐えたってのか? よくわかんねーな。それでなんでオトラーに逃げてきたんだ? こんなの自殺行為だろ」
俺は呆れて顔をしかめる。いくら窮地に追い込まれたからと、ここに来るのはおかしすぎる。俺たちはだれよりも、聖騎士と相いれない存在なのだ。
彼らは聖騎士の誇りに固執するあまり、現実が見えなくなってしまったのだろうか。
「よくわからないから、オルフェル君が聞いてきてくれるかな」
「え? なんで俺!?」
「オルフェル君が尋問が得意だって報告したら、ハーゼン君が、任せるって」
「嘘だろ……」
「私、裸の聖騎士は見たくないから、代わりに情報いっぱい聞き出してきてね! ダーリン!」
ミシュリはそういうと、俺の頬にキスをしてその場を離れた。
――えぇー? 俺全然尋問得意じゃねーけど? 確かに捕虜たちは俺にだけいろいろ話してくれたけど……。
――でも聖騎士は無理だろ。腹立って話になんねーよ。
だけど、こうなってしまったものは仕方がない。俺は気持ちを引き締めなおし、聖騎士たちの収容所に入っていった。
△
収容所のなかにいたのは聖騎士だけだった。ほかの兵たちは別の牢屋に入れられたらしい。
エンベルトを中心に、傷だらけの聖騎士が三人、裸のまま並んで正座している。かなり異様な雰囲気だ。
引き締めたはずの俺の気持ちが萎えていく。
「本当にそんな格好で、よくここに来たもんだな……」
俺は呆れてため息をつきながら、エンベルトに話しかけた。
牢屋の鉄格子の前には、木製の簡素な机と丸椅子が置かれている。俺はその椅子に横向きに腰掛け足を組んだ。
国がなくなっても、シャーレンに見限られても、彼らは聖騎士でありつづけようとした。その末路がこの姿だ。
哀れを通り越して滑稽に見える。
この男につけられた、胸の傷が疼きはじめた。
俺はミラナが死んでいく姿を、いままでに何度も悪夢に見てきた。
だけど実際この男は、どうやってミラナを殺したのだろう。
どうやってミラナを追い詰めて、救いを求める死に際の彼女に、どんな言葉を浴びせたのだろう。
俺の想像力だけでは、死んでいった彼女の無念を計り知ることはとてもできない。
――こんな、情けないやつらがミラナを……。
――なにを知らなきゃいけない? 俺はなにを……。
ボロボロになった聖騎士を見ても、喜びの気持ちは湧いてこない。
湧いてくるのは怒りと悲しみだけだ。
彼らは結成した当初、圧倒的な戦力を持っていたにもかかわらず、俺たちを潰しにかかろうとはしなかった。
聖騎士たちは本当に、暴徒化した民衆たちにも手出ししなかったのだろう。
それには聖騎士たちのもつ『誇り』や、『自国の民への憐み』が関係していると言われていた。
――本当に腹立つな。
高尚な正義感や誇りを持ち、憐みの心まで持っているというなら、聖騎士たちはどうして、闇属性の迫害をつづけていたのだろう。
自分たちが根拠のない理屈を並べていることを、魔法に詳しい聖騎士たちが、理解していないはずはないのだ。
騙されたオリヴィエたちも悪いけど、無知なヤツらに嘘を吹き込み、先導してきたこいつらはいちばん悪い。
――やっぱりこいつら、まだなにか企んでるんじゃねーか?
俺は萎えた気持ちを奮い立たせた。落ちぶれたと思って油断なんかしようものなら、大切な仲間になにをされてもおかしくない。
「いったい、おまえらの狙いはなんなんだ。聖騎士の誇りは捨ててきたのか?」
俺の質問に、エンベルトは正座のまま姿勢を正した。
あらためてエンベルトをよく見ると、彼はまさにボロ雑巾のような状態だった。
裸で身体中傷だらけ。顔面は腫れあがり、片目は潰されたのか開いていない。
それなのに、その姿はなぜか堂々として見えた。その体に染み付いたご立派な態度が、よけいに俺を苛立たせる。
「我々は、聖騎士の誇りを捨ててなどいない……。だからこそ恥を承知でここにきたのだ」
「どういうことだ?」
威圧するような鋭い眼光を放つエンベルト。俺は椅子から立ちあがり、負けじとその顔を睨みつけた。




