180 捕虜1~幸運だよな~
[前回までのあらすじ]アリストロとの紛争を終わらせるため、シェインとベランカは氷山を登り、氷の大精霊イヴリンに和平交渉の仲介役を依頼した。イヴリンは二人の純粋な想いを感じ取り、その願いを聞きいれたが……?
場所:オトラー本拠地
語り:オルフェル・セルティンガー
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オトラーの本拠地で行われた、俺たちイコロメンバーの秘密会議。
そして、ハーゼン大佐たちが行った『イザゲル討伐宣言』。
俺はそのあと、オトラー本拠地で行われた定例会議に参加した。
重要な議題があるからと、シェインさんに参加を促されたのだ。
「えー、みなさん、今日はお集まりいただきありがとうございます。今回の会議では、アリストロとの平和条約について話しあいたいと思います」
会議の進行役を務めているのは、指導者のひとり、歴史学者のおじいさんだ。高齢とは思えない力強い声が、会議室に響いている。
集まっているのは、オトラー義勇軍の立ちあげに関わった有識者たちと、イコロ村出身者たち、それから数名の将官たちだった。
約三十人ほどの人間が、円形のテーブルを囲んでいる。そして、シェインさんの隣には、青く光り輝く氷の大精霊が座っていた。
彼女はシェインさんがアリストロとの平和条約の仲介を頼んだという、氷の大精霊イヴリンだった。
先日、シェインさんとベランカさんが命懸けでクラウン氷山に登り、その約束を取り付けたのだという。
――シェインさん、アリストロと停戦して和平交渉するって言ってたけど、本気だったんだな。
――だけど、氷の大精霊に仲介を頼んだ? そんな話聞いてねー!
俺が定例会議に参加したのは久しぶりだった。
俺たちオトラー義勇軍は、領地の中央にある本拠地を境に、北と南にわかれて活動している。
北はシェインさんを中心にアリストロ軍に対応し、南はハーゼン大佐を中心に聖騎士軍に対応している。
俺はずっと南で活動しているため、北で起きていることは把握しきれていないのが現状だった。
――イヴリン様ってイニシスに二回冬を呼ぶ神話級の精霊じゃねーか!? そんなのが人間の会議に参加とかありえねーだろ。
――魔力抑えてるけど、あれはやばい。逆らったら絶対死ぬやつだ。シェインさん、なんてもの連れてきてんだ? まったくすごすぎだぜ。
何万年もの間、人間のすることを見てきたという大精霊の、凄まじい存在感。
悠久の時を生き溜め込んだ知識と魔力、それによる威厳が溢れているように見える。
彼女からすればきっと、ほんの十九年しか生きていない俺なんか赤ん坊以下だろう。
俺はその精霊の隠しきれない魔力に圧倒されながら、会議室の椅子に座っていた。
「えー、皆様も知ってのとおり、イヴリン様を仲介とし、われわれはアリストロとの和平を実現させようとしています。本日は、アリストロとの交渉の内容を詰め……
……えー、オトラーを国と認めること、侵略行為を止めることを条件に……」
会議は当然のように、アリストロとの平和条約締結に向けての話しあいをしている。歴史学者は壁に貼られた資料を指さしながら、粛々と会議を進めていた。
イヴリン様はほとんど喋らず、ときどき痒そうに顔を擦っているだけだ。
俺はそんな会議の様子を、釈然としない気持ちで眺めていた。
なぜなら俺は、防戦一方のオトラーにしつこく攻めてくるアリストロに、心底腹が立っていたからだ。
あいつらはオトラー領地内の村を破壊し、さんざん仲間を殺している。
そして俺たちを、侵略で作りあげたアリストロ王国の、一部にしようとしているのだ。
王様面をしているアリストロ元侯爵は、よほど欲深い男らしい。彼はいままで、俺たちの主張をまるで聞こうとしなかった。
そんなやつらと、本当に俺たちは、仲直りなんかできるのだろうか。
シェインさんたちが『平和』と言いだしたとき、俺は『そんなの無理だろ』と思いながら、話半分に聞いていた。
それがいつの間にかこんな大物が参加して、ここまで話が進んでいたのだ。
会議をサボっていた俺は、そのことに少しも気が付いていなかった。
――有識者のおっさんたちも、アリストロはもうやっつけるしかねーって言ってたのにな?
――この強そうなイヴリン様を見て気が変わったみてーだ。
――シェインさんは、ベランカさんのために戦いを終わらせたいんだろうな。
――これ以上仲間を殺されたくねーって、気持ちは俺も同じだけどさ。なんだかなー。うーん。
停戦に反対の声を上げるものはなく、会議は粛々と続いている。多分、俺が参加しなかった会議で、さんざん意見が交わされた結果なのだろう。
イヴリン様を呼んでしまった以上、いまさら『反対』なんて声は上げられない。
――平和になるのはいいことだろうけど、どうも許せる気がしねー。
――俺もこれからはできるだけ会議に参加しよう……。そうしたらもっと、すっきり納得できたはずだぜ。
△
そのあと俺はミシュリに連れられ、捕虜たちのいる収容施設を訪れた。
この捕虜たちは、レーギアナの森での聖騎士軍との戦いで、聖騎士たちが見捨てて逃げた負傷兵だ。
「それで、いま聖騎士軍は何人くらいいるの?」
捕虜が寝かされたベッドの横に椅子がある。ミシュリがそこに足を組んで座ると、男はビクリと体を震わせた。
彼は、聖騎士軍の騎士だった男だ。あのとき捕まえた捕虜のなかでは、いちばん聖騎士軍の内情に詳しいらしい。
ミシュリの召喚する燃え盛る虎の魔獣『レッドティガー』に片腕を喰いちぎられ、いまもその姿は痛々しかった。回復魔法を施されたが、もろもろ重症だったため最近まで目が覚めなかったようだ。
俺はミシュリの隣に立ってその男を眺めた。シンソニーと同じ緑色の髪だ。風属性の魔導師に多い少し尖った鼻をしている。
シンソニーより体格はいいけど、どことなく雰囲気が似ている気がした。
いまは魔力を封印する腕輪をはめられているものの、顔色はそれなりにいいようだ。
しかし、レッドティガーに襲われた恐怖からか、ミシュリに怯えて震えている。
「あなたが目覚めるの、ずいぶん待ってたんだからね? いろいろと聞かせてもらうよ? 兵士の配置は? 兵器の数は? オトラー領に忍び込んだ目的は?」
震える捕虜の男に、繰り返し質問するミシュリ。しかし、男は黙ったままだ。
「ねぇ? 私たちしっかり治療して、看病も食事の世話もしてあげてるし、結構優しいと思うんだけど。そういう態度だと、無理矢理聞き出すしか無くなっちゃうよ?」
男を脅しはじめたミシュリの手から赤い魔力が溢れ出した。それがレッドティガーの顔を形どり、グルル、とうなりながら牙を剥いている。
それを見た捕虜がますます縮みあがると、ミシュリが口を尖らせて俺を見あげた。
「オルフェルきゅん。こいつ、ずっとこんな調子なんだよ。もう何度も同じ質問してるのに」
――でたぁ。オルフェルきゅん!
恋人になってから、ミシュリは俺の呼び方が変わってしまった。
二人きりのときは可愛いんだけど、これが人前でもずっとなのだ。
――やべ。俺いま、耳まで赤くなってんじゃねーか?
――そ、そんな可愛い顔で見てきても負けねぇぞっ?
顔から火が吹き出しそうになりながらも、必死に平静を装う俺。
俺が羞恥心に悶えてしまうと、ミシュリは余計に喜んで、新しいイタズラをしかけてくるのだ。
いまも赤くなった俺を、彼女はキラキラした顔で見あげている。
「へぇ……。この男、名前はなんていうんですか?」
「え。名前? 知らないよ。確かオリバーかなんかだったかな」
「ミシュリ大尉、怖がらせすぎじゃないですか?」
「やだ、オルフェルきゅん。ミシュリって呼ぶって約束したでしょ? 敬語もやーめーて! いま休暇中だし、二人きりなんだから」
「いや、ぜんぜん二人きりじゃねーよ?」
イタズラな笑顔を浮かべるミシュリ。俺はガクッと体制を崩しながら突っ込みをいれた。
この部屋には重傷だった四人の捕虜と、捕虜の世話をしてくれている治癒魔導師のオスカーと、看護師のクロエもいるのだ。
周りを見回した俺と目があって、目をみはるオスカー。クロエも赤くなって横を向く。
――お仕事中に見せつけてすみません!
苦笑いを浮かべる俺。これ以上ミシュリのペースに乗せられて、遊ばれるのは敵わない。
「ミシュリ。尋問してあとで報告するからさ、ここは俺に任せてくんねー?」
「えー? そう? 実はやることいっぱいで困ってたんだよね。助かるよ~!」
「お、おう」
「じゃぁ、よろしくね! ダーリン!」
ミシュリは俺の頬に背伸びでキスをして収容施設を出ていった。
――あれ? もしかして、体よく押し付けられたとか?
頬に手を当てたままミシュリを見送る俺を見て、オスカーが我慢できずに笑っている。
――まぁいいか。俺も捕虜に聞きたいことがいっぱいあるからな。そのつもりできたんだし。
俺はひとつ咳払いしつつ、ミシュリが座っていた椅子に座った。
「……さて、おまえ、名前は?」
「……オリヴィエ」
「お。話せるじゃねーか。俺はオルフェルだ。俺もこの間の戦闘では胸に穴が空いたぜ。お互い、目が覚めて幸運だよな」
「ひぇっ……」
俺はできるだけ穏やかに話しかけたけど、オリヴィエはビクビクと体を震わせた。
レーギアナでの戦いでは俺も派手に暴れたから、普通に話していても怖がられているようだ。
しかも俺の隣で楽しげに浮いているフィネーレは、あのときからかなり変化している。
少女のようだった体は引き締まり、顔つきも前より大人びてきた。小さかった背中の翼はしっかりと大きくなり、チラチラ燃える髪も輝きを増している。
迷宮で彷徨いながら戦っているうちに、俺の魔力を吸って成長したのだ。その魔力量の変化は、だれにでも一目でわかるほどだった。
俺にとってはうれしいことだけど、敵からすれば、これはかなりの脅威だと思う。
「なにもしねーから安心しろよ」
俺はオリヴィエを落ち着かせようと声をかけた。




