179 ミラナの修行3~夢はなくとも~
あけましておめでとうございます!
今年も『三頭犬と魔物使い』をよろしくお願いいたします。
まだまだ準備不足ですが、更新が二カ月もあいてしまったので、とりあえず少し更新します。久々の今回はベランカさんの語りで、現在になります。
[前回までのあらすじ]魔物化してしまった同郷の仲間たちを救うため、魔物使いになったミラナ。闇属性魔導師たちの学校があるレーマ村に帰った彼女は、ナダン先生の指導のもと『攻守モード』の訓練の一環で、魔物たちにいろいろな質問をすることに。
場所:レーマ村
語り:ベランカ・クーラー
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ミラナがナダンさんから受け取った質問リスト。
調教魔法の訓練のため、ミラナはそのリストを手に、私たち魔物にさまざまな質問を投げかけてくる。
と言っても、さっきから質問を選んでいるのはオルフェルだ。
オルフェルは大きな犬の姿でミラナの隣に座り、一緒に質問リストを覗き込んでいる。ミラナがときどき、困りはてた顔をしているからだろう。
「わぉん。それじゃぁ……『子供のころの夢はなんでしたか?』これなんかどうだ?」
「どうですか? みんなこれは答えられそうですか?」
ここは、暖炉の火がチラチラと揺れる、あたたかな丸太小屋のリビングだ。
ミラナが私たちの顔を見まわしている。
「うーん、子供のころの夢か……」
みなが口々につぶやき、さっそく質問の答えを考えはじめた。
私は心を氷に閉ざし口をつぐむ。
――幼児に戻ってしまった私に、子供時代の夢を聞くなんて馬鹿げていますわ。
――後輩たちは本当に呑気なものですわね。犬や小鳥の姿になって、人間に戻れる見込みもないというのに。この現実が少しも目に入らないようですわね。
――だいたい、記憶がひどく曖昧なんですもの。答えようにも無理ですわよ。
私がふいっと横を向くと、ミラナたちもそれ以上は聞いてこない。
だけど私は、別にミラナに意地悪をしたいわけではなかった。
最初に聞かれた『好きな魔法はなんですか?』という質問も、答えなかったのは単に、思い出せなかったからだ。
私にもなにか、とても好きだった魔法があったはずだ。だけど私の記憶は、自分が思っている以上に欠落しているらしい。
――なんだったのかしら。とても大切な、思い出だったような気がするのに。
私は目を閉じて、途切れてしまった記憶を辿ろうとした。三百年前の記憶は、なぜか最近のものほど思い出せない。
子供のころのことなら、忘れているようでも少し集中すれば思い出せた。
それはまるで、古い本につもった埃を払うようだ。
――そうね、あのころ私は……。
伯爵家の令嬢として生まれた私。だけどだからといって、その運命をそのまま受け入れる気は、微塵もなかった。
親の決めた相手に嫁がされるだけだなんて、納得できるはずもない。
だから私は魔法の技術を磨き、自分の運命を自ら選び取ろうと、惜しみなく努力を重ねていたのだ。
かけがえのないお兄様のそばで、心から彼を支えていくために。
お兄様が隣で唸っているのが聞こえる。
眉をしかめ、口をへの字に曲げたまま、しきりと頬を撫でつけている。
彼の内心の葛藤が私にも伝わってくる。私はそっとお兄様の腕に抱きついた。
――おにぃさま、大丈夫かしら? さっきからこんなにお悩みになって。
――また私には思いもよらないような、難しいことをたくさんお考えなのでしょうね。
――私にできることならなんでもいたしますわ。おにぃさまは笑顔がいちばんステキですもの。
そう思いながらも、私の心は好奇心に満ちていた。
これだけ一緒にいても、なかなか知ることのできないお兄様の深い思考。それを知れるという点では、この質問大会にも一定の価値があるのかもしれない。
――うふふ。私ももっとおにぃさまを理解して、おにぃさまと心を通わせたいですわね。
お兄様が口を開くまでの間にも、後輩たちは会話をつづけている。
「うーん、俺の夢は騎士になることだったけど、子供のころって、もっと小さいころだよな?」
「そうだね、十歳までくらいかな?」
「あんまり思いだせねーな。でも普通に村で鍛冶師だったとぉちゃんの跡を継ぐつもりだった気がするぜ」
「僕も。風車小屋で働くことが決まってたよ。家業を継ぐのは長男の義務だもんね。でも僕は冒険家に憧れていたから、カタ学の卒業を条件に、村を離れる約束を親に取り付けてたんだ」
「シンソニーは色んなことに興味あるからな。行きたい場所がたくさんあるって、よく言ってたよな」
「うん。あちこちを旅して、色んなものを見たり学んだりするのが夢だった。そういう意味では僕、いまは結構楽しいかも」
「俺たち冒険者だもんな」
オルフェルとシンソニーの会話に、ミラナが「うふふ」と微笑んでいる。
後輩たちは、魔物になっても楽しそうだ。そんな彼らを見ていると、私も悩むのが馬鹿らしくなってくる。
――それにしても、華奢な女の子みたいだったシンソニーが、そんな夢を持っていたなんて意外ですわね。
――てっきりただの本の虫なのかと思っていましたわ。まぁ、カタ学に入学するほどの才能があるんですもの。それくらいの野心があるのは当然ですわよね。
「ミラナは? 子供のころの夢はなんだった?」
「えっ……。えっとぉ……。うーん、夢かぁ……」
オルフェルがミラナに聞き返すと、ミラナは口をすぼめて悩みはじめた。
オルフェルは興味津々と言った顔で、ミラナの顔を覗き込んでいる。赤い尻尾が左右にゆさゆさと動いて、彼の期待が伝わってくる。
「ミラナ、すっげー勉強してたもんな? なんか目指してたものがあったんじゃねーの?」
「うーん……。子供のころは、具体的な夢とかはなかったかな……」
「え!? ほんとに? あんなに勉強してたのに? そういや何回か聞いたのにはぐらかされた記憶があるぜ」
「うん……。だって、自分の好きなことや得意なことがわからなかったの。とにかくたくさん勉強してみて、自分もなにかできるようになればって思ってたけど……」
「信じらんねー! はっきりした目標もないのにあそこまで頑張れるとかすごすぎだぜ!? やっぱりミラナ、宇宙一偉いな!?」
「え!? そんなことないよ?」
目標がなかったというミラナに、オルフェルはなぜか、ものすごく感心したようだ。驚きで尻尾がピンピンに立っている。
ミラナは少しもじもじしながら顔を赤めた。どうやらかなり、うれしいらしい。
いつもごまかそうとしているけど、彼女はオルフェルに些細なことで褒められるたびに喜んでいるのだ。
――この二人、いったいどうなっているのかしらね。まったくもう、見ていられませんわ。
カタ学に行くミラナを追いかけるため、必死に勉強しはじめたオルフェル。私はお兄様とともにその様子を見守っていた。
あの頃のお兄様は口を開くとオルフェルの話ばかりしていた。王都に戻っている間も、ずっと彼の成績や進歩を気にかけていたのだ。
私もお兄様のために、オルフェルの心配をしたのは言うまでもない。
だけど当時はまさか、彼が合格するなんて思わなかったし、ミラナと相性がいいとも思えなかった。
それなのに、こうして一緒に暮らしていると気付いてくる。ミラナも本当は、オルフェルのことが好きなのだと。
――それもどうやら、相当なものなのでしょうね。
――オルフェルも気付いているようなのに、いつまでも犬の姿で、いったいどういうつもりですの?
――せっかくおにぃさまとの大切な時間を割いて応援してあげましたのに。いい加減くっついてほしいものですわ。
そんな不満を感じつつ、私はじれったい後輩たちの姿に今日もため息をつくのだった。
お読みいただき、ありがとうございます!
今回は、意外とオルフェルたちを応援していたベランカさんでした笑 シェインさんの望みは彼女の望みですからね。
二か月ほど執筆に励んでおりましたが、年末の忙しさにやられてしまったのと、書くのが本当に難しかったのもあって、思ったほどストックできませんでした。まだ三十五話くらいかなあ。
また止まると思いますが、しばらく更新しますのでよろしくお願いします!
挿絵は丸太小屋のリビング。AI生成イラストです。
次回からはオルフェルの語りで過去編になります。
第百八十話 捕虜1~幸運だよな~をお楽しみに!
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