178 討伐宣言2~オトラーとネース~
[前回までのあらすじ]イザゲル討伐を宣言することになったハーゼンとネース。熱気に包まれた本拠地の広場にて、ハーゼンはみなに真実を告げ、義勇兵たちに協力を仰ぐ。闇属性魔法への不安感が高まるなか、声をあげたオルフェルだったが……。
場所:オトラー本拠地
語り:オルフェル・セルティンガー
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「ハーゼン大佐! 俺はやります! みんなでイザゲルさんを止めましょう! 俺たちのオトラーのために!」
その大声に驚いたのか、義勇兵たちが顔をあげる。みんなが俺を不安そうな眼差しで見詰めた。
俺の顔に、イザゲルさんと戦ったときにできた火傷が、生々しく残っているからだろう。
「やりますって、オルフェル軍曹、クルーエルファントは倒せる気がしねーって、前に言ってませんでした?」
「魔物使いも決死の覚悟で燃えあがって、追い返すのが精いっぱいだったって……」
「オルフェル軍曹だから追い返せただけで、私たちにはそもそも、向かっていくのも無理ですよ」
「あ、それは……」
仲間たちのクルーエルファントへの恐怖は大きい。あんなのに飛びかかっていくやつは俺くらいだ。
いままでに追い返せたのもドンレビ村のときだけだった。
俺がハーゼン大佐に目をやると、大佐がまた演説をはじめた。
いままでの苦悩に満ちた声とは違う。みなの不安をかき消すような大声だ。
「諸君! 聞いて欲しい。イザゲルは強力な魔物を率いている。彼女は確かに強敵だ。だがオレたちには切り札がある! これを見てくれ」
ハーゼン大佐がそう言うと、台上にいくつかの魔道具が運ばれてきた。運んできたのはベランカさんだ。
ベランカさんは銀色の髪をひとつに束ね白衣を着ている。そして壇上に上がると、まるでネースさんの助手かのように彼に敬礼をした。
彼女がこの姿でいきなり研究室に現れたときは、ネースさんと二人で、顎が外れるほど驚いたものだ。
ハーゼン大佐の演説がつづく。
「これは、レーギアナで捕虜にした聖騎士軍の兵士から押収したアジール製の魔導兵器だ。みなも知っているとおり、恐ろしいほどの威力がある。
しかしどれもこれも、使えないものばかりだ。この手の複雑な魔道具は、完全な魔力切れを起こすと内部が損傷し、故障してしまう」
ハーゼン大佐が手に取りみなに見せたそれは、俺もよく知っているものだった。
丸い鏡のような魔道具で、俺の胸を撃ち抜いたものと同じだ。
俺やハーゼン大佐が倒れたあと、ミシュリは聖騎士軍の負傷兵を捕虜にした。そして同時に、彼らが所持していた魔導兵器を複数押収していたのだ。
しかし、それらの兵器はどれも使いものにならなかった。
大佐が手をかざし、兵器に魔力を込めてみせる。しかしそれはカタカタと、空回りのような音を立てるばかりだった。
「みな! 聖騎士軍はなぜ、壊れる前にこれらに魔力を補充しなかったのか。そしてまた、どうして壊れた兵器を持ち歩いていたのか。それがわかるか?」
大佐の問いかけに、答えるものはいなかった。台上を見あげ、だれもが首を傾げている。
聖騎士たちは祝福を失ったとはいえ、魔法が使えないわけではない。どんなに精霊たちに嫌われても、空気中の微精霊たちは人間の魔力に群がってくるからだ。
自分が魔力を失わない限り、魔道具に精霊の魔力を補充することは可能なはずだ。
聖騎士軍が最初からこれらの兵器を使っていたら、俺たちは敵わなかっただろう。
そう思うと、俺は胸の傷がうずくのを感じた。
なのにどうして聖騎士たちは、魔力を補充せず兵器を壊してしまったのか。
そしてどうして、壊れた兵器を持ち歩いていたのか。その理由がわかったとき、俺はとても信じられなかった。
ネースさんが不敵な笑みを浮かべている。彼はここ数日、この魔導兵器を解体し、必死になにかを調べていた。そしてついに、その秘密を暴いたのだ。
みなの不思議そうな顔を見まわして、ハーゼン大佐は説明をつづけた。
「これらのアジール製の兵器は、たとえ光や炎を放つものでも、基盤は全て闇属性の魔力で動いている。それは博士が闇属性であることに起因しているのだ。
要するにこれらの兵器は、闇属性の仲間がいないと使えない。聖騎士たちはそのことに気が付いていなかったのだろう。闇属性を迫害し、追い出したことで、やつらは兵器が使えなくなったのだ。
そして天才が作ったこれらの兵器は、恐ろしく高度なものだ。一度壊れてしまえば修理できるものはいない。王国軍にいた研究者たちにさえ無理なのだ。
聖騎士たちは自分たちの兵器を修理してもらおうと、アジール博士のもとに向かったのだろう。しかしどうやら、彼らは追い返されたらしい。
当然だな。アジール博士は闇属性だ。聖騎士のことは嫌いなはずだ」
ハーゼン大佐の言葉に、聴衆たちの間で失笑が起きた。聖騎士たちは自分で自分の首を絞めていたのだ。
彼らは闇属性の魔導師たちを処刑しておきながら、兵器が使えなくなると博士を頼ろうとした。
あまりにも情けなくて、俺もため息しか出てこない。
ハーゼン大佐はみなの反応を見回し、少し満足そうに頷いている。
「だが! このオトラーにはアジール博士にも負けない天才ネースがいる! ネースはこの数日でこの魔導砲を解析し、複製し、起動にも成功した。この威力を見ろ!」
ハーゼン大佐はそう言うと、台上の兵器のなかからひとつを手に取った。彼がそれを高く掲げると、空にも届きそうな強烈な火柱が立ちあがった。
ゴーゴーという轟音とともに、高度に圧縮された炎の塊が一直線にどこまでも伸びていく。離れていても顔が熱いくらいだ。
俺は昨日ネースさんに頼まれて、闇属性の仲間たちとともに、魔導兵器に魔力を込めたのだ。一見するとわからないが、その基盤は確かに闇属性の魔力でのみ駆動した。
それにしても、本当に恐ろしい威力だ。そのあまりの迫力に、みんな口を開けて空を見あげている。
「義勇兵の諸君! 絶望することはない。オレたちにはネースがいる! そして、いままで苦楽をともにしてきた、闇属性の仲間たちがいる。
オレたちはこの、ネースが複製した魔導砲に闇の魔力を込め、クルーエルファントを撃破する!」
「「「うぉぉぉぉぉぉ!」」」
その瞬間、大地が割れるような歓声と拍手が巻き起こった。
士気高く響く義勇兵たちの雄叫び。もちろん、俺も一緒に叫んだ。みなの顔に希望と勇気が満ちていく。
その迫力に圧倒され耳を押えながらも、ネースさんはニマリと笑った。
彼はほんの数日で、クルーエルファントを撃破する兵器を準備しただけでなく、闇属性の仲間たちの立場を守り、オトラー義勇軍の崩壊を防ぐことに成功したのだ。
ネースさんの自信と誇りに満ちた笑顔に、俺の胸が高鳴った。
「ネースさん、すごい! 天才って本当だったんだ!」
「聖騎士たちはやっぱり馬鹿だったんだな。俺たちには闇属性の仲間がいてよかった」
俺たちは属性に関係なく、みなで肩を抱きあって喜びを分かちあった。ワイワイと盛りあがるみんなの姿を見て、ハーゼン大佐は満足そうに微笑んでいる。
「そうだ。ネースが本気を出せば、オレたちはクルーエルファントにも負けない! だがあれを倒せただけではダメだ。
なぜなら闇のモヤのなかでは、つぎつぎに魔物が生まれているからだ。オレたちは魔物だけでなく、それを操るイザゲルを倒さなくてはならない。
オレはネースが勝利への道筋を作ってくれると信じ、ネースの指示にあわせて動く。まずはイザゲルの使う転移魔法についての調査だ。
参加は強制しない。だが、オレはみなの、個々の正義を信じている」
ハーゼン大佐のその言葉に、俺は熱くなって拳を握った。きっとここにいるみなも、彼の決意と信頼に応えたいと思ったはずだ。
ネースさんも、キリリとした顔で唇を結んでいる。
みな自分の装備を握り締めて彼を見あげた。俺たちの装備は、この天才が作ったものだ。
そう思うと、みなも誇らしい気持ちになったのだろう。
みなに見上げられながら、ネースさんが白衣の襟もとを正した。
「ボクは……。ボクは必ず姉さんを止めます! みなさん、協力をお願いします!」
ネースさんが発したその声に、みなが顔を見合わせた。
彼がまともに話している姿を、初めて見た人も多いはずだ。姿すら初めて見た人もいるのかもしれない。
だけど、彼の気迫は十分みなに伝わった。俺の胸がさらに高鳴っていく。
彼は大切な姉と戦うという恐怖と悲しみを乗り越え、自らが確かに、オトラー義勇軍の兵士であることを宣言したのだ。
「ネース! ネース! ネース!」
「「「ネース! ネース! ネース!」」」
俺はネースさんの名前を叫んだ。二人の決意に感動したし、一緒に頑張りたいと思った。
みなも同じ気持ちだったのだろう。俺の声に応えるように、ネースさんの名前を叫んでいる。
彼が勝利への道筋を作ってくれると信じて。
「まさかアジール博士の兵器を複製できるなんてな。うちの武器開発責任者は、紛れもない天才だ。あれならいける」
「魔物使いは倒さないと、いつまでたっても安心して眠れないものね」
「ハーゼンたちがやるって言ってるんだ。俺たちが協力しないわけにはいかないぞ」
「よし、今夜はみんなで酒でも飲もう! 盛りあがってきたぜ!」
仲間たちはそれぞれに、そんなことを言いながら解散していった。
集まっていた闇属性の仲間たちの表情も明るい。彼らも今日は、自分たちの力を誇りに思うことができたはずだ。
俺たちは闇属性の仲間がいるからこそ、クルーエルファントに打ち勝つことができるのだ。
そして、二人の決意の込められた演説は、ネースさんの拡散の魔道具により、領地中に響き渡ったのだった。
『三頭犬と魔物使い』をここまでお読みくださった皆様、本当にありがとうございます。
『第12章 願いと白い竜』はいかがでしたでしょうか? 前回を投稿したところで、わりと絶望感が漂っていたので、この最終話の展開は意外だったでしょうか。
『第十三章 対話と尋問』は新展開で、また雰囲気が変わってきます。お知らせしていましたとおり、しばらく投稿をお休みしますが、気長に待っていていただけると嬉しいです。
再開時期が決まったらまた活動報告やX(旧Twitter)などでお知らせします。
挿絵はハーゼンです!
次回、第百七十九話 ミラナの修行3~夢はなくとも~をお楽しみに!
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