176 秘密の会議2~宣言するのです~
[前回までのあらすじ]オルフェルたちは闇のモヤの奥で、イザゲルやライル、アジール博士たちと対面した。そこで出会ったライルは、普通ではない姿になっていた。なにか事情を知っていそうな精霊たちは口をつぐむが……。
場所:オトラー本拠地
語り:オルフェル・セルティンガー
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「教えてよ、ミズリナ……」
ネースさんがそう言うと、彼の守護精霊のミズリナが姿を現した。
空中に浮遊するミズリナをネースさんが不安げに見あげる。
無言で会話するように、しばらく見詰めあう二人。ミズリナはネースさんの肩にそっと手を触れ、ふわりと舞い降りて謝罪した。
「ごめんなさい、ネース。ライルのあれは、精霊の力によるものだわ……」
「精霊の?」
「えぇ。でも、マレスだって望んでやったわけじゃないと思うわ。きっとほかに、選択肢がなかったのね」
ミズリナは悲しげにネースさんに囁く。
どうやらマレスは、ライルがモヤのなかで魔物化するのを防ぐため、精霊の力を分け与えたらしい。
「ライルを自分のそばにおくためには、そうするしかなかったというわけか」
「いったいだれがライルをモヤの奥へ連れていったのかな。あんなに幼い子供を巻き込むなんて……」
「はっきりとはわからないけれど、おそらくマレスをなだめて落ち着かせるためだったのではないかしら」
「そんな……ひどいょ……」
「なんてことするんだ……」
エニーがぽろぽろと涙を流しはじめると、シンソニーが彼女の肩を優しく抱き寄せた。
『お母さんを傷つける気なら、僕は戦う!』
そう叫んだライルの思い詰めた顔を思い出すと、本当にやるせない気持ちだ。
「だけどライル君、魔物みたいな姿になってたょ?」
「有属性の魔力が強くなりすぎて進化したのね。私たちは魔物じゃなくて霊獣ってよんでるわ」
「霊獣……」
震える声でつぶやいたネースさんに、ミズリナがまた謝っている。
ミズリナはなにも悪くないけど、彼女はマレスの気持ちを代弁し、謝罪しているようだった。
勝手なようにも思えるけれど、精霊と人間の関係はほとんどが『契約』によって成り立っているものだ。
契約が履行されれば、ライルが元に戻る可能性もあるという。
俺たちはなんとかライルを救出できないか、マレスの闇のモヤを封じる手はないかと、みなで意見を出しあった。
だけど、有効な解決策はひとつも浮かばない。
しばらく話しあっていると、ハーゼン大佐が話を遮った。
「ライルが気になるのはわかるが、ひとまずその件は後回しだ」
「そうだね……。私たちには、ほかにも解決するべき問題がある……。こっちのほうが急務だろう」
先輩たちがいちばん気に病んでいるのは、イザゲルさんによる村への襲撃だった。
ハーゼン大佐の顔色が曇る。また彼女が村を襲撃したらと思うと、彼は気が気じゃないようだ。
「次の襲撃に備えていろいろと手を打たなくてはならないね。義勇兵たちにも協力してもらわないと」
「しかし、あの魔物使いがイザゲルだったなんて、みなも信じたくはないだろうな」
「そうだね……。こんなことを公表すれば、オトラー内でも闇属性の立場が危うくなるかもしれない」
「オレはいままで、イザゲルは悪くないと繰り返し演説してきたからな……。オレを信じてついてきてくれたみなに、いったいなんと説明すればいいのか……。マレスやアジール博士の話だって、不必要に恐怖をあおるだけだ」
「うーん、どうしたものかな……」
「みなに話すのは、まだ控えたほうがいいかもしれない」
シェインさんとハーゼン大佐がそんなことを言い始めて、俺は思わず口を挟んだ。
「また仲間たちに隠しごとをするつもりなんですか? 俺はこれ以上、仲間を欺くようなことはしたくないです」
「オル、オレたちは義勇軍だ。仲間たちの信念や理想は、いつも同じ方向を向いているわけじゃない。戦う動機ですら人それぞれだ。不用意に情報を与えれば、簡単に崩壊してしまう。いまそうなって困るのは、闇属性魔導師たちだぞ」
「うーん、これは本当に、厄介な問題だね……」
シェインさんが見たこともないほどに悩んでいる。
ハーゼン大佐もひどく険しい顔だ。
この件が仲間に知れれば、オトラー義勇軍の結束が崩れ去るかもしれない、俺もそれは心配だった。
シェインさんの考えは、俺にも十分理解できる。彼は領民たちの安全を、なによりも優先しているからだ。
だけどここまで力強く義勇兵をまとめあげてきたハーゼン大佐にしては、あまりにも弱腰な意見だ。
俺は彼に尻を蹴られてここまでやってきた。『仲間を信じろ、前を向け、自分の心で考えろ』そう言いつづけてきたのはハーゼン大佐だ。
イザゲルさんのことだけに、ためらう気持ちは一応わかる。だけど俺はこれ以上、へっぴり腰の大佐は見たくなかった。
彼が小声になっていたのでは、義勇兵たちは付いてこない。
「俺は攻めてくる魔物や軍隊から、仲間を守りたくて義勇兵になりました。正直たいへんなことも多かったけど、ここで戦ってきてよかったと思っています。
それはシェインさんが俺たちの願いを汲んでくれたからです。ただ領地を守るだけじゃなく、迫害から闇属性の人たちを守りたいという気持ちは、オトラー義勇軍の基盤のはずです。
どんな属性でも悪いやつがいるのは同じです。正しい情報があれば、俺たちは自分の心で判断できます」
「うーむ、そうだな……」
思い切って意見を言ってみたけど、ハーゼン大佐はますます厳しい表情を浮かべた。
シェインさんもまた無言で考え込んでしまう。
そのとき、ずっと黙っていたベランカさんが突然氷の眼差しで俺を見詰めた。
ドキドキして思わずのけぞる俺。
――や、やべー。シェインさんに意見したから、調子乗んなって怒ってる?
少し焦ってしまったけど、ベランカさんの口からは、思ってもみない言葉が飛び出した。
「私、おにぃさまの意見には、どんなときも賛同するつもりですわ。おにぃさまがいつもおっしゃっているとおり、仲間たちとの信頼関係を考えるなら、真実はきちんと伝えるべきですわね」
「「えっ?」」
ハーゼン大佐と声が揃って、俺たちは顔を見合わせた。エニーとシンソニーも顔を見あわせて微笑みあっている。
シェインさんが「そうだね……」と小さく頷くのを見ると、ベランカさんは勢いよく立ちあがった。
「レーギアナの森へ遠征していた義勇兵たちは、エンベルトの話を聞いてしまっています。
口止めはしてありますが、不確かな噂が広まっているいまの状況がいちばんよくありませんわ。そうですわよね? おにぃさまん」
「あ、あぁ。そうだな……」
「そうですわ。みなを集め、ハーゼンとネースが宣言するのです。
ここまでみなを引っ張ってきたハーゼンが、イザゲルを深く愛していることを知らないものはこのオトラーにはいません。弟のネースもそうです。
そんな二人が、彼女を倒すという確固たる決意を示せば、仲間たちもきっと納得するでしょう。
一度にあれこれいう必要はありませんわ。私たちの正義のため、みなで心をあわせイザゲルを倒す、それだけを伝えればいいのです。
できますわよね? ハーゼン。あなた演説が得意ですもの。あなたがそういえば、みながついてくるでしょう。そう思われませんか? おにぃさまん♡」
ベランカさんの言葉に、ネースさんとハーゼン大佐は、ゴクリと生唾を飲みながら頷いた。
シェインさんは少し驚きつつも同意している。
「そうだね、ベランカ。黙っていてもなにも解決しない。イザゲルを倒すには兵たちの協力が不可欠だからね。演説には賛成だ。なにかあったときは、私が責任を持って対処しよう」
「おにぃさまがそう言ってくださると、本当に心強いですわ! あなたたちもいいですわね? おにぃさまのオトラーの運命がかかっているのです。私たちはなんとしても、この危機を乗り越えますわよ」
「はいっ」「ひゃい」「ふぁいっ」
言葉に力を込めたベランカさん。俺たち後輩組はその迫力に思わず飛びあがりながら変な声を出した。
彼女の強い意志が宿る瞳に順番に見据えられたからだ。
――ひえぇ、ちょっとこえーけど頼もしいぜ! ベランカさん!
俺たちはハーゼン大佐とネースさんによる演説の日取りを決め、その秘密会議を終えた。
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
魔物化したと思われたライルは、実は魔物ではなく霊獣になっていたことがわかりました。
魔物と霊獣なにが違うんだよって感じですが、そのうち明らかになってきます。
そして仲間たちに隠し事をしたくないオルフェル君。意外な味方を得て、ハーゼン大佐たちはイザゲル討伐を宣言することに。
みなさんはどうですか? 言っちゃう派ですか? それとも黙っておく派ですか? (*‘ω‘ *)?
ハーゼンとネースの宣言は二話あり、そこでこの章は終わりになります。前回も後書きに書きましたが、その後しばらく投稿をお休みします。
次回、第百七十七話 討伐宣言1~オトラーとハーゼン~をお楽しみに!




