175 秘密の会議1~教えてよ、ミズリナ~
[前回までのあらすじ]聖騎士たちからの情報にもとづき、闇のモヤの奥に突入したオルフェルたち。そこで彼らが目にしたものは、隠されていた恐ろしい現実だった。義勇軍が崩壊する危機や、新たな偏見が生まれる可能性に直面し、彼らは苦悩することとなるが……。
場所:レーマ村
語り:オルフェル・セルティンガー
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課題としてナダンさんに渡された質問リスト。
丸太小屋のリビングに集まった俺たちは、ミラナがそれに沿って出す質問に答えていく。
魔物化してしまった俺たちにとって、それはなかなか恐ろしい試練に思えた。
苦悩を隠せないシェインさん、口をつぐんだままのベランカさん。彼女は無表情のままシェインさんにくっついている。
そして、凍り付いたようにかたまったまま、微動だにしないネースさん。
先輩たちは三人とも、さっきからずっと無言だ。
――そういえば俺、昔よくネースさんの研究室に行ってたよな。あのときネースさん、一生懸命俺と会話してくれてたような。
――またあのころみたいに、いろいろ話してくれるようになるといいけどな。
「うーん、どれもこれも、本当に答えに悩むね」
「ピピ。仕方ないよね。実際答えにくいし、かといって適当に答えるのもなんだか嫌だし」
「わぅん。でもみんなのことをいろいろ知れるのは面白いぜ。予想どおりなときもあるし、意外なときもあったりして」
「うんうん」
どうしても答えの出ない問題は飛ばしつつ、俺たちはいくつかの質問に答えた。
答える答えないは別として、ここにいる全員が、普段は避けていたような深い質問に向きあっている。
「普段は考えないようなこと、いろいろ考えちゃうね」
「ほんとだな」
「僕、なにか忘れてることを思いだせそうだよ」
「わかる……。俺もなんか、また記憶が戻ってきたぜ」
質問されたり、人の答えを聞いたり、答えを想像したりしていると、三百年前の記憶が甦ってきた。
質問に集中したいけど、昔のことに思いを馳せはじめると止まらない。俺とシンソニーまで唸りはじめて、ミラナは少し困り顔だ。
――そうだ、昔もこうやって、よくみんなで集まって、なにか話しあったよな。
――あのとき俺たち、どんな話してたんだっけ。
闇のモヤのなかでイザゲルさんに会ったあと、何度か行われた同郷の仲間内だけの密談。
あのころのネースさんは、強い武器を作ろうと、かなり思い詰めていた。
俺たちもイザゲルさんに立ち向かうため、その決意に頼るしかなかった。
そして俺たちの問題は、イザゲルさんをいかに倒すかという、単純なものではなかったのだ。
△
闇のモヤのなかで、イザゲルさんたちと会った数日後、俺たちイコロ村の生き残りは再び集まり秘密の会議を開いた。
俺たちはいったい、あの場所でなにを見てしまったのだろう。あまりに内容が衝撃的だったため、もう一度落ち着いて頭を整理する必要があった。
そして俺たちはオトラー義勇軍の指導者として、知ってしまったこの事実をみなに公表するべきかという、大きな問題にぶちあたっていたのだ。
事実というのはひとつに、あちこちの村を魔物に襲撃させているのがイザゲルさんだということ。
もうひとつは、王都オルンデニアを封印したのが、闇の大精霊マレスだということだ。
「マレスもイザゲルも闇属性だからね……」
「闇深い魔法を使ってしまったイザゲルはともかく、闇の大精霊まで闇堕ちだなんてな……」
シェインさんが話すと、会議室はさらに静まり返った。ハーゼン大佐がため息をつき、部屋中に重苦しい空気が漂う。
闇属性魔導師たちを匿う俺たちにとって、闇属性の評判がますます下がってしまうこの事実は重大だった。
義勇兵たちへの影響は大きいだろうし、どんな反応があるのかもわからない。
特にイザゲルさんのことは、家族だったり同郷だったりすることで、俺たちは少なからず責任を感じている。
公表には思った以上の、大きな覚悟が必要だった。
だから俺たちはこうして集まって、みなの意見や情報を少しでも擦りあわせようとしているのだ。
「同属性の精霊をたくさん殺されたうえ、契約中の人間を処刑されかけたんだもの。精霊だって絶望するわよ。しかも意図せず封印魔法を暴発させたんでしょ。きっと責任だって感じてると思うわ」
「闇落ちも王都の封印も、わざとじゃねーのはわかってるぜ。だけど、あまりに影響を受けた人が多いからな。原因を知れば、マレスに怒るやつもいるはずだぜ」
俺とフィネーレも真剣に会話していた。
フィネーレは光の玉の姿で俺の耳元に浮かんで、マレスに同情を示している。
精霊たちの絆は深い。彼らは属性にとらわれず仲がいいし、仲間を大切にする。
人間とは桁違いに長生きしているため、それぞれ離れた場所に住んでいても、みなお互いを知っているようでもあった。
「マレスを闇属性の代表のようにいうものもいるだろう。これでは闇属性への嫌悪感が増すばかりだ」
シェインさんの眉間のしわが深まっている。
イザゲルさんとマレスの存在が闇属性魔導師たちの立場を危うくするのは間違いがなかった。
しかも、闇のモヤのなかにいた闇属性は、その二人だけではないのだ。
「そういえば、アジール博士も闇属性だな。それから、確かライルも」
「きっとみんなが偏見で迫害したから、あんな場所に追い詰められたんだょ」
「そうだよ。博士もほんとはすごくいい人のはずだし、ライルもいい子だし……」
エニーとシンソニーが悲し気に寄り添っている。
闇属性への嫌悪感は、彼らへの無理解からくるものだ。
俺たちは闇属性のものたちを守るため、よりいっそう結束をかためなくてはならないだろう。
「しかしアジール博士は、闇に堕ちたわけではなさそうだったが、普通の状態とは思えなかったな。ジオクもひどい状態だった……」
ジオクを知る先輩たちは、みなつらそうに顔をしかめて話した。
アジール博士は昔から子煩悩で有名なおもちゃの博士だった。
その講義はおもちゃへの愛と平和の喜びを語るもので、子供向けの本もたくさん世に出していた。
子供のころの俺には難しくてわからなかったけど、ネースさんが夢中になっていたものだ。
そして、息子のジオクも俺がカタ学に入る前までカタ学に在籍していた。輝かんばかりの容姿をしていて、シェインさんと一二を争うほどの人気があったという。
しかしイザゲルさんの言葉を信じるなら、ジオクは突然自分を切りつけてしまったらしい。彼の心のなかには、なにか暗いものが渦巻いていたのだろうか。
アジール博士は、おかしくなってしまった息子を救うため、なんらかの研究をしていたようだ。
彼はその研究に必要な魔力を得るため、マレスを迷宮に閉じ込めている。そして、それを守るため、ライルはマレスのそばにいるのだ。
「ライルのあれはいったいなんだったんだ? 猫の獣人のような姿になってたけど……」
「マレスの闇に当てられて魔物化したのかな?」
俺とシンソニーは首を傾げた。エニーは不安げに目を細めている。
俺たちはそれぞれ、自分の守護精霊たちに向かって質問してみた。
精霊たちはみな光の玉の姿だ。いつもより光が薄く、気配を消しているように感じる。
彼らは、なにも言わず飛んでいるだけだった。なにか知っているのかもしれないけれど、光の玉の姿ではよくわからない。
「魔物化したにしては、あまりに普通に話していたよね? ねぇ、ゼヒエス。なにか知らない?」
シンソニーがさらに食い下がると、ゼヒエスの緑の光があとずさるように彼から離れた。どうも話す気がなさそうだ。
俺とシンソニーがため息をつくと、ネースさんが自分から口を開いた。
「ボクが思うに、あれは魔物化なんかじゃないよ。魔物化なら、もっと理性を失って、姉さんよりひどい状態になるはずだから」
「そうだな。魔物化した人間は恐ろしく攻撃的で、奇声を発することはあっても会話はできない」
ネースさんとシェインさんの声には確信があるようだった。
闇のモヤというのは古くからあるものだ。人間が魔物化するというのも、聖騎士がいなかった大昔はよくあったことらしい。
聖騎士が祝福の力を失ったため、これからは魔物化する人間も増えていくのかもしれない。
だけどライルの状態は、それとはまた違うらしい。
ハーゼン大佐も真剣な顔で考え込んでいる。彼の守護精霊のジゾルデも黙ったままだ。
「教えてよ、ミズリナ……」
ネースさんがそう言うと、淡く青く輝いていた光の玉が姿を変え、彼の守護精霊のミズリナが姿を現した。
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
質問リストがきっかけで、過去の記憶を思い出しはじめたオルフェル君。
三百年前、会議室にこっそり集まった彼らは、号泣会議だけでは決められなかった今後の方針について話しあいました。
引き続き、語りは癒し系と噂のオルフェル君になります。
次回、第百七十六話 秘密の会議2~宣言するのです~をお楽しみに!
↓の画像はエニー(学生時代)です。
『第十二章 願いと白い竜』は残すところ三話となりました。この章の投稿が終わったら、そろそろハーゼンさんと大人のエニーのイラストを描きたいので、しばらく投稿をお休みします。
間が空きますがよろしくお願いします。
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