172 ミラナの修行2~恐ろしい質問~
[前回までのあらすじ]魔物化してしまった同郷の仲間たちを救うため、魔物使いになったミラナ。闇属性魔導師たちの学校があるレーマ村に帰った彼女は、ナダン先生の指導のもと『攻守モード』の訓練の一環で、魔物たちにいろいろな質問をすることに。
長かったので少し改稿しました(2024/08/15)
ナダンさんが俺たちに貸してくれた丸太小屋は、爽やかな木の香りがした。
大きなソファーやベッドがあり、暖炉もあって暖かい。居心地がよく寛げる空間だ。
リビングのほかにもふたつ部屋があるから、男女別に別れてすごすことができる。
それぞれの部屋もなかなか個性的で、インテリアもおしゃれだった。
リビングでは幼児姿のベランカさんと人間姿のシェインさんが、寄り添って本を読んでいる。
男性用の部屋にはバシリスク姿のネースさんが、さっそくひきこもっていた。
俺は成犬の姿で小鳥の姿のシンソニーを頭に乗せて外に出た。シンソニーは小さすぎて、ネースさんに食べられないか不安らしい。
小屋を出ると、そこは昨夜作った雪だるまがならんだ庭で、いまも雪が積もっている。
普通はすごく寒そうだけど、俺はまったく寒くない。俺の頭の上で、シンソニーもあたたかそうだ。
外に出ると、別の小屋からミラナが出てきた。魔物使いたちが捕まえた魔物を世話するための小屋らしい。
ミラナは俺たちを見ると、硬い表情で近づいてきた。
「オルフェル、シンソニー……。ちょっとこれを見て欲しいんだけど……」
ミラナが差し出したのは、ナダンさんが作ったという質問リストだ。そこには、俺たち魔物に対するさまざまな質問が書かれている。
「あなたの尊敬する人はだれですか……、あなたの目標はなんですか……なんだこれ?」
「実は、攻守モードを使うためには、魔物との信頼関係が大切なの。だからそれを高めるために、いろいろ質問しなくちゃいけなくて……」
――えー……。俺らにこんな質問すんのは危険すぎだろ。
無言になってしまった俺とシンソニーを見て、ミラナも少し気まずそうな顔をしている。
それはそうだ。俺たちは原因不明の理由で魔物化し、三百年もの間封印されていた。そしていま、幼馴染のミラナに飼われているという状況だ。
みんなギリギリのところでそんな現状を受け入れて、なんとか平和に暮らしているのだ。それをこんな質問で、ひっかきまわすような行為は恐ろしすぎる。
俺たちはそれぞれの心情に配慮して、お互いの傷に触れないよう、こういう質問は避けてきたのだ。
だけど、ミラナが困っているなら、俺は放っておくわけにはいかない。それに、攻守モードは俺たち魔物にとっても魅力的だ。
「俺はいいぜ。なんでも聞いてくれ」
「ピピ! 僕もできるだけ頑張って答えるよ。ニーニーやハーゼンさんを捕獲するためにも、攻守モードは必要だと思うしさ」
俺が快諾すると、シンソニーも快く承諾した。
「ありがとう。だけどベランカさんやシェインさんは答えてくれるかな……」
ミラナが不安げにベランカさんたちのいる離れに目をやった。俺もかなり不安だけど、とにかくやってみるしかないだろう。
「わかんねーけど、しっかり説明すれば大丈夫じゃねー?」
「ネースさんはどうしよう……」
「とりあえず、同席だけはしてもらおうぜ」
俺たちは部屋に戻ってネースさんを呼び、みんなでリビングに集まった。
ミラナが事情を説明すると、ベランカさんはシェインさんと顔を見合わせてから、ふんと鼻を鳴らして横を向いた。
「こんな質問に、答えるつもりはありませんわ。私たちの関係が悪化するだけですわよ」
「で、でも……」
「ミラナ。これは無理強いできねーよ。とりあえず、答えられることだけでいいってことにしねー?」
「う、うん。そうだね。それならどうですか?」
「……わかりましたわ」
仕方なさそうに頷いて、べランカさんはまたシェインさんに視線を送る。シェインさんも頷いてくれた。
「よし、なんか、答えやすそうなやつから始めようぜ」
「そうだね、どの質問がいいかな」
「俺も見ていい?」
俺はミラナの隣に寄り添って、彼女の手元の質問リストを眺めた。
――どんな食べ物が好きですか、か……。これは一見聞きやすそうに見えてデリケートだぜ。魔物化してると普段は食べないようなもの食べたくなるからな……。ミラナがあんまわかんねーように加工してくれてるけど……。
――あなたは自分がどんな性格だと思いますか? これもデリケートだ。俺たち人間だったころの短所が悪化してっからな。気を付けてても出ちまうっていうか……。あんまり指摘されるとつらいぜ。
――ほかは……。なんだ、みんなが平穏にこたえられる質問がねーな……。
あらためて質問リストを見てドキドキする俺。思った以上のハードルの高さだ。
「最初は、これがいいんじゃね? あなたはどんな魔法が好きですか」
「あ、それはいいね」
「俺はフレイム・ジオラヴァみたいな、みんなでやる派手な魔法が好きだぜ! めったに使わねーけどな。な? ミラナはどう? どんな魔法が好き?」
「うーん、いろいろあるけど、シャインズダークスポットかな?」
「心の黒点を浮かび上がらせる裁きの魔法か。なるほど、真面目なミラナらしいね」
ミラナの返答に、シェインさんが頷いている。それは光と闇の連携魔法だ。敵に強い罪悪感を芽生えさせ、攻撃の手を止めさせる。
非常に強力だけど、連携する両者に強い意志がなければ使えない、崇高な魔法だ。心に少しでも迷いがあれば、術者が自分の正義を見失い、味方に攻撃してしまうらしい。
「すげーな。俺にはとても理解しきれねーけど、こんなの使える人がいたらめちゃくちゃ尊敬するぜ」
俺がそう言うと、ミラナは「ふふ」と微笑みを浮かべた。だけど彼女が、一人では使えない魔法をあげたのは少し意外だ。
「シンソニーは?」
「僕はやっぱり、飛ぶのが好きだよ。いまは鳥になれるから、魔法っていうのとは違うかもだけど。覚えてみたい憧れの魔法でもいいなら、ウィンドクイックとか、ギャレットステップとかかな?」
「高速化魔法か。あれは確かに、できたらすげーよな」
ウィンドクイックは風の力で素早く動けるようになる魔法で、ギャレットステップはさらにその上位魔法だ。
ギャレットステップは短距離なら瞬間移動というべき速さで移動でき、跳躍力も格段にあがる。
だけどこれらは、本当にの難易度の高い魔法だ。風を起こすだけの放出系魔法とは違い、風を収束させたり圧縮したりと、難しいイメージをしっかり持っていないと使えない。
「前に騎士団長がウィンドクイックをかけてくれたからね。少しはイメージがかたまった気がするんだよね」
「イメージは体験するのがいちばんだからな。期待してるぜ!」
俺たちの会話を聞きながら、ミラナがふむふむとメモを取っている。俺はミラナの代わりにベランカさんに質問してみた。
「ベランカさんはどうですか?」
「その質問にはお答えできませんわ」
――即答! この質問で?
ベランカさんにツンと横を向かれ、思わず苦笑いする俺。俺にはわからないけど、きっとなにか理由があるのだろう。だけどそれを聞いたら、もっと横を向かれてしまいそうだ。
「大丈夫です、答えられるときだけって約束なんで。じゃぁ、シェインさんはどうですか?」
「私はそうだな……。非常に悩むところだな……」
シェインさんはそう言うと「うーむ」と唸って腕組みをした。
「いちばん好きな魔法……なんだろう。ディバインスラッシュか……? いやあれは強力だが使用後しばらく魔法が使えなくなるからな……。やっぱり、ライトニングダッシュかな。いや、移動中に攻撃されるとダメージが大きいか……ならば……いや、うーん……フラッシュスパークも捨てがたい……」
シェインさんは苦悶の表情を浮かべ、なにやらぶつぶつ言っている。どの魔法も一長一短だし、彼は使える魔法がたくさんあるから、迷うのも仕方のないことだ。
まだかまだかと見守る俺たち。だけど一向にシェインさんの回答は決まらない。
「シェインさん、ぱっと思いついたのでいいですよ?」
「うーん、ならばやっぱり、ライトニングノヴァかな」
「おぉ、すっげー強力なやつですね! あれはほんとにかっこいいです」
ついつい少し急かしてしまったけど、シェインさんの心が決まったようだ。
それは、シェインさんが遺跡でネースさんを水面に引っ張り出すために使った超強烈な電撃魔法だった。
あれは範囲雷魔法であるキングスサンダーの上位魔法で、普通の人間にはとても使えない。
強烈すぎて、どんなに雷に強い装備をしていても自分も感電してしまうからだ。雷の化身と化したシェインさんだからこその大技でもある。
だけど彼は、俺のように派手だから選んだというわけではないだろう。
シェインさんは優柔不断に見えることもあるけれど、仲間や家族を守るためなら、迷いなく上位魔法を放つ人だ。強くあらなければという思いが、彼にそれを決断させる。
その電撃は青く気高く、神々しいまでに光り輝く。俺はネースさんをテイムしたときの彼の勇姿を思い出して、「ほう」と憧れのため息をついた。
「……それじゃぁ、ネースさんはどうですか? なにか好きな魔法はありますか?」
ミラナが思い切った顔で、ネースさんにも同じ質問をする。
だけどネースさんは微動だにせず、ただ石のようにかたまっていたのだった。




