171 ミラナの修行1~先生の提案~
[前回までのあらすじ]魔物化してしまった同郷の仲間たちを救うため、魔物使いになったミラナ。闇属性魔導師たちの学校があるレーマ村に帰った彼女は、ナダン先生の指導のもと『攻守モード』の訓練をすることに。
場所:レーマ村
語り:ミラナ・レニーウェイン
*************
ナダン先生の丸太小屋の周りには、彼が調教魔法の訓練のために使っている闇魔法アカデミーの訓練場がある。
そこには私が練習のために手懐けた魔物が、何匹か預けられていた。
ナダン先生と話をした翌朝早く、私はナダン先生とともにその小屋を訪れた。
「調教魔法・コンキーリリース!」
――ピーロリロン♪ ピーロリロン♪――
私が解放の呪文を唱えると、ビーストケージから真っ白なキツネの魔物、コンキーが飛び出してきた。
赤く光る鋭い目。牙がむき出しになった口元からは「ふぅー」と威嚇の声が漏れている。
「ひさしぶりだねぇ、コンキー」
「コンコーン!」
私が名前を呼ぶと、コンキーが二股の尻尾をふりながら、私に向かって飛びついてきた。私はそれを抱きあげて頬ずりをする。大きさは子犬なオルフェルと同じくらいだろうか。
コンキーはもともと、近くの村で退治されかけていた凶暴な魔物だった。捕獲したときは大人のキツネよりずっと大きかったと思う。
初心者用の安価なビーストケージを使用したため、もとより小さくなってしまったのだ。そのぶん、戦闘力も弱くなるけど、だいぶん手懐けやすくもなっている。
この初心者用のケージは闇魔法アカデミーの備品で、ほかの生徒の魔物も入っているため持ち出しできない。
コンキーが小鳥のシンソニーを食べたがることもあって、ナダン先生に預けていたのだ。
――ごめんね、ずっとケージにいれたままにして。
「会えてうれしいよ、コンキー!」
「コーン!」
「ほとんどケージに入れず世話していただけあって、よく懐いているな」
コンキーとの再会を喜ぶ私を見て、ナダン先生が微笑みを浮かべ、感心したように頷いている。
レーマにきたばかりで心細かったころ、コンキーは心の支えでもあった。
毎日早起きをして、小屋の掃除やエサやり、健康状態の確認などをしていたのも、まだ記憶に新しい。
魔物使いたちは日々魔物と触れあい、彼らの習性や癖、使える力の特徴などを観察しながら、少しずつ理解を深めていく。
もともと飼育委員長をしていたこともあり、動物の飼育には慣れていたけれど、魔物というのは動物よりずっと凶暴だ。
コンキーも最初はもっと凶暴で、何度噛み付かれたかわからないくらいだった。
彼らは願望に忠実で、理性や道徳を持ちあわせていないのだ。
魔物の心を穏やかにし、調教魔法に従わせるには、通常の飼育の知識に加え、魔法の知識が必要だ。
――とにかく、もらった魔導書の内容を頭に叩き込まないと。
肩に乗ってきたコンキーの背中を撫でていると、ナダン先生が口髭をいじりながら問いかけてきた。
「ミラナは動物系の魔物を手懐けるのがうまい。だが攻守モードを使うには、さらなる信頼関係が必要だ。理由はわかるかな?」
「リストリクトが使えないからでしょうか」
私の返答に、ナダン先生が頷いている。リストリクトは調教魔法に組み込まれている呪いの一種だ。
これは魔物たちの行動を一部制限する代わりに、反動で別の能力や魔法の効果を引きあげることができる。
「リストリクトは強力な呪いだ。行動の制限は一見不利にも思えるが、魔物を制御しやすくなるメリットもある。
これを使わないということは、魔物の行動を、魔物自身の判断に任せるということだ。これが、どれほど危険かわかるかな?」
「はい。魔物たちは、本能や感情に支配されやすくなっています。リストリクトを使わずに戦闘に駆り立てれば、思わぬ反抗や裏切りにあう可能性があります」
「そうだね。普通の魔物ももちろんそうだが、きみの仲間たちも、一見人間性を保っているように見えても、それぞれにいろいろな思いや不満を抱えていることだろう。やはり危険はあると思うよ」
「そうですよね……」
私が考え込んでしまうと、ナダン先生は励ますように私の肩に手を置いた。
「心配はいらない。その点については、特別訓練を考えているからね」
「わぁ、助かります!」
「うんうん。それでね、攻守モードにはそういった危険性のほかにもまだ問題がある。それはなんだと思うかな?」
「魔物たちの戦闘力が下がることでしょうか」
「そうだね、そのとおりだ。リストリクトを使わないということは、いままでのように、呪いの反動で魔物の能力を高めることができない。そこで、より高度な調教魔法を覚える必要があるというわけだ」
「新しい魔導書に記載されている、強化魔法と制限魔法ですね。強化魔法で魔物の能力を引きあげ、制限魔法で魔物たちを制御します」
「さすがだね。よく理解しているよ。これらの高度な魔法をたくさん覚えることが、攻守モードで強くなる秘訣だ。
だが時間がないからな。ここで覚えられるのは一部の魔法になるだろう。さっき言った特別訓練のほうが重要だからね」
「わかりました。頑張ります!」
私の意気込んだ返事を聞くと、ナダン先生はひとつ頷いて、紙の束を私に差し出してきた。
「さて、特別訓練のための下準備だ。まずはこの質問リストにそって仲間たちに質問し彼らへの理解を深めるんだ」
「え……?」
先生から受け取った紙の束をめくってみると、数ページにわたってたくさんの質問が書きこまれていた。
その内容は、好きなことや興味のあること、自信があることや不安なこと、やりたいことや行きたい場所に、感謝や尊敬をしている人など多岐にわたる。
――え? これをみんなに聞くの?
――うーん、これはあんまり得意じゃないな。というかすごく苦手かも……。
私の不安げな顔を見て、先生はまた励ますように私の肩を叩いた。
「聞きにくいのはわかるが、信頼関係を築くには、お互いのことをよく知るのがいちばんだからね?」
「そうですよね……。でも、みんな魔物化してしまって、自由に私から離れることもできないんです。彼らの気持ちを考えると、あまりこういう質問は……」
「無理に聞き出したり、秘密を暴いたりする必要はないよ? 一方的に聞くだけじゃなく、質問をしたら必ず相手からの質問にも答えるんだ。やれるかい?」
仲間一人一人の顔を思い浮かべながら、私はまだ思案していた。本当にこんな質問をすることで、私たちの信頼関係は深まるのだろうか。
逆に、怒らせてしまったり、こじれてしまったりしないだろうか。
相手の質問に答えるというのも、こんなに質問が多いと答えられるのか不安になってしまう。私もまた、不用意に触れられたくない過去はたくさんあるのだ。
そのうえ仲間たちは、私にはなにも質問してはいけないと思っている気がする。こんな状況でも、私には、だれもなにも聞いてこないのだ。
――う、そう思うと悲しくなってきた。でもこれは確かに、乗り越えなきゃいけない壁かもしれないわ。
――どうせやるなら、ナダン先生がいるこの場所のほうが、万一魔物たちが怒って凶暴化なんてことになっても、対処がしやすいかも。
「わかりました。やってみます!」
私がまた気合の入った返事をすると、ナダン先生はにっこりと笑ってくれた。
「頑張るんだよ」
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
ミラナの『攻撃モード』や『防御モード』は、感想欄とかではさんざん『呪いのような行動制限』と言っていたんですけど、この度本当に呪いだったことが発覚しました笑
なんせ攻撃モードは脚力も腕力も五割増し(オルフェル君談)なので呪いでもかけないと無理かなぁと……。
そしてコンキーはオルフェルが見たら完全にやきもち案件です!(いまはまだ朝早いのでスヤスヤ寝てます)
次回はミラナの修行の続きですが、語りはオルフェルになります。
第百七十二話 ミラナの修行2~恐ろしい質問~をお楽しみに!
※追記※
攻守モードの魔法の説明を少し修正しました(2025/01/20)
もし続きが読みたいと思っていただけましたら、『ブックマークに追加』をクリックして、この小説を応援していただけるとうれしいです!
『いいね』や『評価』もお待ちしております。




