169 イヴリン2~愛は自由~
[前回までのあらすじ]オトラーの領地北東にてつづく、アリストロからの侵略行為。その戦いに終止符を打つべく、ベランカとシェインは氷の大精霊イヴリンに停戦の仲介を頼むことにした。イヴリンに会うため凍てつく氷山を登る二人は……。
場所:クラウン氷山
語り:ベランカ・クーラー
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「よし! キングスサンダーだ!」
「了解! オレ様の力にビビッてちびんなよ~犬ッコロども! ひゃ~はははは!」
お兄様がイェールに呼びかけると、雲が急に暗くなり、稲光が走った。
――ドゴーン!――
――バリバリバリ!――
あちらこちらで耳をつんざくような雷の音が轟いている。私は思わず耳を塞いだ。
激しい閃光で眩しくてなにも見えない。
お兄様の唱えたキングスサンダーは、術者の周囲にいくつもの落雷が起きる電撃魔法だった。通常魔導師の意思では制御できず、術者や仲間にも当たってしまう。
この魔法が使えるのはイェールが落雷の場所を調整しているからだ。
魔物たちが次々に霧になり普通の氷に戻っていく。
「なぁぁぁぁははははは! 同胞たちの死に顔を拝みたいか? 残念だったな! 全員石ころに戻してやるぜ! 襲いかかるだけの能無しやろうどもめ! なぁあはははは!」
「イェール、無駄に挑発するのはよせと言ったはずだ。おまえがそんなだと、私の品格が疑われてしまう」
「わかってるぜー! 相棒~!」
イェールははっきり言ってオルフェルの十倍くらいうるさい。しかも何度注意されても、次の瞬間には忘れてしまうのだ。さすがは雷という感じだ。
だけどその速さと威力はほかの精霊と比べても桁違いだった。
しかも彼は呪文を口に出さなくても、お兄様の使いたい魔法を直感で感じとることができる。
キングスサンダーの範囲外にいたアイスウルフたちが集まってくると、再び激しい落雷が起きた。
――ドドゴゴーン!――
――バリバリバリ!――
「ガーハハハハ! 泣き叫べ犬ども! おまえたちの亡骸で革の鎧を作ってやらぁぁあああ! RRRRRRRRっはぁーーー!」
「イェール、ベランカもいるんだ。下品な言葉を使うのはやめてくれ。それに、亡骸なんかどこにもないだろ。革鎧は作れないよ」
「わぁかってるぜー! 相棒!」
戦うほどに頭の悪さが増していくイェール。目を見開きますます髪を逆立てて、巻き舌まで巻きはじめた。
お兄様はいちいち注意しながら、大きなため息をついている。
だけどイェールは間違いなく、お兄様が戦場で恐れられている原因だ。
気がつくと襲いかかってきたアイスウルフたちがすっかり一掃されていた。
「おにぃさまっ!」
「あぁ、ベランカ。無事かい?」
私がお兄様に駆け寄ると、お兄様が急いで私の無事を確認し、ホッとした顔で抱き寄せてくれた。
「よかった。ケガはないようだね」
「はい! おにぃさまん♡」
「ぎゃっはははは! おまえたち仲がよすぎだろぉ! それでほんとに兄妹かぁ? もっと深い関係になりてーならオレッ様が協力してやるぜ! ほら、もっと抱きあって見詰めあえ! 腰に手ぇ回してなぁ!」
「イェール。いい加減に黙りなさい」
「すまねー相棒。わぁかったよぉ」
お兄様に雷鳴のような声で一喝され黙るイェール。うるさいしサイテーだけど意外と私は嫌いではない。
私とお兄様の関係をいつも応援してくれるからだ。
△
氷の大精霊イヴリンがいるというクラウン氷山の頂上を目指して、私たちは歩みを進めた。
アイスウルフたちを倒しながらしばらく行くと、今度はフロストベアに遭遇した。真っ白で巨大な体躯を持ち、一撃で敵を粉砕できる力の強いクマの魔物だ。
フロストベアは立ちあがって両手を振りあげ恐ろしい顔で威嚇してくる。
「ガオォォォォォォ!」
――ズドドドド……!――
フロストベアが地鳴りのように吠えると、前方に氷の壁が立ちあがった。行手を阻む魔物たち。雪山は私たちを拒んでいるのだろうか。
それでも私たちは、登らなくてはならなかった。
「グォー!」
「ベランカ!」
フロストベアの突進! そのあまりの迫力に私はかたまってしまった。
お兄様が電撃の槍で、横から魔物を突き刺し私を守る。
「ぐぉー!」
「ぐっ、しまった……!」
フロストベアに近づいたお兄様の動きが止まった。フロストベアは、全身にうっすらと氷の霧を纏っていたのだ。
これは氷結魔法の一種で、範囲内に踏み込むと動きが鈍ってしまうものだ。氷属性の私には効かないけど、お兄様の手足が凍りついていく。
フロストベアの傷は浅い。しかし魔物は私への突進をやめ、お兄様に向きなおった。
「おにぃさま!」
「ベランカ! 後ろだ!」
お兄様が叫ぶと、私の後ろでもう一体のフロストベアに落雷が落ちた。霧になって消え、氷の魔石に変わるフロストベア。
どんなときも私を守ってくださるお兄様に胸が高鳴ってしまう。しかしその直後、別のフロストベアがお兄様に襲いかかかった!
魔物は受けた傷に苦しみながらも、動けないお兄様に迫っていく。鋭い爪がお兄様の胸を貫こうとしている。
「グォォォォォ!」
「きゃぁぁ! シアン!」
私はお兄様を失う恐怖で、絶望に満ちた叫び声をあげた。その声は甲高く裏かえって、冷たい氷河に響き渡る。
しかし私に呼ばれた守護精霊のシアンは、ひどく冷静な声で返事をしてきた。
「お嬢様。シェイン殿が死にかけているようですよ。ここはひとつ、フロストピラーなどはいかがでしょうか?」
「早くなさい!」
私が叫びながら魔力を放出すると、フロストベアの足元から尖った氷柱が突き出した。
身体が二つに割かれ、フロストベアは霧になって消える。とたんに魔物の魔力が切れて、氷結されていたお兄様が氷の上に転がった。
「おにぃさま!」
「ありがとう、ベランカ! 助かったよ」
「フフフ。フロストピラーは成功だったようでございますね」
冷たい顔で妖しく笑うシアン。彼は冷ややかな水色の瞳をした白髪で白皙の青年の姿をしていた。端正な顔立ちで、その頭には二本の白い角が生えている。
シアンはいつも冷静沈着だ。余裕ぶっているのは本当に余裕があるからだろう。のんびりやり取りしているようで、失敗をしたことは一度もないのだ。
シアンは寄り添っている私とお兄様を冷ややかな瞳で眺めた。
「フフフ。わたくしはあなた方兄妹の関係に口出しはいたしません。愛は自由ですから。でもシェイン殿。お嬢様の魔力は全てわたくしのものです。その点は、お忘れなく。フフ、フフフフフ……冗談ですよ」
シアンはしばしば、その場の空気をも凍らせる。
シェインお兄様は苦笑いだ。
イエールはシアンが嫌いらしく、さっさと黄色の光の玉に姿を変えた。
それからも私たちは、懸命に魔物と戦いながら雪山を登った。
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
暴走しそうでしないイェールと、暴走しなさそうでしているシアン。シェインとベランカについていたのは二人の変な守護精霊でした。
次回、クラウン氷山の頂上に辿りついた二人。氷の大精霊イヴリンには会えるのか?
次回、第百七十話 イヴリン3~平和への願い~をお楽しみに!
こちらは挿絵と言うよりイメージイラストですが、少女(ペンギンの着ぐるみ)なベランカさんとシアンです。
完全手描きデジタルイラストです。
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