168 イヴリン1~弱さのあらわれ~
[前回までのあらすじ]バシリスクになったネースを見て、弟のグレインを食べてしまった竜を思い出すベランカ。竜の鱗を貫くべく、槍を手にしたシェインを想う彼女は、三百年前の記憶を思い出した。
場所:クラウン氷山
語り:ベランカ・クーラー
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領地北東のグレイドン丘陵で続いているアリストロからの侵略行為。
私たちオトラー義勇軍は、屈することなくそれに抵抗を続けてきた。
だけど開戦から一年以上がたっても、その残虐な行為に終止符を打たせることができない。
戦闘地域はすっかり荒廃し、点在していた村々も破壊された。その悲しみの風景は、涙さえも凍らせてしまうほどだ。
「こんなに酷いことになるなんて。自分が戦いを望んだことを、後悔しない日はありませんわ」
「決して間違ったわけではないさ。私たちは勇敢にオトラーを守り、闇属性の人々だって、いままでずっと守ってきたんだからね」
「だけどいま、アリストロ軍を率いているのは、カタ学の学生だった男ですわ。みな敵兵のなかに親戚や友人がいるんですのよ。知った相手との戦いに、義勇兵たちは苦しんでいます」
アリストロ軍には、闇属性を危険視する人々がかなり多く含まれている。彼らが侵略してくる限り、我々は戦いをやめることができない。
しかし、実際に戦争してみると、敵軍に知り合いや友人が多くいることで義勇兵たちに迷いや戸惑いが生じた。
アリストロはそれを逆手に取るかのように、カタ学の学生だった男を指揮官に据えたのだ。
「とにかく、こんな悲しい戦いは、いい加減終わりにしたいですわね」
「しかし、いったいどうすれば……」
我々オトラー義勇軍は、この問題の平和的な解決策を話し合うため、この一年の間、何度も停戦を申し入れてきた。
けれど、アリストロ側はまったくそれを受け入れようとしない。
彼らは我々が停戦を望んでいることを『弱さのあらわれ』と笑い、申し入れのたびに大規模攻撃を仕掛けてきた。
そこで、私たちは中立な立場で話し合いを仲介してくれる、第三者の存在を求めはじめた。
そして、氷の大精霊イヴリンに白羽の矢を立てたのだ。
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あれは確か、みなが闇のモヤのなかに突入し、イザゲルたちに会ったころよりしばらく前のことだった。
私とシェインお兄様は、氷の大精霊に会うため、亡国イニシスの北西にあるクラウン氷山を登っていた。
その山は普通の山とは違い、雪や氷が不自然なほどにキラキラと青白く輝いている。氷の大精霊イヴリンの魔力が、山全体におよんでいるようだ。
時間短縮のため遠回りを避け、私たち兄妹は氷河に浮かぶ巨大な氷の上を渡った。
雪が蓄積され圧縮されたこの氷塊は、歩くだけで危険な場所だ。
氷塊の表面には雪で覆い隠された落とし穴のような危険な割れ目や、落ちたものを水底に引きずり込もうとする管状の穴が空いている。
一度落ちれば水面に戻るのは難しい。お兄様はもちろんだけれど、私も氷属性魔導師とはいえ、体は生身だ。
凍てつく河に落ちては助からない。この登山は私たちにとって本当に命がけのものだった。
「ベランカ、大丈夫かい?」
「おにぃさまこそ。足元にお気を付けくださいませ」
流動する氷の上を、ネースに作らせた魔道具を駆使し、私たちは何日も登り続けた。
氷の上を滑らずに歩けるブーツは、まるで土の上を歩いているかのような安定感だ。
氷壁を登るためのピックも埋め込まれた魔石によりさまざまな補助効果がある。これひとつで暖を取ったりランプ代わりにしたり、いざというときには武器にもなった。
「すごいもんだな」
「えぇ。珍しく頼んだとおりに作ってくれましたわ。でも気は抜けませんわよ。氷塊は魔力を帯び常に動いています。危険だらけですわ」
「あぁ、魔物もいるからな。気を引き締めていこう」
言っているそばから、次々と魔物が湧き出してきた。オオカミの姿をした氷属性の魔物アイスウルフだ。
二十匹以上はいるだろうか。
やつらは私たちの行手を阻むように立ち塞がった。
上体を下げて前足を広げ、氷のような白い目で威嚇している。低く重い唸り声が響いた。
――ガガガガガ!――
「アイスシールド!」
突然飛んでくる氷の弾丸! 私も氷の盾を出してそれを防ぐ!
――カンカンカン!――
「グルルルルル……。グォォォ!」
今度は横から別の個体が飛びかかってきた。アイスウルフは鋭い牙を剥き出しにし、私たちの喉もとを食いちぎろうと狙いを定めている。
この氷山の魔物は闇のモヤにあてられた氷や石などの自然物が魔物化したものが大半だ。
彼らが人を襲うことに特に理由はないのだろう。こちらもやらないとやられるだけだ。
「いくぞイェール! サンダートラスト!」
――バチバチバチ!――
お兄様が電撃を帯びた槍で、私に飛びついてきたアイスウルフを突き刺した!
魔物は霧のように姿を消し、その核は氷になって地面にバラバラと転がり落ちる。
獣の姿をしていても、やつらは具現化した狂気なのだ。
「ガハハハハハ! オレ様の雷で痺れっちまいなぁ!」
下品な笑い声とともに雷の精霊イェールが姿を現した。彼はお兄様の守護精霊だ。
好戦的な顔つきに黄色い肌、髪は放電しながら棘のように逆立っている。
勇敢なのはいいけれど、穏やかで品のあるお兄様とはまるで違い、その性格は下品で残忍だった。
だけど彼はお兄様を尊敬していて、お兄様の命令には背かない。
イェールが雷の魔力でお兄様を高速化させた。青い電光。お兄様の脚が輝いている。
アイスウルフがお兄様に飛びかかる!
鋭い爪が首元に迫った。お兄様は素早く後方へ飛ぶ。
直後に槍を前方に突き出し、アイスウルフをひと突きにした。
「キャイン!」
地面に転がったアイスウルフが痛みに声をあげている。それを見たほかのウルフたちが後方へ少し飛び退いた。
「ひぃーはははは! 可愛い顔してるねぇ犬コロども! 苦しむ姿が愛おしいぜぇ~! 遊んでやるからかかってきなぁ~!」
バチバチと電光を走らせながら、ウルフたちを挑発するイェール。完全に相手をバカにした顔だ。
魔物たちの視線がイェールに集まる。何匹かが同時にイェールに飛びかかった!
しかしイェールに触れる直前、電撃に痺れ地面に転がる。
「「「「うおぉぉーーーーーーーん!」」」」
魔物たちがイェールを警戒しながらも、私たちを取り囲んだ。
一斉に遠吠えをはじめるアイスウルフたち。数がますます増えてくる。
「イェール! バカみたいな挑発をするな。余計に増えたぞ」
「すまねぇ、相棒!」
「よし! キングスサンダーだ!」
――ドゴーン!――
――バリバリバリ!――
お兄様がキングスサンダーを唱えると、空から無数の稲妻が降り注いだ。




