165 採集活動2~恋する雪だるま~
[前回までのあらすじ]謎の原因で魔物化し、三百年封印されていたシンソニーたち。調教餌の材料を手に入れるため採集活動をはじめた彼は恋人との再会を切に願う。
場所:レーマ村
語り:シンソニー・バーフォールド
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「シンソニー! こっちにきて、レイの実を摘んでくれる?」
ミラナが手を振って僕を呼んでる。
彼女は脚立に登って背伸びをしているけど、どうやら実まで手が届かないみたいだ。
「了解!」
「シンソニー解放レベル3!」
――ピーロリロン♪ ピーロリロン♪――
ミラナの笛の音色で僕はワシの姿になった。緑の風が巻き起こって、体がふわりと舞いあがる。僕は翼をはばたかせて、そのままバサバサと上昇した。
レイの実は背の高い木にできる実で、背伸びしてもなかなか届かないんだ。だから、レイの実を摘むと、背が高くなるって言われてる。
それを知ったときは、ちょっと残念だったよね。食べたら背が高くなるんじゃなくて、摘むときに背伸びで背が高くなるだけだなんて。
「クケー!」
僕はニーニーの姿を思い出しながら、クチバシで枝ごとレイの実を摘んでは落とす。
レイの実は可愛いハート形で、ニーニーは子供のころ、よくこれを髪に飾ってた。
止まらないおしゃべりが可愛くて。僕より背が小さいのも愛おしくて。
――ねぇ、不安だよ。きみは僕を好きだったこと、いまも覚えてくれてるのかな?
高い空から見えるのは、どこまでも白い雪の世界。きみはどこにいるんだろう。あの寂しい封印のなか、孤独に震えているんだろうか。
こんな魔物でも胸が苦しいんだ。きみに会えない日々が僕を苦しめてる。
――一日一日が、ひどく長いよ……。
僕は贅沢を言ってるのかな? いまはこんなに仲間もいて、前よりずっと賑やかなのに。どんどん切なくなっていくよ。
きみと恋人だったころの、楽しかった記憶ばかりが蘇ってくるんだ。
『僕はきみがいないとダメみたい』
そんなことを、僕はきみの耳に何度囁いたかな。
きみへの想いが日に日に募って、僕は心のなかで、詩を詠んでしまったりするよ。
僕の声よ 風になって
雪原を越え 遠くの空へ
きみへ届けと 僕は鳴くよ
止まり木から羽ばたいて
闇のエサを啄む朝も
あたたかな友の頭上で
記憶の糸を辿る午後も
きみを想うと 胸が痛くて
きみへ届と 僕は鳴くよ
なんだろう僕、もしかしてそろそろ限界かな?
信じる気持ちを失くしちゃいけないって、僕だって頭ではわかっているつもりなんだけど。
「クケー!」
「シンソニー、もう十分だよ! お疲れさま!」
ミラナがカゴいっぱいに入ったレイの実を見て、満足そうに微笑んでいる。
レイの実には食べると心を穏やかにする効果があるんだって。僕はいっぱい食べたほうがいいみたいだ。
「帰ろうぜ、ペルラが待ってる」
オルフェが僕を見あげてる。まだ僕のこと心配してるみたいだ。
だけど人間の姿のときに比べると、魔物の姿は表情が伝わらない。
浮かない顔してても気付かれないのは都合がいいよね。
「寒かったね! 戻ったらレーマ村にある温泉入ろっか」
「お! いいじゃねーか」
「あ、人間にならないと入れないよ?」
「う……。やっぱり、俺はやめとく! 風呂は小屋にもあったからな」
「えぇっ……」
ミラナはあの手この手で、オルフェを人間に戻そうとしてる。
きっと人間のオルフェに会いたいんだよね。
△
僕たちはレーマ村に戻って、オルフェ以外はみんな温泉に入った。
僕も人間の姿になって、いまはナダンさんの丸太小屋の前で、ぺルラちゃんと雪のなかで遊んでる。
「みななちゃーん、ちんとにぃーゆきだるまつくってー!」
ぺルラちゃんが小さな手で雪玉を転がしながらお願いしてきた。
ぺルラちゃんはまだ四歳だから、舌足らずですごく可愛いんだ。僕にもすごくなついてくれてる……。
――だけど、ね? ちんとにぃーはひどすぎると思うんだ。
「ペルラちゃん? 僕はシンソニーだよ」
僕はぺルラちゃんに訂正をしてみる。こういうのは、定着する前になおしたほうがいいと思うんだ。
「ちんとにー!」
ぺルラちゃんが自信満々の笑顔で僕を見あげる。歯が抜けていて愛嬌たっぷりだ。
だけど少しも呼び方が直ってない。
「シンソニーだよ。ね? もう一回練習してみよっか?」
「ちんっ……、しっ、しんちょにぃっ」
「惜しいね、もう一回頑張ってみよう」
僕がしつこくペルラちゃんに訂正していると、オルフェが僕に耳打ちしてきた。
「シンソニー、ペルラ泣かせんなよ?」
ハッとしてペルラちゃんの顔を見ると、確かに半べそになっている。
「おにゅへにゅぅーーー」
「大丈夫だぜ、ぺルラ。シンソニーは怒ってるわけじゃねーよ」
ぺルラちゃんがオルフェの首にしがみついた。ミラナが困り顔で僕を見ている。
――だって、ちんとにーはイヤだよね!? 僕が悪いの?
――ねぇオルフェ。どうしてきみは、おにゅへにゅで平気なの!?
――あぁ、僕、心が狭くなってるみたい……。
「ペルラちゃん、うーんと大きい雪だるま作ってあげるね」
ミラナがペルラちゃんのそばにかがみ込んで、立ち尽くしている僕の代わりに優しく声をかけてくれた。
彼女に頭を撫でてもらうと、ぺルラちゃんはすぐに笑顔になる。僕はホッとして、ぺルラちゃんのそばにかがみこんだ。
「ごめん、僕も頑張るよ」
「わぁーい!」
「俺がいると溶けるから離れとく。でっかいの頼んだぜ、シンソニー」
オルフェが少し離れて見守るなか、僕とミラナはせっせと丸い雪だるまを作った。
こういうのを童心に返るっていうのかな? 雪玉が大きくなるにつれて、だんだん楽しくなってきた。
「もっともっと、大きくしよう!」
「うふふ、なんだかシンソニー、はりきってるね」
ミラナが僕に笑顔を向けてくれる。きみは本当に大切な友達だよ。
きみがニーニーを見捨てて逃げ出すなんて、考える僕は少し変だったよね。
僕たちは大きな雪玉を三つ積みあげて、腕に見立てた枯れ枝を挿した。
「すごーい! 大きいのできたね!」
「うん! おめめをつけて、おぼうしもかぶせてね!」
ミラナとぺルラちゃんが、満足そうに雪だるまを見あげている。
僕より少し背が高いから、これはなかなか立派だと思うよ。
「帽子はバケツ、目はレイの実にしようか」
「きゃわいい! おめめハートね!」
「恋してるみたいだ。恋人を作ってあげよう」
僕は隣にもうひとつ雪だるまを作った。恋する雪だるまが僕みたいに見えたから。
隣に作ったのはニーニーの雪だるまだよ。僕は彼女を思いながら、雪だるまの頭にレイの実を飾った。
――うん。いい感じだね!
僕が満足していると、ベランカさんが氷の魔法で巨大な氷像を作りはじめた。
彼女が手にした短いスティックは、彼女の氷の魔力に反応し、万華鏡のように美しい模様を空中に浮かびあがらせる。
ネースさんのおもちゃへのこだわりが感じられる七色の輝き。光らないようにもできるけど、ベランカさんは意外と気に入ってるみたい。
「きれい~! おはながさいたみたいだよぉ~!」
ぺルラちゃんが瞳を輝かせ、その輝きに手を伸ばしながらぴょこぴょこと跳ねまわった。
僕たちもその模様の繊細さに目を奪われる。みるみるうちに、見あげるように大きなシェインさんの像ができあがった。
魔力で青白く輝いていて、高さは僕の身長の二倍はある。
「うっはぁー。なんだこれ。すげー!」
「ちょっと雪だるまと次元が違いますね」
「さすが、ベランカさん」
芸術品みたいに精巧で神秘的な氷像。彼女の魔法は、すごく強力で繊細だ。
細部まで完璧に彫り込まれて、シェインさんへの並々ならぬ思いを感じる。
「すごいね、ベランカ。うれしいよ」
「気に入っていただけましたか? おにぃさま♡」
幸せそうに寄り添いながら、氷像を見あげる二人。ほんとに仲がよくて羨ましいな。
ぺルラちゃんも瞳を輝かせて氷像の前でぴょんぴょん跳ねている。
「べりゃんかちゃんすごーい! ペルラのもつくってー!」
「えぇ。かまいませんわよ」
「わぁい! べりゃんかちゃん、だいしゅき!」
小さなペルラちゃんと並ぶと、幼児なベランカさんもほんの少しお姉さんに見える。
ペルラちゃんに抱きつかれた彼女は気をよくしたのか、言われるまま次々に氷像を作った。
ペンギンに犬にワシにウミヘビ……どれもこれもキラキラしてすごく綺麗だ。
「さむぅーい!」
「ペルラちゃん、オルフェルに乗ってみる? あったかいよ」
「うん!」
寒がって震えはじめたペルラちゃんをミラナがオルフェの背中に乗せた。
ペルラちゃんはご機嫌でオルフェの背中に抱きついている。
「ほんとだ! あったかーい!」
「おちねーか? しっかりつかまってろよ?」
「わぁい! おにゅへにゅ、はしれー!」
「むりむり! 落としそうでこえーっ!」
オルフェがペルラちゃんを背中に乗せて歩きまわると、ぺルラちゃんはぐっすりと眠ってしまった。
天使みたいに可愛い寝顔だ。レーラさんがお礼を言いながら、そっと抱きあげて寝室へ連れていく。
――わかるよ。そこ、寝心地最高だよね。僕も温まろうっと。
今日から僕たちは、しばらく丸太小屋を使わせてもらうんだ。ラ・シアンより広いから快適そうだよ。
僕は小鳥に戻されて、オルフェの頭の上で眠りについた。




