164 採集活動1~僕の不安~
[前回までのあらすじ]謎の原因で魔物化し、三百年封印されていたシンソニーたち。彼らは魔物使いのミラナにテイムされており、彼女から離れることができない。調教餌の材料を手に入れるためレーマ村に戻ったミラナは魔物たちを連れ採集活動をはじめる。
場所:レーマ村
語り:シンソニー・バーフォールド
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撒き餌や魔物の餌に使う植物を摘むため、僕たちはレーマ村の裏山に登った。
いまは人間の姿で成犬のオルフェと一緒にオトナギ草を探している。
山はどこも雪に覆われているけれど、よくよく探すとエサの材料が結構たくさん見つかるよ。
レーマに住んでたころは、僕もよくミラナとここで草や木の実を集めていた。
ここに来ると、ミラナに捕獲されたばかりのころを思い出しちゃうな。
あのころの僕は本当に混乱していたし、ものすごく不貞腐れて、ミラナにも文句ばっかり言ってた。
だって魔物化して幼なじみに飼われてるなんて、本当に意味がわからなかったからさ。
まさか記憶を失くしている間に、三百年もたってるなんて夢にも思ってなかったし、あのとき僕は、心が十五歳だったから。
だからワシになって空を飛べるようになったとき、僕はミラナのもとを飛び出したんだ。
自分の体に溢れるこの風の魔力があれば、どこまででも飛んでいける。村に帰ってニーニーに会いたい、そう思った。
すぐに凶暴化して、ミラナに封印されちゃったけどね。そのとき僕が捕まった場所がこの裏山だよ。
いま考えるとなんだか情けないから、あんまり人には言いたくない。
ミラナたちは少し離れたところで脚立を使って、高木の新芽を摘んでいるみたいだ。
白銀の世界に映える赤い新芽は、魔物使いたちにチャルナとよばれている。
魔力を込めて煎じると、魔物の凶暴性を抑えるエサの大事な材料になるみたいだよ。
僕がいま探しているオトナギは、寒い場所にだけ生える草なんだ。小さくて完全に雪に埋まっているから、普通はなかなか見つからないよ。
だけどいまは、オルフェがクンクン嗅ぎ回って、すぐに目的の草をみつけてくれる。
「あったぜ。シンソニー」
オルフェが嬉しそうに顔をあげた。彼が前足で雪をかき分けると、オトナギ草が顔を出したよ。
これは雪のなかでも若葉みたいな綺麗な緑色をしている、すごく強い草だ。
強いだけあって栄養価が高く、魔力を帯びているから魔法との親和性も高い。魔物の集中力を引きあげて、命令をきかせやすくする効果もあるみたいだよ。
「すごい。オルフェはやっぱり鼻がいいね!」
オルフェの背中に手をおくと、こんな雪山でもあったかい。
だけどオルフェもあまり熱を出さないように気を付けてるみたいだ。あんまり雪を溶かしたらそこら中びちゃびちゃになるし、周りの植物にもダメージがあるからね。
「たまには効きすぎる鼻も役に立つもんだな。この草、なんかいつも食べてるドッグフードに近い匂いがするし」
「入ってるもんね」
僕は少し苦笑いした。魔物のエサは、ミラナが一人一人の体質にあうように、ものすごく考えて作ってくれてる。
それはわかってるけど、やっぱりエサっていう言葉の響きは、胸にくるものがあるよね。
「すげー綺麗な緑色だな。シンソニーの髪の色みたいだぜ」
「うん……そうだね」
僕がオトナギ草をそっと引き抜いてカゴに入れていると、オルフェが僕の顔を覗き込んできた。
ミラナに声が届かない距離になると、オルフェはよく僕を心配してくれるよ。
「シンソニー、大丈夫? ずっと浮かねー顔してるけど」
「え? うん、平気だよ」
そう答えたものの、僕は確かに、最近あまり元気がなかった。ついついため息をついてしまうんだ。
笑顔を見せなきゃって思っても、なかなかうまくいかないよ。
どこかの遺跡に封印されているニーニーのことを思うと、胸が苦しくて仕方ないんだ。
彼女は僕の初恋で、唯一の恋人だ。一瞬だって、忘れられない。
だから僕は、レーデル山に登る前から、勝手に期待してしまってた。次に見つかるのは、きっと彼女なんじゃないかって。
ネースさんが見つかったことが、嬉しくないわけじゃないんだけどね。僕もネースさんは好きだし、彼が無事でよかったと思ってる。
だけど、もしこのままニーニーが見つからなかったらどうしようって、少し不安になってしまった。
「やっぱり、ちょっと不安かな。だって、ミラナは……」
「ん? ミラナは……?」
言いかけて言葉を止めた僕を、オルフェが不思議そうに見ている。
僕はレーマに来て思い出したんだ。
僕をテイムしたばかりのころ、ミラナは眠ると、よくうなされて、うわ言を言っていた。
『逃げなきゃ……。早く、もっと遠くへ……』
あまりつらそうに見えたから、僕は一度、彼女を起こしたことがある。
そしたら、彼女が言ったんだ。
『シンソニー。もし、私が全部諦めてしまいたいって言ったら……。あなたは私を許してくれる? どこか遠くへ逃げたいって言ったら……』
彼女の頬を涙が伝い落ちた。僕がなにも答えられずにいると、ミラナはそのまま眠ってしまった。
彼女はただ、寝ぼけていただけなのかもしれない。
いま思えば、逃亡生活をしていたころの、悪い夢をみていたのかも。
あのころの僕にはわからなかった。ミラナの置かれていた状況も、歩いてきた道の険しさも。
僕はときどき思うんだ。ミラナはいまも、本当は逃げたいんじゃないかって。
もし、ニーニーが見つかる前に、彼女が諦めてしまったら?
僕はミラナから離れることができないから、彼女に運命を委ねるしかない。
そして、ミラナにとって逃げることは、彼女の身体に染み付いた、生活の一部のようなものだ。
「シンソニー?」
オルフェが心配そうにまた僕の顔を覗き込んでる。僕が辛気臭い顔してるせいだね。
「ごめん。なんか最近、つい悪いほうに考えちゃうんだよね」
「……そういうとき、あるよな」
真剣な声で答えてくれるオルフェ。だけどその顔を見たら、僕はつい笑ってしまう。
だって、口が開いてるし、長い舌が飛び出してるからね。ほんとに僕の親友はいつ見ても愛嬌があるんだ。
「オルフェこそ大丈夫……? なんか、ずっと犬だけど……」
「あ、俺? いや、俺はちょっと、自粛してるだけだ」
最近ミラナが人間に戻そうとしても、オルフェはずっとそれを拒んでる。どうも、ミラナといちゃいちゃしたくなるのを必死に我慢してるみたいだ。
きっと、ミシュリ大尉と付きあってたのを思い出したから、気がひけてるんだろうな。
「ミシュリ大尉のことなら、僕は本当に気にしなくていいと思うよ?」
僕はずっとそう言ってるんだけど、オルフェはなかなか納得がいかないみたい。
だけど僕は、オルフェに恋人ができたとき、ニーニーと二人で本当にすごく喜んだんだ。
オルフェの空元気は、見てるだけでつらかったから。
「ミシュリ大尉とのこと、あれからなにか思い出した?」
「いや、思い出せねーから、自粛してんだ……」
「そっか」
ほんの半時間くらいで、オトナギ草はカゴにいっぱい集まった。
ベルガノンではなかなか手に入らなかったからホッとしたよ。
そのとき、ミラナが声を張りあげて僕を呼んだ。
「シンソニー! こっちにきて、レイの実を摘んでくれる?」




