163 ナダン先生2~デリケートな問題~
[前回までのあらすじ]調教餌の材料を手に入れるためレーマ村に戻ったミラナは、調教魔法の先生であるナダン先生の丸木小屋を訪れた。『解放レベル2でもミラナから遠くに離れることができない』というシンソニーの話を聞いて、ナダン先生はため息をつく。
場所:レーマ村
語り:ミラナ・レニーウェイン
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「そうか。やはり調教餌だけでは解決しないようだね」
ナダン先生が深くため息をつきながら、シンソニーの話をノートに書き留めている。
先生はシンソニーが人間の姿になってから、ずっと彼の行く末も心配してくれていた。
だけど先生にも、解決策は見つからないようだ。
私から離れられないというのは、この先仲間たちが生きていくうえで、大きな問題になるだろう。自由がないというのはつらいことだ。
私だってできることなら、みんなを自由にしてあげたい。
「ごめんねみんな。みんなも自由に行動できなくて不満だと思うけど、いまはとにかく、ニーニーとハーゼンさんのテイムに向けて準備したいの。その先のことを考えるのは、そのあとでいいかな?」
私がそう言うと、みんながうんうんと頷いてくれた。オルフェルは尻尾を振っている。
「もちろんだよ」
「あぁ、わかっているよ。ミラナには面倒をかけて本当にすまないな」
「おにぃさまがいれば、なにも問題ないですわ」
「きゃうん!」
「仲がいいんだね、君たちは」
先生が私たちを見て微笑んでいる。私もほっと胸を撫で下ろした。
あまりにデリケートな問題だから、いままで触れずに来てしまったのだ。
――ふぅ。いつかはこの話、しなきゃいけないと思ってたんだよね……。
私たちが先でどうなるのか、それはまだ私にもわからない。
だけど、これからのことは一人で勝手に決めないで、みんなと相談しながら決めていくつもりだ。
先生はしばらくみんなの顔を見まわしていたけれど、握っていたペンを置き、ネースさんの水槽を覗き込んだ。
「小さいが強そうだ。自分たちだけでよく捕まえたね」
「はい! 解放レベルをあげると大きなバシリスクになるんです。だけど、まだあまり意思疎通ができてなくて……」
「ふむ。魔物化の影響かな。次の解放レベルにあげるときは少し注意したほうがいいね」
先生が髭をいじりながら唸っている。魔物の解放レベルアップには、魔物との意思疎通が必要だ。
無理に行えば、魔物の不安や苦痛のサインを見落とし、思わぬ事故につながりかねない。
――できればネースさんとしっかり話して、心の準備ができているか確認したいんだけど。
――ちょっと難しそうだから、できるだけ環境を整えて驚かさないようによく注意しないと……。
私が真剣に考え込むと、ナダン先生が「うん」とひとつ頷いて提案してきた。
私の不安を取り除こうとしてくれているようだ。
「次にネース君の解放レベルを3にあげるときは、私も一緒に見せてもらっていいかな?」
「あ、それは心強いです。でも、まだ解放レベル2にしてから日が浅いので、十日以上はかかりそうなんですが……」
私がそう言うと、先生は書棚から新しい魔導書を出して渡してきた。
「ちょうどいいと思うよ。きみ自身の魔力も前より高まって、研ぎ澄まされているようだ。攻撃モードと防御モードも使いこなせているようだし、待っている間にこの訓練をやってみるかい?」
「えっ? これは……!」
それは、ジャスティーネさんも使っていた、『攻守モード』の使い方が書かれた魔導書だった。
闇魔法アカデミーの魔物使い科では一年目と二年目に一般的な闇属性魔法を習い、三年目で専門科目として初級と中級の調教魔法を習う。
そして四年目に上級の調教魔法として攻守モードを習うのだ。
私は三年目の授業から開始し、三ヶ月で一年分の訓練課程を終わらせた。
だから休学していなければ、次に習うのは『攻守モード』だ。
だけど、『攻守モード』は独学で勉強するには難しく、魔物の凶暴化のリスクも高い。
休学するとき、この本を欲しがった私に、先生はそう言って断ったのだ。
「まぁ、さすがに十日で習得できるとは思わないが、出だしだけでも私と一緒に訓練しておけば、いまのきみなら、あとは独学でも習得できるかもしれない」
「でも先生、私にばかり付きあっている時間があるんですか?」
「心配いらない。いまアカデミーは長期休暇中だからね」
先生に渡された魔導書をパラパラとめくってみると、中級調教魔法とは比べものにならない複雑さの魔法陣と、高度な説明書きがびっしりと書き込まれている。
はっきり言って絶対これはたいへんだ。だけど私は、ずっとこの本が欲しかった。
私は張り切って立ちあがり、先生に頭を下げた。
「ありがとうございます! 頑張るのでよろしくお願いします!」
「なら、明日からさっそく訓練をはじめようか」
先生が優しい微笑みを浮かべている。私がこの魔法を使えるようになれば、戦闘中の危険を減らせるし、みんなの負担も減るだろう。
――独学は自信がなかったけど、先生が付きあってくれるなら百人力だわ! 十日のうちに疑問点を洗い出して、質問できるだけ質問しておかなきゃ!
私が顔をあげると、先生はうんうんと頷いて、丸太小屋の窓から見える雪山を指さした。
「こっちに来たのは材料集めが目的らしいな。オトナギでもなんでも、エサに使うものはだいたい裏山に生えている。必要なだけ採ってくるといい」
「ありがとうございます! 本当に助かります!」
あの雪山には、先生が育てている調教餌のための材料がたくさんあるのだ。
あそこなら、ベルガノンでは手に入らなかった希少な植物が全て揃うはずだ。
――なにからなにまでほんとに助かる! 先生にあわせる顔がないかも、なんて思ってたけど、帰ってきてよかった。
先生は「これを使うといい」と言いながら、採集に使う道具をあれこれと道具小屋から出してきてくれた。
カゴにハサミに脚立、これだけあればすぐに採集をはじめられそうだ。
「ほんとうにありがとうございます。さっそく行ってきます!」
ナダン先生に見送られて屋敷を出ると、先生の娘のペルラちゃんが名残惜しそうに見送りに来た。
「おにゅへにゅ……もういっちゃうの?」
オルフェルの前にしゃがみ込んで、彼の前足を握りながら涙目になっている。
さっきすこし挨拶をしただけなのに、オルフェルはぺルラちゃんの心を掴んでしまったようだ。
「いや。そこの裏山に行くだけだから、あとでまたくるぜ! そのとき一緒に遊ぼうな」
「今日からしばらく離れにお泊りするから、よろしくね、ぺルラちゃん」
「わぁい! みななちゃんおとまり~!」
ぺルラちゃんが喜んでぴょんぴょん跳ねている。小さい子は元気で本当に可愛らしい。ペルラちゃんに手を振られて、私たちは裏山を目指した。




