158 遺跡探索2~元気に決まってるよ~
[前回までのあらすじ]ミラナたちは、魔物使いの先輩ジャスティーネさんのテイムを手伝うため、樹氷群の中にある遺跡に入った。そこはメージョーさんが室長をする研究室になっていて……。
場所:ラスダール樹氷郡遺跡
語り:オルフェル・セルティンガー
*************
「ベルさんって、本当はいったい何者なんですか?」
俺が質問すると、苦笑いしていたメージョーさんがさらに顔をしかめた。
俺が知ってるベルさんの情報はこうだ。
・ベルガノンやクラスタルを救った英雄であり、街のあちこちに彼女の石像が立っている。
・ギルドや魔術機関の創設者で、さらに闇魔法アカデミーの創設者でもある。
・ミラナやキジーの師匠であるナダンさんの、そのまた師匠である。
・騎士団長や魔術機関を動かせる。
・ミラナにベルガノンの身分証を発行した。
・黒猫のライルの飼い主である。
英雄だからなのかもしれないけど、それにしたってあまりにすごい内容だ。
そして彼女は、ミラナが俺をテイムするとき手伝ってくれた人でもある。
彼女はいったいどんな人なのか。好奇心や親近感もあるけど、なんだか少し恐ろしくもあった。
俺が不思議そうにしていると、メージョーさんはポリポリと頬を掻きながら教えてくれた。
「彼女は闇属性の大魔導師だよ。そしていまは、ベルガノンの王様の恋人をやってる。本人はそんな気ないって言ってるけど、そのうち王妃になるんじゃないかな?
でもまぁ、権力はすでに王様以上だよ。ギルドと魔術機関は王国軍と同じくらい重要だし、いまでもなんか、王様を従えてるって雰囲気だから。
それにクラスタルの女王も、彼女には頭あがんないよ」
「ぐっはぁっ! なんじゃそりゃ。いったいベルさんって何歳なんですか!?」
「あ、年齢の話は絶対しちゃだめだよ。最近よくここに来るから、もしかしたら会えるかもね」
――えー!? 俺は興味以上に怖くなってきたぜ。ミラナ、そんな人とつながってたのか。
メージョーさんの話に、俺は圧倒されてしまった。ベルさんは二つの国の歴史や政治、それから軍や魔法にも大きな影響を持っているらしい。
なにか失敗したら簡単に潰されてしまいそうだ。
――年齢の話はダメなんだな。ほかに注意事項はねーの? ベルさんの取扱説明書が欲しいぜ。
「会えたら嬉しいな。ベルさん、元気かな?」
「ベルさんだもん、元気に決まってるよ」
「わぁ! こんな場所で英雄に会えるかもしれないの!? わくわくって感じ!」
怯える俺をよそに、ミラナたちは楽しそうだった。
△
「迷宮の入り口はこっちだよ」
メージョーさんに案内され、俺たちは研究室の奥に進んだ。
石の壁に遺跡の地図が貼られており、書き込みや区画分けがされている。
メージョーさんがそれを指さしながら説明してくれた。
「ここまでは、前に冒険者を雇って魔物退治してあるんだ。罠や呪いも解除してあるから安心して歩けるよ」
迷宮に入ってすぐの場所は本当に安全そうだった。
あちこちに道を示す矢印付きの看板が設置され、段差には手すりまでつけられている。
たまにくるローズデメールの親父さんが転けたり迷ったりしないように、メージョーさんが気を配っているようだ。
「今日魔物退治をお願いしたいのはこの緑エリアだよ。目玉の魔物がたくさんいるんだ。捕獲したいならちょうどいいんじゃないかな」
「なるほど。それは助かります」
「ここも呪いと罠は解除されてるよ。分岐はたくさんあるけど、確認しながら進めば変な迷い方はしないはずだよ」
「わ、それはよかったです」
メージョーさんはミラナに向かって説明しながら、緑エリアの入り口を目指して歩きはじめた。床に緑の線がひかれていて、その線を辿って歩くと着くようだ。
メージョーさんが、どこまでも親切すぎて感動する。ついついいろいろ聞きたくなる俺。
「遺跡探索って冒険者雇ったりして、かなりお金かけてますよね? その資金って、ギルドが全部出してるんですか?」
「ううん。遺跡探索のための資金は、国からも出てるんだ。探索はもちろんだけど、魔物退治も重要だから。遺跡は地下空洞につながってるからね。
入り口だけ封鎖しても、そのへんの洞窟とかから魔物が飛び出してくるよ。実際大きな被害も出てる。きみたちはギルドをとおして国から依頼を受けてるってわけ」
「うぉんうぉん……」
犬語で返事をしながら、俺は冒険者ギルドでのやり取りを思い出した。
この遺跡の魔物は、その辺の森にいるような魔物よりだいぶん強いらしい。
ちょっと聞いただけでも、キジーがいれば避けてとおるような魔物ばかりだ。
この依頼もA級冒険者向けで、俺たちだけでは受けられない依頼だった。
A級冒険者のジャスティーネさんが俺たちを引率するというかたちで、一緒に依頼を受けてきたのだ。
――まぁ、シェインさんたちもいるから大丈夫だとは思うけど、気はしっかり引き締めねーとな。
――防御モードでも攻撃モードでも、ミラナにケガはさせねー!
俺が気合を入れていると、メージョーさんが遠慮がちにお願いしてきた。
「実は、魔物がいなくなった場所にまた魔物が侵入しないように、魔道具を設置する必要があるんだ。僕も一緒に行ってもいいかな? 迷惑をかけるかもしれないけど……」
「わかりました。じゃぁ、シェインさんとベランカさんは、メージョーさんを護衛してください」
「了解したよ、ミラナ」「わかりましたわ」
「ありがとう。僕、戦闘苦手だから助かるよ……」
メージョーさんはそう言いながら、ちょこちょこ歩きでついてきていたペンギンと子ライオンに目をやった。少し口をすぼめているように見える。
たぶん、「頼りないな」と思っているのだろう。
そんななかミラナが、次々とみなの解放レベルを上げはじめた。まずはウミヘビのネースさんからだ。
実はずっと、シンソニーがネースさんの水槽を抱えていたのだ。そっとネースさんを取り出して、ミラナが魔笛を奏でた。
「ネース解放レベル2!」
――ピーロリロン♪ ピーロリロン♪――
ウミヘビがみるみる大きくなって、真っ青なバシリスクに姿を変えた。ネースさんは黙ったまま、戸惑った様子でキョロキョロしている。
「ト、トカゲ!? 僕こんな大きいのははじめてみたよ」
「わっ!? 手足が生えたわ! ニョキニョキって感じね!」
メージョーさんとジャスティーネさんが目を丸くすると、ミラナは少し得意げに魔笛を振ってみせた。
「そうなんです! 私たちの武器を作ってくれたネースさんです」
「え? その魔笛やトリガーブレードを作った人? すごいな! いろいろ話してみたいよ」
さらにミラナがシェインさんとベランカさんを人間の姿に解放していく。
俺が犬な分余裕があるのか、ベランカさんも大人の姿だ。
ベランカさんの銀色の髪が、彼女の氷混じりの冷気で神秘的な光を放っている。
「やっぱり大人のベランカは綺麗だね」
「うれしいですわ。おにぃさまん♡」
シェインさんが気品に溢れた青い瞳でベランカさんを見詰めると、ベランカさんが嬉しそうに彼に寄り添った。
「やだ、なにこの美男美女。いろいろツッコミたいけどもう疲れるからやめとくわ」
「シェイン君たち、思った以上に強そうだね」
すっかり驚き疲れてしまったジャスティーネさんが、表情を失くしてかたまっている。メージョーさんは少しホッとした顔だ。
「じゃあ行こうか」「「「はいっ」」」「うぉん!」
鋼鉄製の二重ゲートを開き、俺たちは遺跡の奥、緑のエリアへと足を踏み入れた。




