157 遺跡探索1~やっぱりロマンだよね~
[前回までのあらすじ]クラスタルに到着したミラナたちは、魔物使いの先輩ジャスティーネさんのテイムを手伝うことに。シンソニーに乗って樹氷群を飛び辿りついた場所は……。
場所:ラスダール樹氷郡遺跡
語り:オルフェル・セルティンガー
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双頭鳥に乗って樹氷群を飛んでいると、雪のなかに石レンガで作られた四角い建物が見えた。
建物の表面は白い雪が張り付き、凍結で風化している。ところどころ崩れている場所もあるようだ。
「ってここ、やっぱりアジール博士の研究施設じゃねーか?」
「そうだね。すっかり封印が解けて、冒険者たちが探索してる遺跡もあるんだよ」
「なるほど……」
アジール博士は本当に、いったいなにをしていたのだろう。
しつこい聖騎士から逃げていたのか、なにかを探し求めていたのか、それとも隠そうとしていたのだろうか。
よくわからないけれど、似たような施設をあちこちに建設していたようだ。
あの膨大な魔力で組み上げられたいくつもの無機質な構造物。
何度見ても本当に大掛かりだ。
研究室の近くの広い雪原に降り立つシンソニー。みなが背中から降りると、ミラナがシンソニーを人間に戻した。
「シンソニーレベルダウン」
――ピロリローン♪――
「わ、本当に人間になったわ! ありえないんだけどっ。しかもかっこいい! 王子って感じね」
「ありがとう、ジャスティーネさん」
爽やかな笑顔を浮かべたシンソニーを、ジャスティーネさんが食い入るように見ている。シンソニーは少し苦笑いして一歩後退りした。
「入ろっか」
「わぉん! 行こうぜ!」
恐る恐る遺跡に入ってみると、目に入ったのは広い研究室だった。
大型の魔道具がいくつも搬入され、机や本棚が並べられている。
そこには白衣姿の人が何人も忙しそうに動き回っていた。彼らは遺跡の研究員だろうか。
魔導書を片手に考え込んでいる人や、魔道具を操作しながらなにか叫んでいる人がいる。思っていたより活気があるようだ。
「あれ? ミラナちゃんたちだ。よくきてくれたね」
俺たちが周りを見回していると、ギルドからの依頼主と思われる研究者の男性が声をかけてきた。
茶色の髪に顔を隠す大きな黒縁眼鏡が印象的だ。よく見るとそれは、メージョー魔道具店の店主さんだった。
「わ、メージョーさん!? 昨日は魔道具店にいたのに、どうしてここにいるんですか? 私たちシンソニーに乗ってかなり空を飛んできたのに……」
「あ、うん。実はここには、転送ゲートを置いてあるんだよ。お店から直接来たんだ」
「えぇ!?」
「あ。もちろん、ゲート設置の許可は両国に取ってあるよ」
ミラナの驚いた顔を見て、メージョーさんはにっこりと笑った。
転送ゲートはローズデメールの親父さんが管理しているから、彼の店にあっても不思議じゃない。
――いや、やっぱり不思議だ。メージョーさん、底が知れねぇ。
俺たちが公共物だと思っていた転送ゲートを、彼は自由に設置できるようだ。
俺たちが唖然とするのもかまわず、彼はまた説明を続けた。
「実は僕、ベルさんにここの室長に任命されちゃってさ。遺跡の魔導書に興味があるって言ったら飛びついてきてさ。お店もあるのに、あの人の勢いにはついていけないよ。困っちゃうな」
メージョーさんはそう言って、お手本のような苦笑いを浮かべている。そんな彼に、周りの研究員たちが次々に声をかけてきた。
「室長、魔道具番号八の分解洗浄が完了しました」
「お疲れ様。魔法構造の写しを取ってC官に保管したら、次の作業に進んでくれる?」
「はい、それと、魔道具番号七への魔力充填がうまくいきません」
「そうか……。まぁ予想どおりだけどね。じゃぁその魔道具はいったん接合部を切断して、さらに分解してみようか……。注意することは……、あ、その呪文はこの魔導書に書いてあるから……、それからアジール博士の本にこんなことが……」
メージョーさんは研究員たちとなにやら専門的な話をしながら、研究室の奥に歩いていってしまった。
魔導書を次々と開いては、なにかを解説している様子だ。
この遺跡で発掘された魔道具を研究しているようだけど、俺にはよくわからない。
俺たちがしばらく黙って眺めていると、彼は突然ハッと気付いた顔をして、慌ててこちらに戻ってきた。
すっかり夢中で、俺たちのことを忘れていたらしい。
嫌々やってるのかと思ったけど、案外楽しんでいるようだ。
「ごめんごめん、待たせちゃったね」
「いえいえ、お忙しいんですね! たいへんそうです」
「そうなんだよ。この分野の専門家は少ないからね。もっと参考になる魔導書が見つかればいいんだけど」
「この遺跡からもアジール博士の著書が出たんですか?」
「うん。でもね、ほとんどは別の人の本だよ。だけど昔の魔導書にはいまでは禁呪扱いの魔法が、当たり前のように書いてあったりするんだ。
だから、だれかに持ち去られたりしないように、先手を打って回収してるんだよ。それで、遺跡探索はギルドをとおすことになってるんだ。やっぱり、禁呪は怖いからね」
メージョーさんはいつもの明るい笑顔を消して、少し真剣な口調で話した。
イザゲルさんが事件を起こしたデモンクーズも、いまでは禁呪に分類されているけど、昔の魔導書なら使い方が載ってるのかもしれない。
確かに、そんなものは一般人の手に渡らないほうがいいだろう。
俺たちが不安げな顔をすると、メージョーさんはすぐにニコニコの笑顔に戻った。
「まぁでも、遺跡探索って言ったら、僕的にはやっぱりロマンだよね! 転送ゲートだって、もともとは遺跡探索で発見されたものだからね。世界を変える大発見が、まだまだ眠ってると思うんだ」
「わぉん。そうですよね!」
「それで、遺跡の奥を調べに行きたいんだけどさ、どうにも魔物が邪魔なんだよね。
だけどよかったよ。ミラナちゃんたちならきっと倒せそうだ。ベルさんから聞いてるよ。ヒドラスを自分たちだけでテイムしたんだって?」
「え? どうしてベルさんがそれを知ってるんですか!?」
「あー、彼女は、だいたいなんでも知ってるからね……」
「ベルさんって、本当はいったい何者なんですか?」
メージョーさんの笑顔がまた苦笑いに変わるのを見て、俺は思わず、そんな質問を口にした。




