156 ジャスティーネ2~ありえないんだけどー!~
[前回までのあらすじ]隣国クラスタルへ戻ったミラナたちは、そこで出会った魔物使いの先輩ジャスティーネさんのテイムを手伝うことに。鞭術使いの彼女に少し警戒する魔物たちだったが……。
場所:ラスダール樹氷郡
語り:オルフェル・セルティンガー
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俺たちはエサの材料調達のため、ベルガノンの隣国、クラスタルへ来ていた。
そしていまは、シンソニーに乗ってラスダール樹氷郡に向かっている。
さっき出会ったジャスティーネさんの、魔物の捕獲を手伝うためだ。
ジャスティーネさんはミラナが調教魔法を習った、闇魔法アカデミーの卒業生らしい。
「ありえないんだけどー!? ビュンビュン! って感じよー!」
ジャスティーネさんの声が大空に響き渡る。彼女は、ディーファブールを出てからずっと、大声で叫びつづけていた。
まずは俺たち魔物が喋ることに驚き、シンソニーがでかくなることに驚き、空を飛んで移動することにも驚いた。
いまは口をあんぐりと開けたまま、言葉にならないと言った顔でずっとミラナを見詰めている。
ミラナは髪が滑らかに風に舞うのを片手で抑えながら、はにかんだ笑顔を浮かべた。
――か、可愛い。でもだめだ。気を引き締めろ! 俺はまだ自粛中だぜ!
成犬の姿のままシンソニーの上にお座りする俺。彼の背中には風の魔力で緑がかった、白い羽が生えている。
ふわふわしていて、座り心地は最高だ。揺れや衝撃もほとんどない。
極寒の空を飛んでも寒くないのは、『ウォームベール』で寒さを防いでいるからだ。
この魔道具は、風と炎の魔力を込めることで温風に包まれた心地よい空間が維持できるものだった。
『愛のベール』と同じように風の魔力で炎の魔力を安定的に拡散できるらしい。
三百年前は画期的だったけど、いまはディーファブールの魔道具店に普通に売っていた。
――三百年もたつと違うなー。発明したのはネースさんだぜ!
とはいえ、普通はすぐに魔力切れを起こすし、魔力補充の料金も高いため、そこまで使い勝手のいい商品ではないらしい。
俺とシンソニーの魔力が膨大だから、ずっと使っていられるのだ。
「ほんとに聞けば聞くほどありえないわ! この魔物たち、ちょっと便利すぎじゃない?」
「そんなに驚かれるほどでは……。みんな、もともと同郷の幼なじみなので……」
「まぁ、お友達が魔物化しちゃったのは、同情しかないわね。しょぼーんって感じよね」
ジャスティーネさんはそういうと、眉を寄せて肩を窄めた。
ミラナはかなり複雑そうな表情を浮かべている。すぐ隣に俺たち魔物がいるせいで返事がしにくいのだろう。
「だけどなるほど、あなたがナダン先生の言ってた子だったってわけね。すごい子がいるんだってレーマ村ではあなた、有名人よ!」
「そ、そうなんですか?」
ミラナが驚いて目をみはっている。だけど俺はわりと納得していた。
――ミラナはレーマで有名人か。まぁ、そうだろうな。
――本人はそれに気付かねーくらい必死だったんだろうな。
詳しいことはわからないけど、既にA級冒険者として活躍しているジャスティーネさんが、ここまで驚いているのだ。
きっとミラナは、相当規格外なんだと思う。
「まったく、これでB級冒険者だなんて信じられないわ。ギルドの審査はどうなってるの?」
「最近テイムに忙しくて、まだ規定の依頼達成数を満たせていないので……」
「依頼達成数ねぇ……。なんだか宝の持ち腐れって感じ。もったいないわよ」
今度は呆れた声を出すジャスティーネさん。ミラナは少し、しょんぼりしているようだ。
彼女は、捕獲を手伝ってくれた人たちに、申しわけなく思っているのだろう。
彼らは俺たちの活躍に、期待をしてくれていたからだ。
だけど、俺たちはどうしても、ギルドの仕事より仲間のテイムを優先してしまう。俺も悪いとは思うけれど、これは仕方がないことだ。
俺は話題を戻そうと、ジャスティーネさんに話しかけてみた。
「俺、ミラナ以外の魔物使いにはじめて会いました。ミラナがそんなすごい魔物使いだったなんて、知らなかったです」
「すごいわよ。そもそもしゃべる魔物なんて、普通はテイムしようと思わないもの。命令きかないし、抵抗が強いから、大事なビーストケージが壊れちゃうし」
「おぉ~! だからミラナのビーストケージはローズデメール製なのか!」
「ローズデメール!? ありえないんだけど!?」
ジャスティーネさんはそう叫ぶと、また口を開けたままかたまった。
目も口もまんまるで、まるで木彫りのおもちゃみたいだ。そろそろ口から鳩が飛び出してくるかもしれない。
「冗談でしょ!? なんでそんな高級魔道具店で作ってるの!? え? なにこれすごい! きれいだわ。最高級品って感じね!」
ジャスティーネさんは身を乗り出し、ミラナの腰のビーストケージを食い入るように見ている。
そういう彼女のビーストケージは簡素な造りで、握りこぶし二つ分くらいの大きさがあった。重さもそこそこありそうだ。
ミラナのは小さくておしゃれなカポションボタンのような見た目だから、仲間が増えても持ち歩きやすい。
あらためてこれは、価値があると思う。だけどジャスティーネさんは渋い顔だ。
「うーん、確かにいいものみたいだけど、高級すぎてもったいないわね。ここまでしなくてもって感じよ」
「わぉん。そうなんですかね」
「ってかなに、私さっきから普通に魔犬と会話してるの! ありえないんだけど!」
「俺はオルフェル。二十一歳魔導剣士です! よろしくジャスティーネさん」
「え、ええ? よろしくね、オルフェル君……。私は二十三歳よ」
叫びすぎて暑くなったのか、ジャスティーネさんはパタパタと自分の手で顔をあおいだ。
雪が舞い散るなか、驚いてばかりのジャスティーネさんを乗せて、シンソニーは悠々とクラスタルの空を飛んでいく。
そうしてしばらくすると、俺たちはラスダール樹氷群に入った。
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ラスダール樹氷群は、どこまでも続くなだらかな雪山の斜面に、まるで巨大な雪の魔物かのように、モコモコと育った樹氷が美しかった。
針葉樹に氷の粒が付着したものらしいけど、寒いイニシスでもあまり見なかった景色だ。
――すげー! 絶景だぜ! ここで熊の魔物でも捕まえんのか?
と、思ったけど、彼女の狙いは雪のなかにいる魔物ではないらしい。
ここには冒険者のランクアップにうってつけの、魔物だらけの遺跡があるのだという。
そしてその遺跡には、魔導研究者たちがヨダレを垂らすほどに追い求めている魔導書や、古代の高度な技術で作られた魔道具が眠っている。
そのため研究者たちからの魔物討伐依頼が常にギルドに出されているのだ。
俺たちは、テイムの手伝いのついでに冒険者ランクをあげようと、ディーファブールでジャスティーネさんと一緒に討伐依頼も受けてきたのだった。
「ところでジャスティーネさんは、なにを捕まえたいんですか?」
「私がいま狙ってるのは魔法が使える目玉の魔物よ! そのなかでも私が欲しいのは回復魔法も使えるジェイドアイ。
ほら、あそこ! グレーの建物が見えるかしら? あそこに目玉たちの巣があるらしいの。もう少しよ!」
「クケー! まかせて!」
「うふふ。あなたいいわね! シンソニー! 空を飛べて戦えて、回復もできるんでしょう? 万能って感じ!」
樹氷群のなかに古びた建物を見つけて、俺たちはその近くに降り立った。
そこは、見覚えのあるグレーの石レンガでできた、アジール博士の迷宮だった。




