155 ジャスティーネ1~発祥の地の魔物使い~
[前回までのあらすじ]ミラナは魔物化した同郷の幼なじみたちを助けるため、魔物使いになった。魔物たちのエサの材料を調達するため、彼女は隣国クラスタルへ戻る。クラスタルの王都ディーファブールにて彼女に話しかけたのは……。
場所:ディーファブール
語り:ミラナ・レニーウェイン
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冒険者ギルドに入るため、オルフェルを魔犬に変身させていると、後ろから知らない女の人に声をかけられた。
振りかえってみると、黒いコート姿のスマートな女性が立っていた。
濃紫の髪は黒の次に、闇属性の魔導師に多い髪色だ。深みのある黒い瞳は、好奇心に満ちて輝いている。
「わぉ。立派な魔犬! この燃えるような赤……ボー! って感じね」
彼女は驚きの表情で、距離を取ってオルフェルを眺めている。
オルフェルは黙って犬のふりをはじめた。
不用意に人間の言葉を話すと、質問攻めにあってしまうからだろう。
そうなると幼なじみを使役している私が、不審な目で見られてしまう。そういうことが前にあったため、気を使ってくれているのだ。
だけど、闇魔導師として散々迫害された私は、いまさら人目なんてたいして気にならない。
それよりも仲間たちと一緒にいられることのほうが、私にとっては大切だ。
「いきなり声をかけてごめんなさい。私、魔物使いなの。ジャスティーネっていうのよ。あなたも魔物使いでしょ?」
「あ、はい。そうです」
気さくな笑顔を浮かべるジャスティーネさん。彼女は私たちより少し年上だろうか。どうやら魔物使いの先輩のようだ。
「ミラナです。よろしくお願いします!」
私は礼儀正しく頭を下げてお辞儀をした。ジャスティーネさんは少し驚いたように目を丸くしている。
「わぉ。そんなに頭を下げて、お行儀がいいわ! きちんきちんって感じね! でもかしこまらなくていいわよ? あなた闇魔法アカデミーの生徒かしら?」
「そうです。魔物使い科魔楽器コースの生徒です。まだ中級訓練が終わったところで、少し休学中なんですけど」
「わぉ。魔楽器コース? ステキね! 私は鞭術コースよ。もうとっくに卒業してるけどね」
ジャスティーネさんが右手を差し出してきて、私は彼女と握手を交わした。寒いせいで冷たいけど、力強い手だ。
彼女の腰には魔物使いの長いウィップが装着されている。
魔物の使役は魔笛でするとは限らない。魔物を鞭で操るのもひとつの方法だ。
もちろん鞭術は、魔物を無闇に叩き、痛みや恐怖で支配するようなものではない。
音や刺激のリズムで指示を出し、正しい行いを教育するためのものだ。
魔力で調整されたウィップは、魔物を傷つけたり怖がらせたりしない。激しく見えても、実は優しくて効果的なものだ。
必要最低限の力で命令を出すには訓練が必要だし、大切なのはやっぱり魔物との信頼関係だろう。
魔楽器コースにも通じるものがあり、私もまだまだ勉強中だ。
もっとも、クラスタル中を探しても、同郷の幼なじみをテイムしてるのなんて私くらいで、当然他の魔物使いたちの魔物はもっと普通の魔物だ。
ふと仲間たちに目をやると、みなジャスティーネさんのウィップを凝視して、青ざめながら後退りしている。
魔笛やエサで操るのもなかなかギリギリなのに、鞭なんて使ったら間違いなく嫌われそうだ。
――まぁ私も、何回か笛で殴ったけど。オルフェルだけね……。
――だって、オルフェルややこしいし、鎮めようとすると「殴って」って言うんだもん……。
私が魔物たちの様子を見て苦笑いしていると、ジャスティーネさんは私の荷車を見て、また驚いた声をあげた。
「わぁ。よく見るといろいろ乗ってるわね。これ、全部あなたの魔物なの?」
ジャスティーネさんが荷車に近づくと、オルフェルたちがまた少し後退りした。どうにもウィップが怖いらしい。
『怖くないよ』と、あとで教えたほうがいいだろうか。
「ずいぶんたくさん捕まえたのね! どっさりって感じだわ」
「そうなんですよ」
「ハウスはしないの?」
「はい。ハウスは、どうしようもないときだけにしてます」
「わぉ! それはすごいわね!」
私の返事を聞いて、ジャスティーネさんは目を丸くした。
普通の魔物使いは、戦闘や訓練中以外は魔物をビーストケージに収納している。
そのため私みたいに、街中で魔物を連れて歩いている人は少ない。
でも私は、あまりそれをしたくないのだ。ケージのなかは時間が止まっているから、私だけ歳をとってしまう。それに、仲間たちも怖がるからだ。
「たくさんいるけど、魔犬以外はポワポワって感じね。少しも強くなさそうだわ。それに、ハウスしないなんてたいへんでしょ?」
呆れた顔をするジャスティーネさん。本来、魔物使いが同時に出しておける魔物は二匹ほどだ。
魔物使いの訓練生が集まるレーマ村でも、三匹以上出したままでいると早々に魔力不足に陥る人が大半だった。
だけど私の最大魔力量は、現在の一般的な魔導師に比べると桁違いに多い。
クイシスがいたから、もともと高かったというのはある。だけど魔物使いになってからも、それはどんどんあがっていた。
魔物を出しっぱなしにしている影響で、勝手に鍛えられているのだ。
「魔力はなんとかなってます。それにみんな強いですよ。ウミヘビは捕まえたばかりですけど」
「ふーん。あなた冒険者ランクは?」
「Bランクです」
「へー。私はAランクよ。だけど、使役してるなかでいちばん強かった魔物に死なれちゃってね。ガックリって感じなの」
「あら……。それは悲しいですね……」
使役中の魔物に死なれるなんて、相当なショックだろう。ジャスティーネさんは悲しげに肩を落としてから、気を取りなおしたように顔をあげた。
「えぇ。でもいつまでも落ち込んでいられないからね。それでいま、新しい魔物を捕まえようと思って、ギルドにテイムの手伝いの依頼を出してきたところなの。もしよかったら、あなた手伝ってくれない?」
ジャスティーネさんはそう言いながらギルドのほうを指差している。
「なるほど、かまいませんよ。私もいつもだれかに手伝ってもらってるので、お手伝いします」
「ありがとう、ミラナ! あなたまっすぐって感じね!」
黒い瞳を嬉しそうに細めて、ジャスティーネさんはお礼を言った。
魔物の捕獲を手伝うことになった私たちは、ギルドに入り彼女が出した依頼を受けた。
そして、ジャスティーネさんと一緒に目的の魔物がいるという場所を目指すことになったのだった。




