154 クラスタルへ2~女王様のこだわり~
[前回までのあらすじ]ミラナは魔物化した同郷の幼なじみたちを助けるため、魔物使いになった。彼らのエサの材料を調達するため、彼女は隣国クラスタルへ戻ることを決意する。
場所:ディーファブール
語り:ミラナ・レニーウェイン
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みなでオダンゴを食べた翌朝、キジーは早くから遺跡探索に出かけていった。
私たちも旅の準備をして転送ゲートをくぐった。王都リヴィーバリーの中心にあるゲートだ。
ベルガノンとクラスタルは友好国のため、比較的簡単な審査で入国することができる。
旅の目的を申告し、所持している魔道具などのチェックを受けて、移動費用や税金を支払った。
私はベルさんからベルガノンの身分証と一緒に、旅券も貰っていたから手続きも楽だ。
だけど魔物たちは身分証や旅券を持っていない。そのため人間としての出入国は不可能だ。
子犬と小鳥、子ライオンとペンギン、それから海蛇の入った水槽を荷車に乗せる。
魔物はビーストケージに封印しても、しっかり人数分の費用がかかる。
人間なら一人二十万ダール、魔物は一匹あたり五万ダールだから、魔物のほうが安あがりだ。
ゲートをくぐると、そこはもう、隣国の王都ディーファブールだ。
ここは亡イニシス王国や、いま私たちの住んでいるベルガノン王国より、ずっと昔からある国だった。
だけど、この街の建物はどれも新しく、道もまっすぐでわかりやすい。
五年ほど前に、大型の魔物の襲撃があり、多くの建物が倒壊してしまったらしい。
その後女王の手で復興し、街はすっかり生まれ変わったのだという。
クラスタルは一年の大半が冬であるため、急勾配のとんがり屋根の建物が多い。
春が近づいているけれど、いまはどこもかしこも、雪化粧で白く彩られている。
だけど決して殺風景ということはない。装飾豊かな街灯やカラフルな格子の窓が映えている。
――寒いけどステキ。あちこちにリースやランタンが飾られてるのは、女王様のこだわりかな?
――寒さや暗さに負けない明るい国にしたいって気持ちが、すごく感じられるよ。
――きっとステキな女王様なんだろうな。
はじめて訪れたわけではないけれど、キョロキョロと周りを見回して歩く。それだけ見所の多い街だ。
そして、この国で暮らす人々は、ベルガノンに比べると黒髪黒目の人が多かった。
イニシス王国で迫害された闇属性魔導師たちが、『水の国』を経由しこの国に流れ込んだのだ。
この場所で調教魔法が生まれたのは、必然なのかもしれない。
そんなことを考えている間にも、指先が凍えてジンジンしてきた。肩にも雪が積もってくる。
――やっぱり寒いな、クラスタルは……。久しぶりだから堪えるわ。寒さの質が違うんだよね……。
もちろん、この国に入るにあたり、防寒対策はしっかりしてきている。
毛皮のコートを羽織り、モコモコの帽子をかぶって、分厚いブーツも履いてきた。
と言っても寒がっているのは、私だけだ。
氷属性のベランカさんと、ホカホカのオルフェルは寒さはあまり感じないらしい。
シンソニーはいつもどおり、オルフェルの頭の上で暖かそうにしている。
シェインさんは、いつも冷たいベランカさんとくっついているため、日頃からエサに体が温まる薬草を混ぜ込んでいる。
かなり効果が出ているらしく、こんな寒い場所にいても平気そうだ。
そして、ウミヘビのネースさんは、水温調整機能付きの水槽で、凍らないよう水温を一定に保っていた。彼は相変わらず声を発しない。
私は荷車を引きながらディーファブールの街を歩き、とある場所で足をとめた。
茶色い煉瓦造りの建物の前だ。出入り口には、剣や盾が複雑に彫刻された、見慣れたレリーフが飾られている。
「冒険者ギルドの支部はここだよ。なにか依頼受けてこようかな。レーマまで行くついでにできる依頼があるといいけど」
「きゃうん! ミラナ、俺も行くぜ!」
荷車の上で、オルフェルがきゃんきゃん吠えている。
――可愛いっ。だけど、子犬のままじゃ、人ごみで蹴られたりしないか心配になるんだよね。
「じゃぁ、もう検問はすぎたし人間にしちゃおっか。オルフェル解放レ……」
「ミッ、ミラナ! 待ってくれ! 人間はだめだ。でかくするなら魔犬で!」
「え? どうして?」
人間にしようとすると、なぜか慌てて止めるオルフェル。最近彼は、いつも人間になるのを嫌がっている。
「ほ、ほら。人間なっても、俺いまトリガーブレードないしさっ。今日は移動中にたぶん戦闘もあんだろ? ずっと犬にしといてくれよな」
「トリガーブレードがなくても、オルフェルにはファイアーボールがあるでしょ?」
「いや、犬でいい。ミラナの魔力の節約にもなるからなっ」
「うーん……」
なにを言ってもいろいろと言い返してきて、なんだかすごく面倒臭い。隙を見て人間にすることもできるけど、無理にやったら嫌われてしまいそうだ。
――なんか意志がかたそうだなぁ。本当は、オルフェルは犬化するから、できるだけ人間にしときたいんだけど。
――昨日二人で出かけたときは楽しそうだったのに。ネースさんのこと以外にも、まだなにか引っかかってるみたいだね……。
少し首を傾げながらも、私は魔笛をかまえた。
「わかったよ。オルフェル解放レベル2」
――ピーロリロン♪ ピーロリロン♪――
諦めて成犬にすると、オルフェルは「ふぅ」と、安堵したような声を漏らす。
人間にはできなかったけど、この姿も私はかなり好きだ。
――うーん、かっこいい! 人間のときよりちょっと鋭い目元とか、好きすぎるよね!? 耳のあたりのフサフサしてる白い毛とか、シュッとしてる腰のラインとか、綺麗な毛並みの赤い背中とか、フサフサの尻尾とか……。
――あぁ、もう、抱きつきたい! オルフェルすごいあったかいし。これはこれで誘惑がすごいよ。
ぐっと我慢して耐えていると、後ろから知らない女の人に声をかけられた。




