153 クラスタルへ1~期待して待っててよ~
[前回までのあらすじ]ミラナは三百年前に魔物化し、遺跡に封印されていた同郷の幼なじみたちを助けるため、魔物使いになった。魔物化の原因はまだ謎だが、現在五人の仲間を捕獲しており、残すはエニーとハーゼンの二人だ。魔物たちは多くの記憶を失っており、最近捕獲したネースもまだ言葉を発しない。
主人公のオルフェルは一途にミラナを想っていたはずだったが、三百年前自分がミシュリと恋人だったことを思いだした。しかし、ミラナやミシュリと別れた理由が思い出せない。ミラナと二人きりの買い出しから戻った彼は……。
場所:貸し部屋ラ・シアン
語り:オルフェル・セルティンガー
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ラ・シアンに帰ると、ミラナは魔物たちを人間の姿にして、買ってきたオダンゴを手渡した。
「おにぃさまん、あーんですわ」
「あ、ありがとう、ベランカ……。美味しいよ」
幼児姿のベランカさんが、小さな手にオダンゴをつまんで、シェインさんに食べさせている。いつ見ても仲のいい兄妹だ。
シェインさんはいまは大人の姿だ。金色の長い髪は編み込まれて後ろに束ねられ、青いリボンまでつけられている。ベランカさんが彼の髪で遊んだらしい。
シンソニーとキジーもテーブルに座ってオダンゴを食べている。
「これ、街で話題になってたから、実はずっと気になってたんだよね」
オダンゴは甘く炊いた豆を白い皮で包んだ風変わりなものだった。流行りの菓子まで知っているとは、シンソニーはやっぱり情報通だ。
彼はオダンゴをナイフとフォークで丁寧に切り分けて、一口ずつ味わうように口に運んだ。緑の瞳を輝かせて穏やかな笑顔を浮かべている。
こうして彼が喜んでいるのを見ると、俺もうれしい。
最近俺がネースさんにかかりきりだったこともあり、彼は一人でずっと止まり木に止まっていて、寂しそうに見えることも多かったからだ。
「自分では買おうと思わないけど、食べてみたら意外といけるよ!」
キジーもオダンゴをはじめて食べたようだ。はじめはかなり警戒していたけど、シンソニーの幸せそうな様子を見て食べてみる気になったらしい。
いまは次々にオダンゴを口に詰め込んでいる。がぶがぶっと冷たい紅茶で流し込んで、少し心配になるくらいだ。だけど、華奢なキジーにはとにかくたくさん食べて欲しい。
――よかった。オダンゴは大好評だな。
みなの楽しそうな様子を眺めながら、俺は苦々しい気分になっていた。
――それにしても、ほんと自粛できねーな、俺!
ミシュリやミラナと別れた理由が思い出せない俺は、その記憶が戻るまで、ミラナに手を出すのは自粛しようと心に決めた。
だけど、俺の自制心は本当にいうことを聞かない。ことあるごとに、ミラナにキスしそうになってしまう。
俺はギリギリのところで、それを内緒話に切り替えて、なんとかごまかしていたのだ。
こんなに自制心がないのでは、やはり俺が二股した可能性も否定できない。
――イザゲルさんの話で嬉しくなって、ビーストケージ買ったらさらに嬉しくなって……。調子乗ってくるとほんとにダメだ。
――不動産屋のおじさんも、俺らのこと新婚さんとか言ってくるし。ミラナもいちいち可愛いから……。
――やっぱり人間になったら我慢できねー! これからも、できるだけ犬ですごそう。
そう思いながらミラナに目をやると、彼女はキジーの隣でため息をついていた。
テーブルに頬杖をつく彼女。その深い茶色の瞳には戸惑いの色が浮かんでいる。
「うーん、あちこちのアポセカリーに行ってみたけど、オトナギの根が少しも手に入らないよ。チャレナも全然売ってないし」
どうやら、さっきミラナが探していたのは、撒き餌や俺たちのエサに使う材料だったらしい。彼女は魔物使いとして、常に俺たちの食事に気を配ってくれているのだ。
「そうだろうね。あれは寒い場所でしか採れないし、ベルガノンではあんまり需要がないから」
キジーはもぐもぐと口を動かしながら、ミラナに返事をしている。
あのエサは俺たちの凶暴性を抑えているのだ。なくなってしまったでは済まされない。
ミラナは天井から吊られたキッチンラックを眺めた。
そこにはミラナがよく使っているハーブやドライフルーツなどが吊られていた。
確かにだいぶん使ってしまい、残り少なくなっているようだ。
戸棚の食材も確認している。そこにはオイル漬けの木の実や魔物の角の粉末など、多種多様なものが入った瓶が並んでいた。
魔物化した仲間が増えるたび、その種類は増えているようだった。
「冬ならベルガノンの森で採れることもあるんだけどね」
「最近暑い日が増えてきたもんね」
キジーとミラナが考え込んでいる。このベルガノン王国の気候は、春冬秋冬と、年に二回冬が来ていたイニシス王国とはまるで違うようだ。
イニシスよりずっと南にあり、赤道に近いため四季がはっきりしている。
春夏秋冬と四季があり、いまは春が終わり夏がきて、日増しに暑くなってきていた。俺が炎の化身じゃなかったら、暑さでバテていたかもしれない。
「お金も余裕あるんだし、一度クラスタルに戻ってみたら?」
「クラスタルかぁ。久しぶりに帰りたいかも!」
「うんうん、僕も!」
キジーの提案に、ミラナとシンソニーは顔を見合わせて微笑んだ。
キジーはもともとクラスタルの出身だ。クラスタルで魔物使いの修行をしたミラナやシンソニーにとっても、そこは第二の故郷のような場所らしい。
「クラスタルって、どんなとこ?」
俺が質問すると、ミラナ、キジー、シンソニーの三人がブルブルと寒さに震える仕草をしてみせた。
「春冬冬冬って感じで、すごく寒い国だよ!」
どうやらクラスタル王国は、イニシス王国よりさらに寒いようだ。ほとんど一年中雪が降っていて、国中が白銀の世界だという。
だけどそこに住んでいる人たちの心はとても暖かいのだと三人は言った。
「私たちがいたレーマ村は調教魔法の発祥の地だから、魔物使いがたくさんいるよ。ナダン先生にも久しぶりに会いたいな!」
「レーラさんやペルラちゃんも元気かな」
こっちに来てからまだ三ヶ月も経っていないというのに、ミラナとシンソニーは少し懐かしむような顔をしている。
ナダンさんやその家族には、本当にお世話になったようだ。ミラナに調教魔法を教えてくれた人なのだから、俺にとっても恩人だろう。
「ミラナの師匠か……。そういえば、まだ一度も会ったことねーな。俺もクラスタルに行って、この熱い感謝の気持ちを伝えたいぜ!」
「そうでしょ。オルフェルたちを紹介したいと思ってたんだよね。相談したいこともあるし……。国外だから、ゲート代がかなりかかるけど、思い切って戻ろうかな」
「いいんじゃないかな。みんなも喜ぶはずだよ」
俺とミラナの会話に、キジーもうんうんと頷いている。彼女にとっても、ナダンさんは師匠らしい。要するにナダンという人は、闇属性魔法の先生のようだ。
キジーのあの常識を超えた封印解除や探知魔法も、その人から教わったものなのだろうか。
「キジーも一緒に帰る?」
ミラナがそう尋ねると、キジーは「うーむ」と唸りながら、ちらりとシンソニーの顔を見た。シンソニーが驚いた様子で目を見張っている。
「一緒に帰りたい気もするけど、アタシは次の遺跡を探索してくるよ。これ以上のんびりしてると、シンソニーが怒りだしそうだからね」
「ご、ごめん。急かしてるつもりはなかったんだけど……」
気まずそうに口を歪めるシンソニー。彼はずっと、エニーが見つかるのを期待しているのだ。
顔に出してはいなかったけど、察しのいいキジーは気付いていたらしい。俺もシンソニーは、早くエニーに会わせてあげたい。
「期待して待っててよ。アタシがシンソニーの彼女を見つけてきてやるからさ」
「キジー……。ありがとう」
シンソニーが涙目で礼を言うと、キジーはにっこりと笑顔を浮かべた。大魔道師の彼女なら、きっとエニーを見つけ出してくれるだろう。
「俺もはやくエニーに会いたいぜ! キジー、よろしくな!」
「そうだね。アタシも楽しみだよ。あんたたち、色々変身して面白いしさ」
「まぁ、面白いって言えば面白いかもな」
「それに、ハーゼン? だっけ。アタシ的には、そっちも早く見つけたいね。その人がいないと、ウミヘビはなにも話さないんだもんね? 早くウミヘビと話してみたいよ」
やはりキジーは、ウミヘビになったネースさんと話がしてみたいようだ。彼女にも魔物たちを探す、彼女なりの目的ができたらしい。
「そうだな! ハーゼンさんがいれば、ネースさんが考えてることはだいたいわかるぜ! あの二人、仲がいいからな」
「うん。ハーゼンさんもお願いね、キジー」
「よっし、まかせときな!」
俺たちが頼むと、キジーは力強く返事をしてくれた。
山をいくつも超えるほどの探知能力を持つキジー。
彼女が言うには、クラスタルにもいくつかの遺跡があるらしい。彼女にはすでに、だいたいの見当がついているようだ。
こうして、キジーは遺跡探索に出かけた。そして俺たちは、北西の隣国クラスタル王国にある、レーマ村を目指すことになった。




