152 寄り道3~ジェラート~
[前回までのあらすじ]オルフェルと二人で出かけたミラナは、アポセカリーを訪れた。薬品の匂いで気分が悪くなってしまったオルフェルを休ませていると、ジェラートのお店が目にはいり……。
場所:リヴィーバリー
語り:ミラナ・レニーウェイン
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気分が悪くなってしまったオルフェルをベンチに座らせて休んでいると、ジェラートのお店が目に入った。
夏のない国から来た私たちには、あまり馴染みのないものだ。
よくわからないけど、カラフルなクリーム状のデザートらしい。
広場にいる周りの人たちも、幸せそうな顔で食べている。
歩き疲れて汗ばんだ私に、『冷たーい!』『甘ーい!』と書かれた看板が誘惑してくる。
喉がゴクンと鳴っている。
オルフェルも、冷たいものを食べれば、気分がよくなるかもしれない。
――なんて、食べてみたいだけの言い訳だけど。
そう思いながらも、私はジェラートの看板を指差して、隣に座るオルフェルを見あげた。
「あれ、食べちゃう……?」
「え? 珍しいな。もしかしてミラナ、疲れてる?」
「ちょっとだけ……」
オルフェルは少しキョトンとした顔をしている。贅沢なことを言いだした私が、かなり珍しかったようだ。
しばらく私の顔を覗き込んで、私の汗ばんだ額にそっと手を触れた。
そのまま少し首を傾げて考えている。私の考えを読み取ろうとしているのだろうか。
「うーん? 熱はねーけど、暑いからな。冷たいもの食べて、休んだほうがいーかもな!」
「うん……。でも、私たちだけ美味しいもの食べると悪いから、みんなにはあっちの、オダンゴっていうの買って帰ろう」
私が指差した店には、オダンゴと書かれた看板がかかっていて、店の前には行列ができていた。
売っているのは白い玉のようなツヤツヤした食べものだ。はじめて見たけど人気らしい。
「俺がドッカンドッカン稼ぐから、たまには贅沢しようぜ!」
「うふふ。そうだね!」
ジェラートをふたつ買い、私たちはベンチで並んで食べた。私のジェラートはオレンジ色で、オルフェルのは青色だ。ところどころに小さな黒い粒が入っている。
オルフェルはジェラートを興味深そうに眺めて瞳を輝かせた。
「おぉ、俺こんなのはじめてだぜ!」
「私も! わ、本当に冷たーい!」
ジェラートをペロリと舐めてみると、さっぱりとした甘味が口のなかいっぱいに広がった。冷たくてなめらかな食感に、思わず顔が緩んでしまう。
――なにこれ、たまらな~い!
あまりに美味しくて頬に手をやり、首を傾けながら、私はその味を堪能した。
だけどオルフェルは、隣で少し顔をしかめている。
「うーむ。店員におすすめされたけど、なんかこれスースーするぜ。なんの味だ? この黒い粒は酸っぱいし……」
「オルフェルのはマジックベリー味だよ。つぶつぶはミラクルフルーツの種だって」
「ミラナのは?」
「フルーツ味だよ」
オルフェルは「へー」と言いながら、私のジェラートをじっと見ている。
――見られてるとなんだか食べにくいな……。
――フルーツ味が羨ましいのかな? せっかくなのに、なんか変なの選んじゃったみたいだし……。
オルフェルの瞳は、まるで熱光線でも出てるみたいだ。私のジェラートがどんどん溶けていく……。
「……そんなに見てるなら味見してみる?」
「えっ? ミラナを……?」
「へっ!?」
「えっ?」
オルフェルが見ていたのは、ジェラートじゃなかったらしい。真っ赤になった私を見て、オルフェルが目を丸くする。
「わ、私じゃなくて、ジェラートだよ」
「あぁ、そっち……? いや、それは、大丈夫。あ、はは……」
彼は苦笑いしてから横を向いて、自分のジェラートをペロリと舐めた。
「すっっぱ!?」
△
みんなにお土産のオダンゴを買った私たちは、広場の端にあるゴンドラ船の乗り場に立っていた。
「なぁ、ミラナも疲れてるし、これ乗って帰んねー?」
「え? 贅沢だよ……?」
「いーだろ? いつも頑張ってんだしたまにはさ」
ゴンドラ船に乗ろうというオルフェル。ほんの半時間ほどで六千ダール。普段の私には、考えられない贅沢だ。
――んー! ダメだけど、一回くらいは乗ってみたい!
オルフェルに背中を押されると、私はゴンドラ船に乗船してしまった。
リヴィーバリーはたくさんの水路がある水の都だ。夕暮れどきになると、水面や橋や建物の壁が赤く染まり、一層美しく見える。
船頭に案内してもらい、私たちは木製の細長い船の後方に並んで座った。船頭が長い棒で船を漕ぎ出す。
「わぁ。意外と揺れないんだね」
「快適だな」
「実はずっと乗ってみたかったんだよ」
水路は穏やかで波もなく、ゴンドラ船は滑るように動き出した。華やかな街の景色が流れていく。
水に広がる波紋。オールを動かすと聞こえる水しぶきの音。爽やかな風も気持ちいい。
「やぁ、マルロ! 調子はどうだい?」
「あぁ! ジョルジョ! 天気もいいし最高だよ!」
船はときどき、向かいから来た船と行き違って、船頭さん同士が手を振って挨拶している。明るいやりとりに心が和んだ。
仲間たちがいないときに、贅沢ばかりして悪い気もするけど、これは自分へのご褒美だ。
日常の悩みや不安から解き放たれたような、ワクワクした気持ちに満たされている。
自分では平気だと思っていても、気付かないうちに心は疲れていたりするものだ。
こうやってときに息抜きすることも、闇属性魔導師にとっては大切なことだと思う。
――なぁんて、また誘惑に負けた言い訳だけど。とにかくいまは楽しんじゃおう。
嬉しくてキョロキョロする私を、オルフェルが微笑みを浮かべて眺めている。
「嬉しそうだな」
「うん、お金ないし、動物禁止だしで諦めてたけど……」
「なるほど、これ動物禁止なのか」
オルフェルが納得した顔で、ふーむと唸っていると、船頭さんが話しかけてきた。
「お客さん、リヴィーバリーははじめてですか?」
「いえいえ、しばらく住んでるんですが、船にははじめて乗ったもので」
「なるほどな。それじゃあ、この街の歴史なんかを教えてあげようか?」
私が「お願いします!」と言って頷くと、彼は慣れた様子で、街の歴史や見どころなんかを話しはじめた。
王都へ来た人たちに街の魅力を伝えるために、船頭さんたちもよく勉強しているようだ。
「リヴィーバリーは、ベルガノンがまだ『水の国』とよばれていた三百年ほど前は、ほとんどが海や湖だったと言われているんだ。魔物との戦いから逃げ延びてきた人々が、湖の上に街を作って、住み着いたのがはじまりさ」
「水の上に街を作るなんて、すごいですよね」
「この国の初代王が魔術によって街の基礎を築き、人々はそれを時間をかけて大きくしたって話だ」
浅い湖があちこちにあった、三百年前の『水の国』の景色を思い出す。
魔物が大量に攻めてきたことで、水の国にいた人々は逃げ惑い、みな過酷な移動を強いられていた。
あのころの『水の国』には、大きな街なんかひとつもなかった。そこはもともと精霊の国で、人間やほかの種族は、少数しか住んでいなかったのだ。
それが、こんなにも大きな街を作り、人間の国になっているなんて、本当に驚きだ。
「建物も色とりどりで美しいだろ。何度か洪水に流されたりもしたが、便利な水路のおかげでこの街は栄えたんだ」
「本当にステキな街だと思います」
「あぁ! 魅力を感じてもらえたならうれしいよ!」
船頭さんの話が一段落すると、私はオルフェルに話しかけた。オルフェルはさっきからまた、私の顔ばかり眺めているのだ。
「ねぇ、水路から見あげると、歩いてるときと景色が違って見えるよ! オルフェルも景色見て?」
「いい景色だ。しっかり見てるぜ」
完全に嘘だ。彼の顔は、私しか視界に入らない距離にあるのだ。さすがに私も、これには呆れて声が出ない。
――せっかくゴンドラ船に乗ったのに、私なんか見てて楽しいの?
気がつけば私を眺めているオルフェル。この視線は、ジェラートなんかより断然甘い。
そんなことを考えていると、オルフェルが、また私の耳に口を寄せてきた。
今日はなにかと内緒話をしたがる彼。オルフェルのなかの流行りだろうか。
『なぁ、ミラナ。また一緒に部屋探しやろうぜ。ほかにもいい部屋あるかもしんねーしさ』
「……オルフェルとはもう、部屋探しはしないよ?」
「えっ、ひどくね!?」
彼の息が耳にかかると、体がジンと熱くなった。
だけど少し前の彼なら、私の腰に手を回して、髪に鼻を埋めていた気がする。
やっぱり前より、オルフェルとの距離は広がっているのだ。
――こんなに近くで見詰められてるのに、なんだか遠くに感じるよ……。
――これからは記憶が戻るたび、オルフェルは離れていくのかな……。
寂しさと切なさがじわりと胸に広がっていく……。
そんななか、航行を終えたゴンドラ船は、ラ・シアン近くの船着場に到着したのだった。
五話に渡るミラナとオルフェルのデートをお読みいただきありがとうございました!
なかなかくっつけない二人ですが、楽しく書けた気がします。
そして、オルフェルたちは隣国クラスタルへ行くことに。その理由は……?
というところですが、お伝えしていたように一度こちらの更新をお休みし、短編をお届けしたいと思います。
予定に変更があって申し訳ないのですが、『カタレア生徒会一年生相談窓口!~初恋を諦めない俺は炎属性~』をお届けする前に、公式企画の『夏のホラー2023』参加作品を一話投稿したいと思います。
投稿期限があるのですみません。
『ニクバチの恐怖~待ち伏せされた受験生~』
ストーカー被害に遭う女子高生の話で現在もの(八千字程度)です。
次回、第百五十三話 クラスタルへ1~期待して待っててよ~をお楽しみに!
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