151 寄り道2~アポセカリー~
[前回までのあらすじ]オルフェルと出かけたミラナは、手に入れた素材を売り思った以上のお金を手に入れた。武器を修理に出し、ビーストケージも手に入れ、不動産屋に寄り道。二人はアポセカリーに到着する。
場所:リヴィーバリー
語り:ミラナ・レニーウェイン
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このベルガノンの王都リヴィーバリーには、いくつかのアポセカリーが存在していた。
アポセカリーは魔法薬の調剤をしてくれるお店で、材料だけを買うこともできる。
薬草や動物の部位、鉱物などを取り扱っていて、一般的なものから希少なものまで、どこの店も種類が豊富だ。
私は先日シンソニーと、すでに三つのお店をまわっている。だけど、目的のものが見つからなかったのだ。
オルフェルとお店に入ると、いろいろな薬品の混ざりあった、独特の匂いが漂ってきた。
「大丈夫? 外で待っててもいいよ?」
「あー……。一応、店員の顔だけ見とく」
オルフェルはそう言うと、少し不安そうに頭を掻いた。赤いふわふわの髪がかき乱されている。
「吠えないでね?」
「わかってるって。それに俺、いま人間だぜ?」
――だって、ときどき犬化してるんだもん……。
薬品の匂いが苦手なオルフェルが、少し顔をしかめながらも店のなかまでついてきた。
店内にはさまざまな薬品の瓶が並んだ木製の棚があり、店の奥には鍋や計量器など、調剤のための道具やカウンターもある。
オルフェルは店内を見回して、店員が女性ばかりなのを確認すると、安心したように「うん」とひとつ頷いた。
店の外に出ようとしたオルフェルを店員が呼び止める。その人は深い紫色のローブを羽織った、この店の店主だった。
「ちょっとそこのステキなお客様? インテリジェンスポーションはいかがですか?」
彼女は身につけているものがどれも高級品で、すごくお金を持ってそうに見えた。ローブも金の模様が複雑に織り込まれた、高級感のあるものだ。
「え? 俺? インテリジェンス……って、どんな薬?」
興味深そうに聞き返したオルフェルに、店員がしめたとばかりに薬の説明をはじめた。手には液状の薬が入った小さな瓶を持っている。
「こちらのポーションは、とっても素晴らしいものでございます。知恵草という植物の銀色の産毛だけを使って作られているんです。これがね、お客様の集中力や記憶力をグッと上げてくれるんでございますよ」
「へー。すげー。知恵草ってかなりのレア植物じゃねーか! しかも銀の産毛は特別に薬効が高いってカタ学で習った記憶があるぜ!」
「えぇ、そうなのです。よくご存じでいらっしゃいますね」
「でも集中力があがるハーブなら家でも簡単に育てられるぜ。匂いだけでも結構効果あるし」
「よくあるハーブとは桁違いの効果があるのでございます」
「へー。桁違いか……」
どこかずる賢そうな笑顔を浮かべる店員。彼女が薬のビンを振ると、なかの液体がキラリと光った。
店員はオルフェルにグッと近づいて、彼を説得するように説明を続けた。
「こちらは、水魔石を微細な粉末にして混ぜてあるのでございます。水の魔力はお客様の論理的思考や創造性を高めるのに効果があるのでございますよ。勉強したいときや、なにか新しいことに挑戦したいときもおススメなんでございます」
「ふむ。だけど、魔石の粉なんか飲んでへーきなの? 魔力回復ポーションみたいに副作用とかあるんじゃねーの」
オルフェルは店員の手からポーションを受け取って、そのなかを覗き込んだ。知恵草より水魔石の分量が多いらしく、薬液は水色に輝いている。
店員はオルフェルの耳元に顔を近づけて囁くように話を続けている。彼をその気にさせようとしているようだ。
――やだ、なんかやだ。この店員さん!
ムッとして表情がなくなる私を尻目に、店員はさらに説明を続けた。
「副作用の心配は無用でございます。水魔石の微粒子は、体に害のない天然の高級材料なのでございます。しかも、体内で分解されにくい成分ですので、効き目が長持ちするんでございますよ」
「へー。すげーな。確かに水属性は頭いい人が多いって聞くし。ネースさんも水属性だしな。このポーション効果あんのかも? ミラナ、これどう思う?」
オルフェルがポーションを私に差し出してきた。効果に期待しているのか、少しワクワクしているようだ。
確かに知恵草も魔石粉末もよいもののようだし、オルフェルに澄んだ瞳で見詰められると、うっかり買ってしまいそうだった。
だけどポーションには、一本で一万八千ダールという値札が付いていた。お試しで飲むには高すぎる。
それにこのポーションは、あまりオルフェルには向かないものだ。
私がオルフェルのシャツをツンツンとひっぱりながら口元に手を当てると、オルフェルの耳が私の顔の前に降りてきた。
少しドキドキしながらも、私は店員に聞こえないように、小声でオルフェルに話しかけた。
『だめだよ。一時的に勉強の効率があがるだけだからね? 勉強しなくていいわけじゃないし、あとで頭痛になったり、夜眠れなくなったりするよ』
「えー。それは困るな」
『それに、魔石粉末はやっぱり内臓に負担がかかるから……お客さんの体調や属性も確認せずに売るのは違うと思うの……。私ならオルフェルに水魔石の服用はおススメしないよ。中毒とか過敏症も心配だし……』
「そうか……なら俺はミラナを信じるぜ!」
オルフェルはそう言うと、姿勢を戻して店員に向きなおった。店員はニコニコしているけど、私がなにを言ったのかと訝しむ気持ちが顔に出てしまっている。
「店員さんありがとう。だけど俺には頼りになる専属薬剤師がついてるからな! インテリジェンスポーションは遠慮しとくぜ!」
「さ、さようでございましたか」
店員はそう言いながらも、少し悔しそうに唇を噛んだ。オルフェルが素直そうだからって、体にあわない高級ポーションを売りつけようとするなんて。
「ミラナがなにか、材料を探してるみてーだから、それを出してやってくれよな!」
オルフェルがニコッと微笑みかけると、店員さんは毒気を抜かれたように、顔を赤くして口元を緩めた。
「承りました」と、少し高い声を出している。気持ちはわかるけどやめて欲しい。
私がまたムッとしていると、オルフェルは私の耳に唇を寄せて囁いた。
『俺、外で待ってんね♪』
――それ別に、囁かなくてもいいのでは……?
耳に手を当てて赤くなった私に手を振って、オルフェルは店を出ていった。
――さて、ここに材料が売ってるといいけど……。みんなの凶暴性を鎮めるエサの材料だからね……。なくなったらたいへんだわ……。こっちは高くても手に入れないと。
△
しばらくアポセカリーのなかで材料を探して外に出ると、オルフェルの元気がなくなっていた。
どうやら薬品の匂いでやられてしまったらしい。お店を出ようとしていたのに、店員に呼び止められたせいだろう。
彼は平静を装っているけど、少し顔色が悪かった。
「平気だ!」というオルフェルをベンチに座らせ、私たちは少し休憩することにした。
そこは噴水のあるおしゃれな広場だった。噴水は白い大理石でできていて、中央には美しい魔女の石像が立っている。
あれはこの国のあちこちにある、ベルさんの石像だ。
水は石像の手から流れ出して、四方に広がる花びら状のベースに落ちていく。水しぶきは虹色に輝いて、とても爽やかな景色だ。
――ベルさん元気かな? オルフェルのテイムを手伝ってもらって以来会えてないわ。また会いたいな。
優しくて頼もしかったベルさんを思い出し、私はついほっこりしてしまう。この国の広場には、こんな英雄や賢者たちの石像がたくさんあるのだ。
そして広場の入り口には、可愛いパラソル屋根のついたいくつかの飲食店が並んでいた。
噴水の周りでは音楽隊が楽しげに演奏し、多くの人たちが聴き入っている。
あまり耳慣れないメロディーの曲だけど、この時代の人には馴染みがあるらしく、みんな楽しそうに聴いていた。
「大丈夫?」
「これくらい、心配いらねーよ」
すっかりぬるくなってしまった水筒の水をオルフェルに飲ませていると、ジェラートのお店が目に入った。




