150 寄り道1~好きな家選べよ~
ぷち改稿しました<2025/01/04>
[前回までのあらすじ]メージョー魔道具店で戦利品を売ったミラナたちは、思った以上のお金を手に入れた。イザゲルさんの件もありだいぶん機嫌がよくなったオルフェルを見て、ミラナは彼を寄り道に誘う。
場所:リヴィーバリー
語り:ミラナ・レニーウェイン
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オルフェルと魔道具店を出た私は、大通りを少し入った場所にある、不動産屋の前に立っていた。
オルフェルが地図を見て、私をここまで連れてきてくれたのだ。
私が一人で街に出かけられないのは、荷物の重さとかより、この方向音痴が原因だ。
「ミラナが引越し考えてたとは思わなかったぜ!」
オルフェルは少し驚いた様子を見せながらも、不動産屋の外に貼り出された間取り図を興味深そうに眺めている。
「うんまぁ、いまのままじゃ、あまりにもキジーに迷惑かけすぎだし……」
「まぁ、男も女もみんなで一部屋だからな……」
「ビーストケージも必要数そろったし、あと二人増えること思うと……」
「洗面室も混みすぎだし俺もそろそろどうかと思ってたぜ」
「そ、そうだよね」
「エニーやベランカさんもあそこじゃ気が休まんねーだろうし、ハーゼンさんはでかいしな。人間の姿で、みんなで飯食えるテーブルが置けるといーよな」
そんなことを言いながら、いつまでも店の前に立っていると、なかからお店のおじさんが出てきた。
丸メガネをキラリと光らせながら、私たちに声をかけてくる。
「おやおや、なんと! 美男美女のご夫婦ですね! どうぞなかへ! 新婚さんにぴったりのいい部屋が揃ってますぞ」
――しっ、新婚さん!?
――やだ、恥ずかしい! どうしよう! 絶対このペアルックのせいだよね?
おじさんは目を見開いた私ににっこりと微笑みながら、禿げた頭をタオルで拭いた。どこか愛嬌のある親切そうな人だ。
彼は扉を大きく開けて、私たちを招き入れようと手を差し伸べている。
なんと言おうか考えていると、オルフェルは私にだけ聞こえるように耳打ちしてきた。
『ミラナ、俺たち夫婦だって』
「ひゃっ!?」
耳を押さえた私に、ニマリとした笑顔を浮かべるオルフェル。さっきまであんなにぎこちなかったのに、すっかりいつものオルフェルだ。
――新婚……。そんなの夢のまた夢だけど、なんて甘い響きなの……。
その短い言葉からは、他のなにとも比べられない幸福感が溢れていた。
それはまるで、心を操る禁断の呪文のように、私の心を魅了し虜にしてしまった。
私がポーッとしているのを見ると、店主さんはますます瞳を輝かせ、私たちにブンブンと手招きをしてきた。
「仲良しのご夫婦で羨ましいですな。ささ、こちらへ!」
――私たちって、そんなにお似合いに見えるのかなっ?
――もしかして、いままで道ですれ違った人たちにも、新婚だと思われてたとか?
ドキドキして立ち尽くしていると、オルフェルがまた楽しそうに耳に囁いてきた。
『面白いから入ろうぜ』
「え? でも、オルフェル……」
「見るつもりで来たんだろ?」
「そうだけど……」
――これって、もしかして、新婚のフリしろってこと?
オルフェルに背中を押されると、私は不動産屋の扉を潜ってしまった。
――いまだけ、ちょっとだけ、新婚のフリをするだけだよ……。
甘い誘惑に負け、私は流されるように勧められた椅子に座った。
椅子の間隔が狭くて、オルフェルと肩が触れあってしまう。
しかも二人とも袖なしのシャツだから、触れるのはなんと素肌だ。ドキドキが全然おさまらない。
「俺たちにぴったりの部屋って?」
オルフェルが質問すると、たくさんの間取り図が、私たちの前に並べられていく。
「おー! すげ、いっぱいあるぜ! なぁ、ミラナはどれがいい?」
オルフェルが楽しげにいろいろ聞いてくる。だけど、少しも頭に入ってこない。
――だめだ。ご機嫌なオルフェルが可愛いすぎる。新婚って想像しただけで、顔から火が吹き出しそうだよ……。心を無にしてやりすごさなきゃ……。
真顔を作るので精一杯の私。オルフェルと店主さんの話は勝手に進みはじめた。
「こちらなんかいかがですか? 前の通りが少し賑やかですが、市場が近くて便利ですよ」
「なるほど。ミラナが迷子になる心配がなくていいな。でもこれじゃ部屋の数が全然足りねー」
「ほうほう。お子さんをたくさん予定されておられるのですね」
「そうだな。夫婦の寝室以外に七部屋……いや、八部屋は欲しいぜ。なぁ? ミラナ」
ものすごく楽しそうに私を見るオルフェル。その笑顔は「赤ちゃんか!」とつっこみたくなるくらいの無邪気さだ。
オルフェルにそっくりのやんちゃな赤ん坊たちが、「かぁちゃーん!」と言いながらワラワラ寄ってくるところを想像してしまう。
――あ、可愛い。でも、さすがに全員オルフェル似だとたいへんそうだから、ひとりくらいはお淑やかな女の子がいいな……。
――って、違う違う! きっと仲間たちの人数にキジーを足したんだよね? え? でもそれって、私とオルフェルは同じ部屋ってこと!?
――えーっと、えーっと……?
縮こまっている私の前で、お店のおじさんも驚いた顔をしている。
「子供部屋が八つ……! なるほど、そうなると……こちらの邸宅なんかはいかがでしょうか? お部屋数は十分かと」
「おぉ。すげー! なかなかいいじゃねーか。なぁミラナ? ミラナはどう思う? 家賃なら俺がドッカンドッカン稼ぐからさ! 好きな家選べよ」
「頼もしいご主人ですなぁ」
――ドッカンドッカン!? あ、三頭犬の火炎球のことか。
――あぁもう! 本当になんにも頭に入ってこない!
――この不動産屋さん、恥ずかしくて二度とこられないよ! オルフェルのバカッ!
ますます縮こまる私。オルフェルは、そんな私の顔をときどき覗き込みながら、ずっと楽しそうに話している。
「なぁミラナ? ミラナは勉強熱心だから、大きい机と本棚を置く場所も欲しいよな? あ、キッチンも広いほうがいいか! ミラナは料理も忙しいからな。俺もミラナと一緒に料理したいし……」
「では、こちらはいかがでしょう? 素敵なタイル張りのキッチンが自慢の邸宅ですよ。書斎もあります。賃貸ではなく買取ですが」
「なるほど……。あ、でも、庭も広いほうがいいんだけどな。犬とライオンがゴロゴロできて、小鳥とトカゲが休める木が生えてるといいよな」
「ほほう! ペットもたくさん飼われるご予定でしたか……! お庭でしたらこちらとこちらなんかが……」
「いいじゃねーか! でもプールもあったほうがいいかも。ペンギンが泳げる氷のプールが必要だぜ。となると……これだ! この屋敷いくらだ?」
「えっ、こちらですか!? こちらは二億五千万ダールになります」
「たっけー!」
――もう、オルフェルったら……! 暴走しすぎ!
私はお店のおじさんに頭を下げ、オルフェルを引きずって外に出た。
△
不動産屋を出て、私たちはまた歩きはじめた。目指すのは薬品の材料を販売しているアポセカリーだ。
レーデル山から帰って以来、私はずっとある材料を探し求めていた。
「あの家すげー豪華だったな」
オルフェルがぽそりと呟いている。
確かにあれは、本当にステキな豪邸だった。だけど、あまりに値段が高すぎだ。
「すっごい恥ずかしかったよ……。オルフェル、高い家ばっかり見るんだもん」
「はは。でもすっげー楽しかったぜ。みんなで仲良く暮らせる家って、どんなだろうなって想像すんの」
無邪気な笑みを浮かべて、私を振り返るオルフェル。
彼の赤い瞳がキラキラと輝いている。
――瞳に吸い込まれそう。
オルフェルが私に見せてくれる。
楽しい想像。未来への希望。仲間たちへの思いやり。
それは三百年前となにも変わらない。
絶望に飲み込まれそうなときでも、その炎は明るく私の心を照らしていた。
「ミラナもあの家、いいと思っただろ?」
「……うん」
「じゃぁ、そのうち買おうぜ!」
目を見開いた私を見て、オルフェルは「にひひ」と笑った。彼がまた私の前を歩きだす。
そんな夢みたいな日が、来るだろうか。
――夢かぁ。三百年前のつらい日々を思えば、いまも十分、夢のなかみたいだけど。
――みんなを見つけて助け出せたら、そのあとは、どうしようかな。
そんなことを考えているうちに、私たちはアポセカリーに到着した。




