149 メージョーへの道2~そういうこと言いそうだけど~
[前回までのあらすじ]オルフェルと買い物に出かけたミラナは、様子のおかしいオルフェルがなにを考えているのかと思案する。『なんでも話す』というミラナに、オルフェルは壁ドンを繰り出して……。
場所:リヴィーバリー
語り:ミラナ・レニーウェイン
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オルフェルは私を往来の壁際に寄せると、私を守るように前に立った。
逞しい腕が、私の背後の壁に伸びている。
「ごめん。こんな場所でする話じゃねーかもだけど……。俺、テイムのあと、いろいろ思い出して……。イザゲルさんが、その……」
「イコロ村の襲撃のこと?」
「え? ミラナ知ってた?」
私が聞き返すと、驚いた顔をするオルフェル。
私がイザゲルさんのしたことを知らないまま、ネースさんを仲間にしたと思ったのだろうか。
だけど、こういう話は全部、再会したときに聞かせてもらった。
「前にオルフェルから聞いたよ。そっか、それを思い出したから、みんなテイムのあと暗い顔してたんだね……」
「うん……。俺らはいいんだけどさ。ミラナは、ネースさん平気なの……?」
「平気だよ? 平気だから仲間にしたんだよ」
「ほんとに? 同じ部屋で暮らしてつらくねーの?」
あまり納得がいかない様子のオルフェル。私が無理してるんじゃないかと、心配してくれているようだ。
――やだ、私汗臭くないかな? オルフェル鼻がいいから、匂いに気を使うんだよね。
今朝私は、体臭を消す効果の高いハーブティーを飲んできた。毎日欠かさず飲んでいるものだ。
殺菌や浄化作用のある草花で作ったデオドラントクリームもしっかり塗ったし、体臭対策は万全のはずだ。
だけどこんなに暑いと、ちょっと自信がないかもしれない。
――オルフェルが近すぎて、あんまり話が頭に入ってこないよ。
ますます汗をかきながら、私は必死に考える。
オルフェルは私がネースさんを仲間にしたことが、そんなに意外だったのだろうか。
確かに昔の私なら、一緒に暮らそうとは思わなかったかもしれない。
イザゲルさんに故郷を襲撃されたことは、私もすごくショックだったからだ。
彼女の闇堕ちのせいで私は国を追われ、親まで殺されてしまった。
イザゲルさんの話を聞くと、不満ばかりが溢れてきた。
彼女はもっと、うまく逃げ道を作れなかったのだろうか。闇属性魔導師として、意識が足りなかったんじゃないだろうか。
私も同じ闇属性だから、よけいに責めたくなってしまう。
だから正直にいうと、イザゲルさんのことはいまでも許せないし、闇に堕ちたことをだれかのせいにして、仕方ないなんて思って欲しくない。
そこを仕方ないと思ってしまったら、私もきっと簡単に闇に堕ちるのだ。
そしてそうなったとき、いちばん苦しむのは、自分の周りにいる大切な人たちだ。
それを忘れて、闇に飲まれることに身を任せてしまった彼女には、私は同情することができない。
そんなふうに思っている私だから、弟のネースさんのことだって、本当は、ついでに憎んでしまいたかった。
本当なら、彼ももっと頑張って、お姉さんをしっかり助けてあげればよかったのだ。あの人は天才なんだから、もっと早く本気を出せば、なんとかできたんじゃないだろうか?
彼はイザゲルさんを助けるために、二百パーセントの努力をしたと言えるのか。完璧を目指すなら、百点満点のテストでも、二百点取れるように頑張るものだ。
そんなふうに考えれば、いくらでもネースさんを憎むことはできる。
だけど『憎みたくない』と、私に言ったのはオルフェルだ。
「オルフェルが言ったんだよ。憎しみあうより仲良くしようぜって」
「あー、確かに俺、そういうこと言いそうだけど……。俺に言われたからって、ミラナ、無理してんじゃねーの?」
オルフェルはまだ口元を歪ませて、心配そうな顔をしている。私の後ろにある壁に、ずっと手をついたままだ。
爽やかな白いメレッカのシャツ。実をいうとこれは、オルフェルに着せてみたくて買ったものだった。
それがバレないように、みんなにも自分にも、同じシャツを買ってしまった。
思った以上に似合っていて、目が離せなくなってしまう。
――はぁ。カッコいい……。この角度最高かも。……じゃなくて、なかなか納得してくれないな。
――うーん。また汗が吹き出しちゃう。私、髪の毛ベタベタになってないかな……。
私はまた思考を巡らせる。
そもそも私は、聖人でもなければ異星人でもないから、嫌いな人とわざわざ一緒に暮らそうとは思わない。
私がネースさんを仲間にしたのは、同郷だからというだけでなく、彼のことが好きだからだ。
――こんな理由じゃうまく説明できないし、オルフェルは納得しないよね。
私をじっと見詰めながら、真面目な顔で返事を待っているオルフェル。
久々の人間姿。フワフワの赤い髪……。
――触りたい。
早く彼を納得させないと、うっかり手を伸ばしてしまいそうだ。
――えーっと。えーっと。理由を説明するとすれば……。
オルフェルが言う、『仲良くしよう』。それは簡単なようで、すごく難しいことだった。
あんな時代に生きていたら余計にそうだ。怒りや悲しみに身を任せていたら、憎しみばかりが増えていく。
オルフェル自身も、毎度苦悩してきたからこそ、こんな顔をしているのだろう。
だけどオルフェルはそうやって悩んで苦しみながらも、できる限り人を許してきた。
そして彼が許した人たちに、私は助けられて生きてきたのだ。
私はいつも携帯している魔物使いの魔導書をバッグから取り出して、オルフェルに表紙を向けて見せた。
「この私の調教魔法の教科書、ナダン先生が書きなおしたものだけど、もともとの著者はイザゲルさんだよ。だから彼女は、ある意味私の先生なの」
「え? うそ。本当に?」
「遺跡探索でこの本が見つかったことで、いまの調教魔法が生まれたんだよ。五年前にクラスタルで起こった魔物の大発生も、半分くらいはこの魔法で鎮められたの」
「え、すげーな」
「うん。イザゲルさんがいなかったら、国がひとつ潰れてたかもしれないし、私もオルフェルたちを助けられなかったよ」
「そうだったのか」
オルフェルはそう言うと、ようやく壁から手を離して私から離れた。
「ふぅ」と息を吐きながら、ハンカチで額の汗を拭う私。このハンカチにも、もちろん自作のデオドラントを染み込ませている。
「それにネースさんはおちゃめないい人だよ。キジーも気に入ってるし、仲間にできて、ほんとによかったと思ってるの」
「ミラナがそう言ってくれてよかったぜ! 俺、ネースさん好きだからさ」
「うん。早く話ができるようになるといいね!」
「おぅ!……じゃぁ、いこうぜ!」
オルフェルは嬉しそうにクシャッと笑って、今度は私の前を歩きだした。
そして私たちは、魔道具店メージョーに到着した。
△
「すっげー! 千三百万ダールだぜ! トリガーブレード修理して、ビーストケージ買っても一千万以上残ったな!」
「本当、びっくりしちゃった!」
テイムの道中で手に入れた戦利品を売ってみると、私たちは驚くほどのお金を手に入れることができた。
特に、未開の地だったローグ山で手に入れた魔石は、かなり質がよかったようだ。
いまはニーニーとハーゼンさんの分のビーストケージを買って、高級魔道具店ローズデメールから出てきたところだ。
「三頭犬が強かったからだよ! 火炎球の威力すごかったもんね」
「はっはー! 俺最強! いやっほーーい!」
「きゃっ! なにするの?」
浮かれて一言褒めると、オルフェルに抱きあげられ、そのままくるっと一回転されてしまった。
なんだか距離を取られていたから、突然のことに驚いてしまう。
「もう、こんな場所で恥ずかしいよ」
「ごめん、ミラナに褒められたからつい」
私を降ろしながら、苦笑いするオルフェル。どうやらだいぶん、元気が出てきたみたいだ。
「ねぇ。ちょっと、ふたりで寄り道していこっか」
私の提案に、オルフェルは目を丸くした。




