148 メージョーへの道1~忘れててごめん~
[前回までのあらすじ]三百年前の記憶を失くしているオルフェルに、『なんでも話す』と約束したミラナ。だけどなぜかオルフェルは、自分のことを避けている。そんな彼を買い物に連れ出したミラナは……。
場所:リヴィーバリー
語り:ミラナ・レニーウェイン
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なぜだか嫌がるオルフェルを人間に戻し、私は魔道具店メージョーを目指していた。
目的はネースさんのテイムの道中や、遺跡で拾った魔石などの売却と、オルフェルのトリガーブレードを修理に出すことだ。
今回は戦利品の量が多くて、シンソニーに頼むには少し重すぎる気がした。オルフェルのほうが力があって、軽々持ってくれるから気兼ねがない。
本当ならトリガーブレードは、もっと早く修理に出したほうがよかっただろう。
だけどオルフェルがなぜか人間になるのを嫌がっていたし、ネースさんがもし人間になれれば、修理を頼めるかもしれないと思っていたのだ。
だけどネースさんはバシリスクになってしまったし、少しも言葉を発しない。たぶん魔物化の影響で、なにかが悪化したのだろう。
よく考えたら、うちには修理のための道具もない。それなら早くメージョーさんに頼んで直してもらうのがいいだろう。
――それにしても、どうしてあんなに嫌がってたのかな。
いまもオルフェルは、私から少し距離をとって、なんだか気まずそうに横を向いている。
――この間キスしてくれたときまでは、いつもどおりだったのに。どうしちゃったかな。
――キジーになにか言われて仕方なく出てきたみたいだけど、ずっと私と二人になるの避けてるよね。
オルフェルたちはどうやら、思い出した記憶を共有している。
しかもそれは、私が寝ているときや、お風呂に入っているときなんかに、こっそりと行われているようだ。
なんだか私だけ蚊帳の外みたいで、ときどき悲しくなってしまう。
だけどそれは、私がみんなに隠し事をしているせいだろう。
せっかくみんなと一緒にいられるのに、これでは寂しさが募るばかりだ。
そんなこともあって、私はオルフェルに『なんでも話す』と約束したのだった。
なんでもと言っても、オルフェルが聞きたいことはわかっている。
ひとつは私と別れた理由。もうひとつは人間に戻る方法だ。
だけどよく考えたら、オルフェルが私を振った理由を、私はいまひとつ理解していない。
『あわないから』と言われたけど、いま思うと、オルフェルがそんなことを気にするだろうか。
彼はどんなにあわない人とでも、友達になってしまう異星人のはずだ。
あってるとは言いがたい私のことも、そのまま受け入れて愛してくれていたように思う。
だから正直、聞かれても『よくわからない』としか言えないけど、前後の記憶を一緒に辿ることで、思い出す手伝いならできるかもしれない。
そして、人間に戻る方法。これは聞かれたら、『無理』と答えるしかないだろう。
私にもわからないことだらけだけど、彼らが人間に戻るには、守護精霊たちを探す必要があると思う。
だけどたぶん、守護精霊たちはオトラー帝国にいるはずだ。もしかすると封印されているかもしれない。
そしてオトラー帝国は三十年以上前から、ベルガノンやクラスタルとの国交が断絶状態だ。入国するのは非常に難しい。
そうでなくても、精霊たちに近づけば、オルフェルたちがどうなってしまうかわからない。オトラーへ行くのはかなり危険だと思う。
そんな情報しか持ってないけど、私は知ってることを包み隠さず話すつもりだった。
だけど、オルフェルは私と話すのを避けている。
遺跡に入る前は「楽しみにしてるぜ!」と言っていたのに、いったいどうしてしまったのだろうか。
――もしかして、私と別れた理由、自分で思いだしたとか……?
そんなことを考えながら、私はオルフェルに声をかけた。
「オルフェルと二人で歩くのって、久しぶりだね」
とりあえず、当たり障りのなさそうなことを言ってみる私。オルフェルは私が話しかけても、明後日のほうを向いたままだ。
「そうだな……。でも俺、記憶が全部は戻ってねーから、いつが最後かよくわかんねー」
「そっか……」
「いろいろ忘れててほんとにごめん……」
「ううん……。大丈夫……」
――わー!? なんかますます気まずくなっちゃった。
――恋人のころは、よくスビレー湖の畔で、手をつないでデートしたんだけどな……。
あのころのオルフェルは、一緒のときはだいたいずっと私の手を握っていた。なかなか放してくれなくて困ったくらいだ。
私にとっては、すごく幸せな時間だったけど、オルフェルはほとんど覚えてないらしい。
もっとも、都合の悪いことは忘れていて欲しいくせに、こういうことは覚えていて欲しいなんて、全部私のわがままだ。
私たちは黙ったまま、メージョーへの道のりを半分ほど歩いた。だんだん人通りが増えてくる。
「約束したから、聞いてくれたら、なんでもちゃんと答えるよ?」
沈黙に耐え兼ね、自分から切り出してみる。
普段のオルフェルが元気すぎるだけに、静かだと落ち着かなかったのだ。
私が振り返ると、オルフェルは少し口元を歪ませて、困ったように眉をひそめた。
「ごめん、いざ聞くとなるとちょっと怖くて……」
それだけ言って口ごもってしまうオルフェル。やっぱりなにか、新しい記憶が戻ったのだろうか。
――もしかしてミシュリさんのこと思い出したのかな……。でも、この話、私からするのも違うような……。
オルフェルの恋人だったミシュリさんは、すごく綺麗で明るくて、それに優しい人だった。
そして彼女は、オルフェルがいちばんつらいときに、彼をそばで支えてくれた人だ。
正直すごく嫉妬したけど、私が文句を言えることではない。私がいなくなったせいで、オルフェルはつらい思いをしていたのだから。
それに、結局オルフェルは、私を助けにきてくれた。私はそれで十分だった。
それを伝えたい気もするけど、オルフェルは自分で、気持ちを整理したいのかもしれない。
「話はいまでなくてもいいよ。急がないから、今度にする?」
「いや、二人になれることもあんまねーからな……。ひとつだけ聞いていい?」
距離をとっていたオルフェルが、私の隣を歩きはじめた。その顔を見あげてみると、なんだか神妙な表情だ。
――人間に戻る方法を聞くつもりかな?
そう思って、少し身構える私。だけどオルフェルは、まったく違う話題を口にした。
「イザゲルさんのことだけど……」
「え?」
意外な名前が飛び出して、私は思わず、往来の真ん中で立ち止まった。
「こんな場所で止まるとあぶねーよ?」
オルフェルが私を道のわきに寄せる。それから、私を人ごみから守るように私の前に立った。
彼の顔が目の前に迫ってくる。少したれ気味の優しい目元。ルビーのように赤い瞳が、私をじっと見詰めている。
――ち、近い。
私はドキドキしながらオルフェルを見あげた。薄手のメレッカのシャツ姿だ。いつものふさふさマントもなくて、彼の逞しさがよくわかった。
程よく筋肉質な腕が、私の背後の壁に伸びていた。




