147 最低~これ以上は許さないよ~[設定・キャラ紹介]
[前回までのあらすじ]三百年前、ミシュリと恋人だったことを思い出したオルフェル。彼は彼女への追慕の念と、『ミシュリとミラナを二股してしまったかもしれない』という疑念に苦しんでいる。犬の姿で自粛することを決意している彼だったが……。
※後書きの最後に用語解説があります。
場所:貸し部屋ラ・シアン
語り:オルフェル・セルティンガー
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「オルフェル、今日は買い物に付きあってくれる?」
アーシラの森の湖に行った翌日、ミラナはまた俺を人間に戻そうとしていた。
慌ててネースさんの水槽と壁の隙間に挟まる俺。俺はまだ、ミシュリとのその後を思い出せず、犬のまま自粛を続けていたのだった。
――無理だ。可愛すぎる。
今日のミラナは、袖のないメレッカのシャツを着ている。
シンプルなデザインの服だけど、綺麗な肩や腕が出ているせいで、俺はいつも以上に彼女を目で追ってしまうのだ。こんな状態で、人間になったら自粛不能だ。
なんとか犬のまますごしたい俺。だけど最近のミラナは、隙あらば俺を人間に戻そうとするのだ。
「ちょっと! どうして逃げるの? そんな場所で大きくなったら水槽がひっくりかえるじゃない」
「だから、俺腹いてーんだって。人間になったら腹の面積が増えるだろ。悪化したらどうすんだ」
「嘘ばっかり! さっきまでシンソニーと楽しそうにしてたじゃない。意味わかんないよ」
「あっちがう、腹じゃなくて、腰っ、腰が、いや、目が痛い!」
「もうっ、なんなの?」
ミラナが俺をひっぱり出そうと、隙間に腕を突っ込んで尻を触ってくる。指先でサワサワされると、全身にブルッと震えが走った。
「わ、やめろって。ミラナのエッチ! すけべ!」
「ちょっと、オルフェルッ!?」
尻尾を掴まれそうになり反対側から飛び出すと、キジーがガシッと俺を捕まえた。
キジーはミラナよりだいぶんすばやい。
そのうえ、俺が手の届く距離に近づくまで、興味のないフリをしながらネースさんの水槽を眺めていたのだ。
正攻法で捕まえようとするばかりのミラナとは違う。
「三頭犬、アンタいい加減にしなよ、その態度」
彼女は俺の耳もとで、小声ながらもドスの効いた怒りの声を漏らした。
「アタシ、見てたんだからね? アンタがシールドのなかでミラナになにしたか」
「え? やだ、恥ずかしい。覗き、よくないっ」
「しょうがないだろ、見てなきゃ万一のとき、封印開けられないんだしさ。封印でも障壁でも、魔法は全部透けて見えるのがアタシなんだよ」
「くぅー。そうでしたか」
ヒドラスのテイムのときに俺が出したヘキサゴンフォートレスは半透明だった。
とはいえ細やかに描かれた魔法陣が眩しいほどに輝いていたのだ。近づいて目を凝らさない限り、なかでなにをしているかまではわからない。てっきりそう思っていた。
いまも罪悪感とともに思い出すあの日のキス。まさかそれを、キジーに見られていたなんて……。
「ミラナにあんなことしといて、そのあと避けるとか、アンタ最低だからね? これ以上は許さないよ?」
「わ、わかってます……」
「ならさっさと行ってきな」
「はい……」
しょぼんとなった俺をキジーがミラナに引き渡し、俺はあえなく人間に戻されてしまった。
△
ミラナがメレッカのシャツを用意してくれて、俺は洗面室で着替えをしていた。安全な王都内を少しうろつくだけだから、いつもの火に強い装備は必要ないだろうという判断だ。
メレッカは着心地がいいけれど、普通に燃えやすい素材だ。うっかり燃やしてしまわないよう気をつける必要はある。
街なかで燃えあがって素っ裸になっては一大事だろう。
――あぁー。久しぶりの人間だ。やっぱり犬のときより目がよく見えるし、手足が長いから動きやすいぜ!
――だけどなんで、ミラナは俺を連れて出かけたがるかな?
――俺が自粛してたほうが助かるんじゃねーの。
俺は首を傾げながらも、久々に人間になった自分の姿を鏡で確認した。
火傷跡も胸の穴も額の傷跡も、もう痛みはないけれど、傷の原因を思い起こすと、俺の心を抉るようだ。
俺たちはあの戦いに、決着をつけることができたのだろうか。
ヒドラスと戦ったとき、欠けてしまったトリガーブレードが腰に装備されている。
いつも俺に力をくれた、愛用の剣。ネースさんはどんな気持ちで、俺にこの剣をくれたのだろう。
洗面室を出るとミラナの姿が目に入った。鏡の前で髪を束ね、透明な石のついた髪飾りをつけようとしている。
華奢な指先に弄ばれ、艶めきながら動く細い髪。普段は隠れている首筋の曲線。俯くことでさらに強調される女性らしいその魅力。
俺が近づいたことに気付くと、伏し目がちに俺に視線を送って、口元に微笑みを浮かべた。
――ちょっとまって? ドキドキが止まらねーんですけど!?
俺はピシッとかたまってしまった。
ミラナはいつも、洗面室で出かける準備を終わらせているのだ。髪を整えるミラナを見たのははじめてだった。
俺が洗面室でのんびりしていたせいかもしれない。
――こっ、こんなみんなのいる場所で、なんてハレンチなことを……!
――その姿を見られるのは、未来の夫だけの特権のはずだぜ!
――だけどもしかして、ミラナ、俺と出かけるためにオシャレを……!?
俺が髪飾りを見ていると思ったのか、ミラナがほほ笑んで言う。
「うふふ。クラスタルの特産品の水晶なの。レーマ村を出るとき、ナダン先生の奥さんにいただいたんだよ。しばらく会ってないから懐かしくて」
「なるほど……。すげー似合ってるぜ!」
「ありがとう!」
「ふふっ」と、嬉しそうに立ちあがるミラナ。
俺のためかと思ったら、調教魔法を習ったというレーマ村を懐かしんでいただけだったようだ。
だけど犬のときより目がよく見えるせいか、ものすごくミラナが眩しく見える。
――もしかして、いま俺たちが着てるこのメレッカのシャツ……。ペアルックってやつじゃねーか?
――デートか? これって、デートなのか!?
またそんなことを考えてドキドキする。ミラナが俺と出かけたい理由がわからないから、いろいろと考えてしまうのだ。
そんな俺をミラナが玄関に立って呼ぶ。
「さぁ! オルフェル、トリガーブレード、メージョーさんに修理に出しに行くよ!」
――あ。なるほど、剣を修理に出したかったのか。
――ネースさんも蛇やバシリスクじゃ修理は無理だろうし、そのほうが早そうだな!
トリガーブレードは、俺と一緒にビーストケージに封印されていたのだ。そしてそれは、俺が人間の姿にならないと、取り出すことができなかった。
ミラナが俺を人間に戻したがっていた謎がようやく解けた。
「お、おう。そうだな! いこうぜ!」
よく考えたら、ミラナはシンソニーともペアルックで出かけていたのだ。
彼女は堅実だ。同じシャツをサイズ違いでまとめ買いし、うまく費用を抑えたのだろう。
――いや、俺にもそれくらいはわかるぜ!
ミラナがなにかするたび、いちいち浮かれていたのではいつもどおりだ。
無駄にあがるテンションを下げる俺。
――よし、人間でも自粛頑張るぜ!
――記憶が戻るまでミラナに手は出さねー!
さすがに自分のものを修理に出しに行くのに、シンソニーに代わりに行って欲しいとも言えない。
しっかりと自粛の決意をかため、俺はミラナと部屋をあとにした。
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
自粛の決意を試されるオルフェル君。ここから五話くらい、ひたすら二人のデートの様子をお届けします!
二人はどうなるのか。語りはミラナです。
次回、第百四十八話 メージョーへの道1~忘れててごめん~をお楽しみに!
<設定紹介>
貸し部屋ラ・シアン:ベルガノン王国の王都リヴィーバリーにある賃貸アパート。借りているのはキジーでなんと魔獣可。部屋は広いけどひとつだけ。洗面室は大渋滞です。
クラスタル:ミラナたちがいるベルガノン王国の北西にある隣国です。そこにあるレーマ村でミラナはナダンという先生から調教魔法を習ったらしい。
メージョーさん:ベルガノン王国の王都リヴィーバリーにあるメージョー魔道具店の店主。
トリガーブレード:入学祝にとネースさんにもらったオルフェルの愛用の魔導剣。炎にも強く丈夫ですがヒドラスとの戦闘で欠けてしまった。トリガーを引くと音がなって光る。
ヒドラス:魔物化したネースさんの発見時の姿。頭が六つある巨大なウミヘビの魔物です。




