146 両想い~触ってみていいかい?~
[前回までのあらすじ]ネースさんの解放レベルをあげるため、ミラナたちはアーシラの森の湖にやってきた。ミラナが呪文を唱え魔笛を奏でると、小さなウミヘビだったネースさんがみるみるうちに大きくなって……!?
場所:アーシラの森
語り:オルフェル・セルティンガー
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青い海蛇だったネースさんの体が、見る見る大きくなっていく。にょきにょきと手足が生え、胴体部分が膨らんで、青いトサカに背びれに尾びれ……。これは……!?
ワクワクしながら眺めているとネースさんは大きなトカゲに変身した。
鱗で覆われた滑らかな皮膚と長い尾。色は海のように輝く深い青色だ。
「おー、獣人のときのシェインさんよりでかいぜ!」
「キラキラで可愛い!」
俺とキジーが声をあげると、ミラナが説明してくれた。
「これは、蛇の王様っていわれてるバシリスクかな? 頭に冠みたいな突起があるし。だけど、普通よりずっと大きいね。それに青は珍しいよ」
「ふんふん!」「かっけー!」
「湖は淡水だから、ここに連れてきたのはちょうどよかったかも。うーん、でもやっぱり寒さは苦手みたい。いまは暖かい季節だからいいけど、ベランカさんみたいに自分で体温調節できるのかな……」
彼女は魔物使い向けの魔導書を広げて「うーん」と考えこんでいる。
水槽には水温調節機能がついていたけど、ネースさんは水槽に入らない大きさになってしまった。どうやって飼育すべきか、彼女も悩んでいるようだ。
ネースさんは自分の体を見回すそぶりをして、手や足の感覚を確認しているようだ。ヘビからトカゲになった気分はどうだろうか。
もしかすると、はじめて成犬になった日の俺のように、人間になれなくてがっかりしているのかもしれない。俺はネースさんを励まそうと、あれこれ声をかけてみた。
「ネースさん、すっげー強そうですね! 蛇もいいですけど、やっぱり手足があるのはいいですよね!? その辺の魔物なら打撃で倒せそうですよね? どうですか? 魔法は使えそうですか? 魔力感じてますか!? 俺のことわかりますか?」
いろいろ質問してみたけど、ネースさんは言葉を発しないままキョロキョロしているばかりだ。なにを考えているのかよくわからない。
「最悪。ますます気持ち悪いですわね、おにぃさま」
ベランカさんは引きつった顔であとずさりして、シェインさんの後ろにかくれた。彼女はやっぱり爬虫類は苦手らしい。
ベランカさんはいま幼児の姿のため毒舌だ。言葉を発しないネースさんにも当たりが強い。
そんなベランカさんに目をやって、ネースさんはビクッと体を震わせた。シェインさんは困り顔で苦笑いだ。
「すっごーい! 動いたよ!? 大きいトカゲ最高だね!」
ベランカさんとは対照的に、キジーはますますテンションがあがり、瞳をキラキラさせている。
彼女は本当に、爬虫類が好きなようだ。美しい鱗やかっこいい背びれは、俺も結構ワクワクする。
「ねぇ、トカゲさん。アタシはキジーだよ。ずっと見てたから、そろそろ覚えてくれたかい? 少しだけ、その綺麗な鱗を触ってみても?」
キジーが頬を赤く染めながら、ネースさんの背中に手を伸ばした、そのときだった。
「グギギギギ、ギュコーーーーー!」
ネースさんが突然奇怪な叫び声をあげながら、後ろ足二本で立ち上がった!
――なっ!? なんだ!? 凶暴化か!?
素早く飛び退くキジー! 危険を察知するその反射神経と運動能力はかなりのものだ。
そして俺は、ミラナを守るため彼女の前に飛び出した。
だけどネースさんはものすごい速さで、両足を高速回転させ、湖の水面を走り遠ざかっていく。
「おおぉー!?」
「すげー! なんだあれ!」
ガニ股が少し笑えるものの、尻尾でバランスを取りながらの見事な水上歩行だ。あまりの光景にはしゃいだ俺とキジーは、思わず顔を見合わせて笑った。
彼女がこんなキラキラした顔で俺を見たのははじめてかもしれない。
ネースさんはフルフルとトサカを震わせながら、湖に突き出した岩の陰からこっちを覗き見ている。
「ネースさーん!」
「怖くないので戻ってきてくださーい!」
「トカゲさーん! こっちきて一緒に話そうよ!」
水上のかなり離れた場所でかたまってしまったネースさんを、ミラナと俺とキジーは三人で呼んだ。
だけどやっぱりハーゼンさんがいないと、彼との意思疎通は難しいようだ。ネースさんはますます岩陰にひっこんでいく。
彼のお気に入りのエニーもいないし、これは先が思いやられるかもしれない。
「ど、どうしよう。ハウスするしかないかな?」
ミラナが困惑顔で俺をみた。『ハウス』はミラナの腰に装着されたビーストケージに、魔物を封印する魔法だ。
確かにあれなら、ネースさんを連れ戻すことはできるだろう。だけどビーストケージのなかは外界と隔離されていて、ものすごく寂しいのだ。
ケージに入れられると、身体は重く動かせなくなり、時間は止まって痛みなどの感覚もなくなる。
だけど思考だけは止まらず、ついつい悲しい記憶を思い出したりしてしまうのだ。そうでなくても、とにかく退屈でつらい場所だ。
いまのネースさんには、たとえ少しの間でも酷だろう。
「ハウスなんかしたら、ネースさんよけいに怖がるぜ」
俺が渋い顔をすると、シンソニーが岩陰から顔を出しているネースさんを指差した。
「でもよく見て? ネースさんなんか赤くなってるみたい。あれ、もしかして、キジーに照れてるんじゃないかな」
シンソニーに言われてよく見ると、確かにネースさんは怖がっているというより、ドキドキしているようだ。
以前よく見た、みんなのアイドルニーニーを見詰めていたときの、幸せそうなネースさんを彷彿とさせる表情をしている。
「ほんとだ。キジーが可愛いからだな。両想いおめでとう」
「うるさいよ三頭犬。それやめないと殴るからね」
「すません」
思わず揶揄ってしまい謝る俺。キジーは顔をしかめて横を向いてしまった。
「仕方ないね。ネースさんが戻ってくるまでのんびりしよっか」
「そうだな」
そう言って俺たちが振り返ると、シェインさんとベランカさんは、すでに木陰でくつろいでいた。
久しぶりに人間になったシェインさんに、幼児なベランカさんがぴっとりくっついて、二人で楽しげに本を読んでいる。
シンソニーは持ってきたテーブルや椅子を組み立てて、その上にサンドイッチを並べはじめた。
今朝ミラナとキジーが、二人で楽しげに作っていたものだ。
俺たちはそこで、ネースさんが戻ってくるまでのんびりすごした。
キジーは木にハンモックをかけて昼寝をしている。
ミラナは新しい魔導書を読んだり、魔法の練習をしたりした。
俺も犬の姿で使える魔法を確認して、少し練習してみた。
実戦中にはなかなかできなかった、仲間との連携魔法も、この機会にいろいろ試してみる。
そして日も暮れてきたころ、捕まえた魚を焼いていると、ネースさんが戻ってきた。
ミラナがなにか、俺にくれるのとは違うネースさん専用のエサを作っておびき寄せたようだ。
あのエサの材料がなんなのか、俺は考えないこととした。




