143 追慕~否定できない想い~
[前回までのあらすじ]三百年前に訪れた研究施設での恐ろしい出来事、仲間たちと交わしたイザゲルの討伐の誓い、そして、突然始まったミシュリとの交際。様々な記憶を思い出したオルフェルは、ミラナに詰め込まれたバッグのなかで頭を抱えます。
場所:ローグ山
語り:オルフェル・セルティンガー
*************
――あぁ。また大変なことを思い出してしまった……。
俺は魔法の使いすぎで気力を使いはたし、シンソニーのバッグに詰められていた。苦い想いに頭を抱える。正直思考が追いつかない。
闇と恐怖に包まれたモヤの奥、次々に突きつけられた衝撃の事実。身も心も引き裂かれそうなほどの苦悩。誰もが泣かずにいられなかった秘密の会議。胸の痛みにもがきながら決断したイザゲル討伐。
あのあと俺たちは、イザゲルさんを倒せたのだろうか。さっきテイムしたばかりの、ネースさんの姉のイザゲルさんを……。
こんな話を、魔物化したみんなに伝えないといけないのだろうか。とんでもなく憂鬱だ。薄暗いバッグのなか、俺はモヤモヤと考え続ける。
バッグの外は戦闘中だ。ときどき魔物の雄叫びや、仲間の掛け声、ミラナの笛の音なんかが聞こえてくる。
だけど俺は、それに反応することもできないし、声を出すこともできなかった。無力な自分を感じながら、耳を傾けているだけだ。
「キュキュキュッ! キュキュキュキュキュッ!」
――えー? なんだこの音。なんの魔物? 大丈夫?
「シェインさん、攻撃お願いします!」
――ピーーーー!――
「キュキュー!」「タァ!」
――バチバチバチ!――
「一撃! さすがです! シェインさん」
――あ、倒した? なんだったの?
バッグの外の状況が気になる俺。強いシェインさんがいるから心配ないだろうけど、聞いているだけというのは落ち着かない。
――てか、ミシュリと恋人になったことも、俺、すっかり忘れてたぜ。
――ミラナ以外なんて、ありえねーって思ってたけど、俺真面目に真剣だった。
――いやぁ、我ながらびっくりだぜ。
いまだって俺は、ミラナを好きな気持ちには自信がある。
ミラナと一緒にいるためなら、俺はなんでも頑張れるし、彼女を大切にしたいと思う。
だけど三百年前、俺はミシュリと恋人になった。
彼女のアプローチは強引だったけど、俺は戸惑いながらもドキドキしたし、真剣に彼女を愛そうとした。
そのあとのことは思い出せないけど、いまミシュリがここにいたら、俺はどちらかを選ぶことができるだろうか。
――あー、ミシュリ。もう二度と、会えねーんだな……。
彼女のイタズラな笑顔を思い出すと、俺の胸に苦しくて切ない痛みが走る。
さっきミラナと、念願のキスをしたばかりだというのに、このどうしようもない喪失感。
ミシュリへの追慕。そして、同時に湧いてくるモヤモヤした気持ち。
それは本当に複雑で、すぐには整理できそうになかった。
「グォッグォッ! ハッハッハッ!」
「ギャイーン! ギャイギャイーーン!」
落ち込む俺の耳に、またけたたましい魔物の咆哮が聞こえる。
ローグ山からレーデル山へのこの道のりは、昨日は俺が三頭犬になって、ドカンドカンと火炎球を吐きながら進んだ沼地だ。
来るときは気が付かなかった、変な魔物がたくさん出るようだ。
山中は草で視界が悪く、足元も悪い。現れる魔物は数も種類も多く、キジーがいてもなかなか全ては避けきれない。
強い魔物には会わないだろうけど、みんなだって疲れてるはずだ。本当なら俺も頑張らないといけないところだけど、いろいろ思い出しすぎて、俺の気力はなかなか回復しない。
「キーキー! キキキーーー!」
「シンソニー! そっちお願い!」
「まかせて!」
ときどきミラナの声や、シンソニーの起こす風の音も聞こえてきた。バッグが大きく揺れて、シンソニーの魔力がビシビシ伝わってくる。いまは人間の姿だけど、彼の魔力もかなりのものだ。
――シンソニー、攻撃モードか? 飛んでくる魔物が多いのかもな……。
戦闘中のシンソニーはほとんど無詠唱だ。なにをしているのかわからないけど、シンソニーも休んではいられないらしい。
ヒドラスとの戦いであれだけ激戦を繰り広げたあとだけに、申しわけなくて身がすくむ思いだ。
「ハッハッハッ! グォッグォッ!」
「きゃぁっ。なんですの!」
「「ベランカさん!」」
「このっ! ベランカになにを!」
――バチバチ!――
ベランカさんの珍しく慌てる声が聞こえ、シェインさんの電撃の音が響く。バッグのなかにいても、その稲光と衝撃を感じるほどだ。
「おにぃさまっ」
「くっ、大丈夫かベランカ!」
――えー? ベランカさんケガした!? いや? シェインさんか? 大したことねーといいけど。
――荷物も多いのに、運んでもらって、役立たなくてすんません。
そんなことを考えているうちに、俺たちはまたレーデル山の頂に到着した。
△
「ついたー! 今日はここで野営だね!」
「うん、暗くなる前に早く準備しなきゃ!」
野営場所に着くと、ミラナが俺をバッグから出し、畳んだ毛布の上に寝かせた。それから少し心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。
「オルフェル、まだ具合悪そうに見えるね。大丈夫?」
「へっ!? あっ、いや、うん……。ちょっと、俺まだダメかも……」
「そっか……」
夕日に染まるミラナの姿。彼女にじっと見詰められると、俺は焦って目を逸らした。彼女が首を傾げている。
すごく悪いことをしてしまった気分だ。これが浮気というものだろうか。
「じゃぁ、今日はもう見張りしないで寝ちゃっていいよ。シェインさんたちにテントたててもらうから、それまでここで、これ食べて待っててね」
「ミラナ、ごめん。約束の話、また今度にしてくんねー? 俺、今日は無理そうだ」
「……うん、いつでもいいよ。無理しないでゆっくりして。今日は、助けてくれてありがとう……。嬉しかったよ」
「お、おぅ」
ミラナの頬が赤く染まっている。これは夕日のせいだろうか。悪いことはしてないつもりなのに、罪悪感がひどすぎる。
ミラナは俺の前にドッグフードと水を並べると、俺の背中を軽く撫でてから、テキパキと野営の準備をはじめた。
彼女から話を聞くチャンスだと思っていたけど、これ以上は脳の容量オーバーだ。
俺はため息をつきながら、彼女の背中を見守った。
――いまはとりあえず、思い出したことをみんなに教えるところからだな。
△
俺はその夜、見張りの交代でテントに入ってきたシンソニーとシェインさんに、一人ずつ思い出した記憶を話した。
シンソニーは、黙ってこくこく頷きながら聞いていたかと思うと、急にポンと手を打って言った。
「あー、思い出した! そういえばオルフェ、ミシュリ大尉と付き合ってたね」
「シンソニーとエニーはすげー応援してくれた気がする」
「うん、そりゃぁ応援するよ。びっくりしたけど、オルフェには幸せになってほしいからさ。ニーニーもそう言ってたよ」
「うっ。エニー! シンソニー……!」
二人の気持ちに感動する俺。だけど二人だけじゃない。あの頃俺の周りには、俺の幸せを願ってくれる人たちがいた。
俺はその人たちを守りたかったし、俺自身も幸せになりたかった。
瞳を潤ませながらシンソニーを見あげていると、シンソニーはまたポンと手を打った。
「そうだ。オルフェが温室に行った日、僕もニーニーと初デートしてたよ」
「えっ、そうなの? どこで?」
「僕の部屋で」
「部屋で!?」
「うん。ニーニー、可愛かったなぁ」
あの号泣会議のあと、俺たちは少し、大人になったのかもしれない……。
心がどうしようもなく疲れたときは、だれかを愛したくなるのだろう。
そしてシェインさんは、やっぱりベランカさんが心配なようだけど、「私からタイミングを見て伝えておく」と言ってくれた。
二人とも落ち着いて見えるけど、内容が内容だけに、気持ちの整理には、それなりに時間がかかるはずだ。
――だけど、話したら少しはスッキリしたぜ。
――明日は俺、頑張ろう。
翌日、トリガーブレードが欠けてしまった俺は、魔犬になって戦ったり、三頭犬になったりしながら、みんなと山を降りた。
そして、ずっとミラナやキジーにくっついていたあの黒猫のライルは、気が付くと姿を消していたのだった。
いつもお読みいただきありがとうございます! 長かった十章がようやく終わりました。
一途なはずのオルフェル君が浮気者になてしまいましたが、ミシュリもいい子なのです。
十二章から再登場しますので、もう一人のヒロインとして可愛がっていただけるとうれしいです。
もともと十二章で第二部完結としてたのですが、現在編のキリが悪いので第二部はここで完結とします。
次回から『第十一章 寄り道と魔物使い』に入ります。章の前半はゆったりと日常など。後半では、ミラナ以外の魔物使いが登場し一緒に冒険する予定です。過去編はありませんが、魔物使いの実情が見えてきますのでお楽しみに!
第百四十四話 意外な反応~ずっと見てられるよ~をお楽しみに!




