140 魔法魚(青)~ルーレット・オブ・ライフ~
[前回までのあらすじ]ネースの姉のイザゲルが闇堕ちし、村々を襲っていることを知ったオルフェルたちは、イコロ村出身者だけで開かれた会議で、イザゲル討伐を決意した。しかしその心中は複雑で、簡単に整理のつくものではない。そんななかオルフェルは処刑された(と思い込んでいる)ミラナの夢を見る。
場所:オトラー本拠地
語り:オルフェル・セルティンガー
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――カラカラ――
ルーレットがまわる。
俺の馬車が進むと、街道脇にいた山羊が鳴いた。
『エリート騎士に就任! みんなからお祝いに五万レンもらう』
やった! みなが俺を祝福してるぜ!
俺の胸は弾み喜びが身体中から溢れだす。
夢にまで見たエリート騎士だ!
これで俺はミラナの恋人になれる!
――カラカラカラ――
ルーレットがまわる。
俺の馬車が止まると、時計台から鳩が飛び立った。
『ステキなカフェで奇跡の出会い! いちばん近くのマスの人と両想いになる』
うぉ、やったぁ!
俺、ついにミラナと両想いに!
やっぱり恋人になれても両想いじゃねーとな!
こればっかりは、手が届かないと思ってたぜ!
でも今日は運命の日だ。ミラナが俺に微笑んでいる。
彼女の手を握ると、俺の心臓が高鳴った。
――カラカラカラ――
――カラカラカラ――
俺の馬車は迷いなく進んでいく。
馬車が止まると、今度は教会の鐘が鳴った。
――リンゴーン――
――リンゴーン――
やった! 俺、ミラナと結婚だ!
俺はミラナを抱きしめ、喜びの涙を流した。
ミラナが俺の頬にキスをして、「愛してるよ」と囁いてくれる。
俺も同じ言葉を返した。
これで俺は完璧だ。
夢に見た人生を手に入れたぜ!
俺の馬車が進むにつれて、どんどん子供が増えてくる。
俺にそっくりな男の子。ミラナにそっくりな女の子。
三人、四人、五人、六人、七人……!
おいおい、まだ生まれんの!?
なんか俺すげー幸せ!
幸せすぎて信じらんねーな?
子供たちはみんな元気だ。
可愛くて賢い、俺とミラナの愛の結晶。
家族みんなで笑って暮らすぜ。
こんな幸せってほんとにあるんだな!
――カラカラカラ――
――カラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラからからからからからからからからからからからからからからからからからからからからからからからからからからからからからから――
おぉ!? なんだ?
ルーレットが止まんねー!
俺の馬車が、止まんねー!
ミラナたちを残したまま、馬車はガタガタ音を立て疾走していく。
怪しい怪しい森の奥へ。
その先にあるのは、恐ろしく深い闇のモヤだ。
まってくれ!
行きたくない!
そっちには行きたくない!
ミラナ、ミラナ……!
俺の夢、俺の未来、俺の……俺の全部……!
――あは!――
――あははは!――
――あははは! あははは!――
あはははははははははははは!
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狂気に満ちたイザゲルさんの笑い声が響き、俺は汗だくになって、ベッドの中で体を起こした。
「うっ、くっ……。また……、この夢か……」
ミラナが処刑されたころから、何度も見る同じ悪夢。
前から酷かったけど、闇のモヤの奥へ行ってからは、内容がかなり悪化している。
あがりきったところから叩き落とされ、バクバク飛び跳ねる心臓が痛い。
「……はぁ……っ。はっ……ふっ……はぁ……」
――くそ……。うまく息ができねー……。
――助けて……。シンソニー。
親友の顔を思い浮かべて、俺は気持ちを落ち着けた。
だけどシンソニーは、いまはエニーとラブラブだ。あまり彼の部屋に入り浸って、邪魔ばかりもできない。
――しばらく休めって言われたけど、変な時間に寝るんじゃなかったぜ。
――だれかいねーかな。話し相手になるやつ。
――あ、そうだ。ミシュリ大尉と約束してたっけ。ついでに新しい魔法も教えてもらおう。
魔法魚を見せてもらう約束を思い出し、俺はミシュリ大尉の部屋に向かった。
△
「ミシュリ大尉、オルフェルです」
俺は魔法陣を書き写すための大きな巻紙や定規と、分厚い魔導書を何冊も抱えてミシュリ大尉の部屋の前に立っていた。
イザゲルさんの討伐を決意した俺たち。
彼女がまた村を襲撃することを考えると、俺たちは止まっていられない。
だけど気持ちはかなり複雑で、整理がついたとは言えなかった。
何日かたったいまでも、俺の気持ちは揺れ動いている。
だけどイザゲルさんには、アジール博士がついているのだ。
そして、あの研究施設には、大量の魔物が飼われている。中途半端な気持ちではとても勝てない。
俺はすぐに沈んでしまいそうになる気持ちを、必死に奮い立たせようとしていた。
――また村を襲撃されるかもしんねー。俺、もっと強くなんねーと。
ミシュリ大尉の部屋は、オトラー本拠地にあるクーラー邸の一室だ。ノックすると、なかから彼女の声が聞こえた。
「どうぞ~。開いてるから入ってきて」
両手が塞がっていた俺は、少し苦労しながら扉を開けてなかに入る。指先でノブを手繰り寄せるようにして扉を閉め、振り返った。
――お、あれか!
部屋の入り口に置かれた大きな水槽が目に入る。水槽が衝立代わりになっていて、部屋の奥はすぐには見えない。
俺は巻紙や魔導書を抱えたまま、水槽のなかを覗き込んだ。見覚えのあるカラフルな魚が泳いでいる。
「あ、ヒートロンだ。おぉ、結構でかいんですね。こっちは、ナッテリコだ。すげー。水槽で飼えるとは思わなかったです」
「そうだよ~。魔法魚の名前、よく覚えてたね」
部屋の奥からミシュリ大尉の声が聞こえてくる。
学生のころ、先輩だったミシュリ大尉は、カタ学にある温室で魔法生成に関する植物や魔法魚を研究していた。
その温室には赤い花が浮かぶように咲く美しい池があり、色とりどりの魚が泳いでいたのだ。
赤い魔法魚は炎属性のヒートロン。水中でも火を吐く不思議な魚だ。そして風属性のナッテリコは、羽のようなひれでときどき水の上を飛ぶ。
この世界にはほかにもいろいろと不思議な魚が存在していた。俺はそれが面白くて、ときどき温室に遊びに行っていたのだ。
「俺、結構温室に通いましたからね。ミシュリ大尉にはいろいろ教えてもらってって、えっ!?」
水槽を夢中でのぞいていた俺は、その水槽の向こう側にほぼ下着姿の大尉がいることに気づいた。
――え!? なに!? どういうこと!?
――俺なんかした!? 部屋間違えた!?
かたまっている俺のほうへミシュリ大尉がゆっくり歩いてくる。なんと色っぽい歩きかただろうか。こんなすごいのは見たことがない。
ミシュリ大尉がいるのは水槽の向こう側。水や水草もあるから、そんなによく見えないし、屈折して歪んで見える。
それでも十分すぎるくらい、俺には刺激が強かった。
――うはぁぁ。すごい魔法魚がいたもんだな!
いったいなにが起きているのだろう。恐ろしい迷宮で、頑張ってきた俺へのご褒美だろうか?
透けたレースのミニドレスから剥き出しになった白い太もも。見てはいけないと思いつつ、俺の目線は釘付けになった。




