139 いいんだな?~俺たちの誓い~
[前回までのあらすじ]闇属性魔導師を他勢力から守るオトラー義勇軍。その武器開発責任者であるネースは、おもちゃのような武器を作ってきた。主人公のオルフェルたちは、故郷の村を襲った犯人が、ネースの姉のイザゲルであるという事実を知る。闇に堕ちた彼女は、アジール博士に利用されているようだ。命からがら本拠地へもどった彼らは、今後の方針を話しあうことに。
場所:オトラー本拠地
語り:オルフェル・セルティンガー
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「ごめんなさい……。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……!」
レーギアナの森から帰った翌日、俺たちはオトラー本拠地の会議室に集まった。
ネースさんが俺たちの前に土下座をしている。泣きながら頭を床につけ、彼は謝罪を繰り返した。
実の姉であるイザゲルさんが、イコロ村を襲った可能性に、ネースさんは前々から気付いていたようだ。
その悲痛な声を聞きながら、俺たちは顔をしかめて立っていた。みなでネースさんを取り囲み、見下ろしている格好だ。
集まっているのは、俺たちイコロ村の面々だけだった。
「ネース、それは、いつから気づいてたんだい? 確信はあったのか?」
シェインさんが落ち着いた声で質問する。彼の態度にネースさんを責める様子はなく、事実確認をしたいだけのようだ。
「確信はなかった。だけど、姉さんは魔物学に精通していたし、魔物を操る魔法の研究もしてたから……。だれかが魔物を操ってるって聞いて、もしかしてって……」
「そんな前から気付いていて、どうしてなにも言わないんです……!」
涙に濡れた顔をあげたネースさんに、ベランカさんが声を震わせた。
ネースさんに詰めよろうとする彼女をシェインさんが引き戻している。
「ごめんなさい……。だけど、ボクだって、確信はなかったし、確信したくなかった……。それにやっぱり、姉さんが仲間に殺されるのは嫌だったから……」
「それで、武器開発に手抜きを……? お姉さんがあちこちで被害を出しているのに……? 仲間が危険に晒されているのに……?」
「よすんだベランカ」
「どうしてです? おにいさま……! ネースは、親の仇の弟ですのよ!? それが姉を庇って、みなを欺いて……! 仲間のふりをした、とんだ裏切りものですわよ!」
兄の腕のなかに抱きしめられながらも、ベランカさんは氷の眼差しでネースさんを睨みつけ、激しい怒りを彼にぶつけた。
彼女はネースさんの作る武器に不満をもつ義勇兵たちを、いままで懸命に宥めてきたのだ。腹が立つのは当然だろう。
実際、武器の追加要素が原因で、痛い目を見た兵士もいるし、失敗に終わった作戦もある。
俺も正直腹が立ちすぎて、なにを言えばいいのかわからなかった。ただただ口が引き攣ってしまう。
俺の隣にいるシンソニーやエニーも、気持ちは複雑だろうけど、腹が立つのは同じのはずだ。
もちろん、イザゲルさんが闇堕ちしたのはネースさんのせいじゃないし、家族だからと、彼を憎むのは違うだろう。
だけど、彼が姉を守るために、おもちゃの武器を作っていたとは思わなかった。
彼が事実に気付きながら、イザゲルさんを庇おうとしたこと。それによって、仲間が危険に晒されたこと。
その悪あがきが、俺たちの心象を悪くしたのだ。
だけどシェインさんは、穏やかな声でベランカさんを宥めてから、俺たちに頭を下げて謝罪をした。
「みんなすまなかった。イザゲルが村を襲った可能性に、気づいていたのは私も同じだ」
シェインさんの発言に、みなの目から涙が溢れはじめた。あんなに怒っていたベランカさんも、目を閉じて涙をこぼした。
その疑念が少なからずあることに、俺たちは全員、気が付いていたのだ。
だけど俺たちは、誰一人それを口にしなかった。
『もしそうだった場合どうしたらいいか』
なんてことも、なにひとつ考えられないまま、俺たちはあのモヤに踏み込んだ。
ただただ、あのモヤのなかに、だれもいないことを祈りながら。
シェインさんが土下座したままのネースさんの前に膝をついた。
「信じたかった。考えたくなかった。だけど、考えなくちゃいけないから、ネースはモヤの奥に行ったんだね」
彼の静かな声が、俺たちの胸に染み込んでくる。ますます涙が止まらなくなる。
――信じたかった。
それは、俺たちもみんな同じで、ネースさんの立場なら尚更だ。
だけど彼は知る覚悟を決めた。闇のモヤのなかに踏み込める魔道具なんて、作れないと言えばそれで済んだのに。
それでも、同郷の俺たちを連れて、ネースさんはあのモヤに入った。
その間彼は、ずっとずっと、本気だった。
彼は、イザゲルさんを助けたいばかりのハーゼン大佐に、現実を見せようとしていたのかもしれない。
「うっ……。ぐふっ……」
ハーゼン大佐のすすり泣く声が響いている。俺たちも全員、声も立てずに泣いた。
ネースさんがまた、床に頭を擦り付ける。
「みんなごめん……。本当に、本当に、ごめんなさい! 姉のしたことを許して欲しいなんて、ボクは言えない。ボクがしたことも、許されないのはわかってる。
だけどボクに責任を取るチャンスをください。ボクは必ず、姉さんやクルーエルファントを倒せる、本物の武器を作ります!
だから、だから、お願い、みんな……。みんながいないと、姉さんは止められない……」
ネースさんは顔をあげると、シェインさんの膝に縋りついた。さっきまで優しい目をしていたシェインさんがぐっと真剣な顔つきになり、ネースさんの目を見据えた。
「ネース……。いいんだな? 次にイザゲルが村を襲ったときには、私たちはイザゲルを、きみの姉さんを殺す」
「はい……」
「きみが憧れていたアジール博士とも、戦いになるかもしれないよ? 博士がなんと思っていても、イザゲルは彼のために村を襲っているんだからね」
「はい……。わかってます」
シェインさんの厳しい問いかけに、ネースさんは頷いた。シェインさんがさらに問いかける。
「マレスやあの小さなライルだって、僕たちはきみの武器で殺す必要に迫られるかもしれない……。それでも、本当にいいんだな?」
「ライル……。うぅっ、どうしてきみまで、あんな場所に……。まだ小さいのに、あんな、魔物になって、あぁ……。あぁぁ……!」
ネースさんの気持ちを確認するシェインさん。ライルの名前を出されると、ネースさんは床に突っ伏したまま、声をあげて泣きはじめた。
あらゆる可能性を考え、覚悟を決めてモヤに入ったであろうネースさんにも、ライルがあそこにいたことは、完全な想定外だったのだ。
――本当に、どうしてライルまで……。
俺たちはもうたまらなくて、両目から滝のように涙を流した。抑えきれない声が漏れでてくる。しゃくりあげた空気が体を揺する。息ができない。嗚咽がどんどん大きくなって、苦しくなって咳き込んだ。
もう涙を我慢することはできなかった。故郷を失ったあの日のように、俺たちはおいおいと涙を流した。
「ハーゼン、きみも……。もう、イザゲルが無実だなんて言わないよね」
シェインさんが、今度はハーゼン大佐に向きなおった。
ハーゼン大佐はイザゲルさんが、王妃の事件を起こして以来ずっと、彼女を救う方法を考えてきた。
彼女は闇に堕ちていないと信じ、なんとかして助けたいと、ずっと言いつづけてきた人だった。
彼女が、村を襲ったなんて、きっと考えたこともなかっただろう。
だけど、そんなハーゼン大佐にも、当然、家族やたくさんの友達が襲われた故郷にいたのだ。
「わかってる……。ネース一人にはやらせない。イザゲルには、もうこれ以上、罪を重ねさせない」
「二言はないね」
「あぁ。オレも覚悟はきめた」
涙を拭いて頷いたハーゼン大佐の瞳に決意がこもっている。
この人がこんな決断をする日がくるなんて、だれに想像できただろうか。
あそこで見た光景は、なにもかもを変えるほどの衝撃があった。
だけど、彼の目にあるものは変わらないイザゲルさんへの愛だろう。彼は彼女を愛し抜くため、彼女を倒すことを決めたのだ。
その決意に、俺も胸が熱くなった。
「ベランカも、きみたちも、それでいいかい? ネースにはいままでどおり、いや、いままで以上の武器を作ってもらう。そして、私たちは、かならずイザゲルを倒す」
覚悟を決め、凛々しい顔になったハーゼン大佐とシェインさんが、俺たち後輩三人と、ベランカさんの顔を見回した。
シンソニーはエニーの肩を抱いているし、全員顔が涙で濡れてぐちゃぐちゃだ。
だけど、俺たちも、みんな覚悟を決めて頷いた。
闇属性の迫害、王都の消失、魔物による村の襲撃。これらはすべて、俺たちの村から始まったことだ。
だから、俺たちイコロ村の人間は憎しみあっている場合じゃない。
協力して、全てを終わらせなくてはならない。
この責任は重い。ネースさんだけでは背負えない。
「わかりました。俺もその責任を背負います」
俺がそう言うと、シンソニーとエニーも頷いた。
「うん……。僕は彼女の幸せを願うばかりで、いままでなにも行動してこなかった。だから、僕も一緒に背負います」
「ニニも、シン君と同じだょ」
俺たち後輩の真剣な顔を見ると、ベランカさんも小さく頷いた。
「……わかりましたわ。おにぃさまがそこまでおっしゃるなら……」
俺たちはお互いの気持ちを確かめあい、イザゲル討伐の誓いを立てて、会議室をあとにした。




