137 海蛇の夢1~特別な日に~
すみません、長くなったのでまた二話に分けました。予告からタイトルが変更になっています。
[前回までのあらすじ]三百年前魔物化したネースは魔物使いのミラナに捕獲された。ビーストケージに封印された彼は、闇堕ちしてしまった姉のイザゲルとすごした子供のころの夢を見る。
場所:夢のなか
語り:ネース・シークエン
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――夢を見ていた。音のない冷たい水の底で。
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「ネース、今日はなにを作ってるの?」
「あ、姉さん。おかえり!」
姉さんが深紫に近い黒髪を束ねると、雪のように白い肌が眩しく目に入ってくる。
お母さんによく似たその姿に、ボクは嬉しくなって「くひひ」と笑った。
ボクの自慢の姉さんが、買いものから帰ってきたんだ。
姉さんはボクの笑顔を見ると、いつも優しく微笑んでくれる。
ボクは作りかけのおもちゃを持ちあげて、得意げに姉さんに見せたんだ。
「アジール博士の『かわいいぞうさん』を真似して作ってみたんだよ」
「まぁ、すごいじゃないネース! そっくりだわ」
姉さんはボクの作ったぞうさんを手に取って、感心した顔で眺めている。
象のおもちゃで有名なアジール博士はボクの憧れの魔導研究家だった。
ボクはいつも博士の書いた本を読んで、おもちゃの作り方を真似するんだ。
博士の本はすごく面白くて想像力が止まらなくなるよ。子供向けの本もあるけど、ボクはもう全部読んじゃったんだ。
だからいま読んでるのは、専門用語だらけの研究者向けの本で、すごく難しいよ。
「うまくいったのは見た目だけだよ。なかなか思ったように歩かないんだ。鼻の動きもぎこちないし……」
「あら、ほんとねぇ。だけど、まだ八歳なのに自作魔法でおもちゃを動かすなんて、ネースはやっぱり賢いわ!」
ボクは顔をしかめたけど、姉さんはそれでも誇らしげにボクの頭を撫でてくれた。
落ち着いた漆黒の瞳が、優しくボクを見詰めている。姉さんはボクに優しいんだ。
ボクはよく、周りから変なヤツって言われてのけ者にされる。
笑い方が変だとか、動きが変だとか言われると悲しくなるよ。
よくわからないけど、ボクは笑うのが下手らしい。気にしてると余計に恥ずかしくてうまく笑えないんだ。
だからボクは友達が少ない。でもボクが作ったおもちゃを見せると、みんな夢中で遊んでくれる。
それでボクは、いつもおもちゃ作りに夢中なんだ。
姉さんがこんなふうに褒めてくれるから、ボクはますます夢中になったよ。
姉さんもまだ十歳だけど、すごく落ち着いていて、賢いんだ。
毎日買いものに行って洗濯をして、ご飯だって作ってくれてる。
お母さんが死んでしまったときは悲しかったけど、姉さんがいてくれるからボクは平気なんだ。
「いつもすごく褒めてくれるけど、姉さんには全然敵わないよ。姉さんとアジール博士はボクの憧れだよ!」
「うふふ。ネースったら本当に可愛いんだから! 大好きよ!」
姉さんがボクの肩を抱いて頬擦りしてくる。すごく照れくさくて、ボクは姉さんを押して離そうとした。だけど姉さんはムギュムギュとボクを抱きしめてくる。
ボクが恥ずかしくて顔をそらしていると、姉さんはなにかに気づいて、ボクが描いた魔法陣を指差した。
「あっ、そうだ。もう少しここをこう、書き換えてみたらどうかな? その方が魔力が鼻に伝わりやすくなると思うわ」
「あ、なるほど……。さすが姉さんだ! これは思いつかなかったな……」
「最近学校でみつけた闇属性魔法の魔導書に、魔物や動物を操る新しい魔法が載ってるんだけど、これがすごく面白いのよ。その本によるとね……」
「……へぇ! さすが、なんでも詳しいね、姉さんは」
姉さんは思いついたことを話しはじめると止まらないんだ。だけどボクは姉さんの話が大好きだった。
ボクと姉さんの創作魔法談義はいつもいつまでも続いた。
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――夢を見ていた。音のない冷たい水の底で。
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「ネース、私のネックレスになにかイタズラしなかった?」
「くふふ。バレちゃった?」
あれはボクが十歳になったころだった。外から帰ってきた姉さんが、少し怒った顔でボクの部屋に入ってきたんだ。ボクは楽しくなって、思わず「くふふ」と笑ってしまった。
「もう、お母さんの形見のネックレスなんだから、イタズラしちゃだめじゃない。いきなり光って動きだしたからびっくりしちゃったわ」
そう言って、胸に光る紫の石がついたネックレスをボクに差し出した姉さん。
ボクは今朝、そのネックレスをこっそり姉さんの部屋から持ち出して、台座の内側に自分で考えた魔法陣を彫り込んだ。
魔力を込めて魔法陣を描くことで、ものを魔道具に変えることができるんだ。
まだ十二歳の姉さんがこの大人びたネックレスを首にかけるのは、彼女にとって今日が重要な日だという証拠だった。
嬉しそうに出かける準備をしていた姉さんの姿を思い出して、ボクはまた「くふふ」と笑ってしまった。
「姉さん、ハーゼンの誕生日会は楽しかった?」
「え!? ネース、知ってたの?」
「くふふ。くふふふ。知ってるよ」
「どうしてそんなに笑ってるの? 白状しなさい、ネース!」
姉さんがプクっと頬を膨らませて、腰に手を当ててボクを睨んでいる。だけど姉さんは優しすぎるから、全然迫力がないんだよ。
ハーゼンは近所に住む力持ちのお兄さんだ。声が大きくて最初は苦手だったけど、本当は優しくていい人だよ。
それにすごくロマンチックなんだ。ボクを見つけると寄ってきて、姉さんへの想いを語るんだよ。
いつもボクを甘やかしてくれる優しい姉さん。ボクはそんな姉さんの恋を応援したかったんだ。
「ボク、ハーゼンにしつこく聞かれるんだよ。姉さんに好きな人はいるのかって。だから、姉さんのネックレスに、好きな人がそばにいると光る魔法をかけたんだ! やっぱり、姉さんはハーゼンが好きなんだね!」
「もう、ネースったら、イタズラがすぎるわよ!」
顔を真っ赤にして怒る姉さん。
ボクが台座に彫り込んだのは、胸の鼓動が高まると水面に輪が広がるように魔法陣が輝く水属性の魔法だった。
しかもネックレスは、光りながら好きな人に向かって飛んでいこうとするんだ。
ネックレスがハーゼンに向かって飛んでいくところを想像すると、ボクはニヤニヤしてしまった。
そんなボクに、姉さんは少しもじもじしながら、小さな声で聞いてきた。
「それって、ハーゼンも私を好きってこと?」
「そうだよ、姉さん! ハーゼンも今頃小躍りして喜んでるんだろうな!」
「もう、二人とも、ひどいわね?」
そう言いながらも、姉さんは赤い顔で「うふふ」と、嬉しそうに笑った。




