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三頭犬と魔物使い~幼なじみにテイムされてました~  作者: 花車
第10章 海蛇と魔法魚

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136 アッシャーの黒猫6~魔物化~

[前回までのあらすじ]怪しい屋敷にあった研究室で、アジール博士とイザゲルに遭遇したオルフェルたち。博士は息子を救うため闇の魔力を集めており、闇に堕ちたイザゲルを利用しているようです。博士の狂気とイザゲルの憎しみに打ちひしがれながらその場を逃げ出そうとする彼らに、最後の衝撃が訪れます……。

 場所:怪しい屋敷

 語り:オルフェル・セルティンガー

 *************



「行こう!」



 シンソニーがそう叫ぶと、ネースさんはハーゼン大佐の手を引いた。



「いくよ、ハーゼン。姉さんはもうだめだ。救えない!」



 それは、いつものネースさんのボソボソとした声ではなく、はっきりとした芯のある声だった。その顔には強い決意の色が見える。



「ネース、おまえ、なんてことを……。おまえの大切な姉さんだろ……!? 悪いのはイザゲルじゃない、王様だって、おまえもそう言ってたよな!? イコロ村を襲ったのだって、闇堕ちのせいで……」



 ハーゼン大佐は真っ青になって、目を見開いたまま、またイザゲルさんを庇おうとする。


 だけどそれは、いつもの豪快な大声ではなかった。こんなに狼狽えた彼を見たのははじめてだ。


 イザゲルさんが変わってしまっても、彼の愛は消えることがない。俺だってそれは理解できる。大切な思い出がたくさんあるのだ。


 こんな残酷な現実があるだろうか。俺は揉めているネースさんとハーゼン大佐を、必死にイザゲルさんの攻撃から守っていた。



「ハーゼン、みんなの顔をよく見てよ。姉さんに親を殺された仲間たちの顔を。これを見ても、きみはまだそんなことが言えるの?」



 ネースさんに強い口調で言われ、ハーゼン大佐は顔をあげた。俺たち後輩の顔を見まわしていく。


 シンソニーは歯を食いしばって泣いているし、エニーも顔が涙でぐちゃぐちゃだ。


 俺たちはみんな、深い絶望に震えながら怒りの涙を流していた。ハーゼン大佐はそれを見て、ハッとした顔で息を呑んだ。


 ハーゼン大佐の気持ちは理解できるし、俺たちだってすごく悲しい。


 だけど、魔物に襲われた故郷の光景は、忘れられないものだった。


 ハーゼン大佐やネースさんも、この怒りや悲しみは、消すことなんてできないはずだ。


 彼女はまた、あの魔物たちを操り、村や街を襲うだろう。彼女を止められなければ、多くの人が俺たちと同じ目に遭うのだ。


 そんな危険な相手を前にしても、対抗できる力もなく、逃げ出すしかない無力な俺たち。


 イザゲルさんを救おうだなんて、これ以上、考えることはできなかった。


 険しい顔の俺たちを見あげて、ハーゼン大佐は口を開けたままかたまっている。そんな彼に、ネースさんは真剣な眼差しを向けた。



「現実を見ろ。きみがいつも、ボクに言う言葉だ」


「ぐっ……あああぁぁぁ!」



 ハーゼン大佐は言葉にならない叫び声をあげながら、ネースさんに引っ張られて走り出した。


 俺たちはシールドで闇の弾丸を防ぎながら、イザゲルさんのいる研究室から必死になって逃げ出した。



      △



 冷たく角張った迷宮で、また迷いはじめた俺たちの前に、黒い子猫が姿を見せた。


 俺たちを研究室まで案内した、あの小さな猫だ。



「あぁ! さっきの子猫だよ☆」



 とたんにエニーがキラキラとした明るい声を出して、俺は驚いて顔をあげた。シンソニーもにこにこしている。



「本当だ、可愛いね!」


「シンロユウレキ。ムキュウサイチもらよ」


「猫か。今度こそ捕まえないとな」



 ネースさんとハーゼン大佐も気の抜けた顔でその子猫を追いかけはじめた。



――やばいな。またみんな幻術にかかったの?



 こんな危機的な状況で、いったいこの猫は、俺たちをどこへ連れていこうというのだろう。俺だけ息があがっている。口が乾いて仕方がない。


 闇のモヤの浄化装置は、もうまもなく魔力切れで停止するのだ。幻術にかかっている場合じゃない。



「お、おい。みんな、しっかりして? 早くここを抜け出さねーと……」



 俺はみんなを正気に戻そうと声をかけた。シンソニーが俺を振り返る。いつもの優しくて、穏やかな笑顔だ。



「オルフェ! 急がなきゃ、子猫が逃げるよ!」


「あ、あぁ。そうだな……。早く追いかけねーとな!」



 俺たちはまた夢中で子猫を追いかけた。すごくすごく幸せな気分になった。みんなで子猫と遊びたかった。


 だけど子猫の姿が見えなくなって、俺たちは立ち止まった。



「あれ……?」



 キョロキョロと周りを見渡すと、魔物だらけの牢屋が並んだ長い廊下だ。ひしめく魔物たちのうめき声が響いている。深く濃い闇のモヤが漂ってくる。


 そんな廊下の奥に黒いローブ姿の少年が現れた。俺たちは正気に戻って、警戒しながら身構えた。


 少年の瞳は闇のなかで黄色く光り、悲しげに歪んだ口元には、ギザギザの歯が並んでいる。そして、手には鋭く光る、黒い大鎌を持っていた。



「オルフェルお兄ちゃんたち、久しぶりだね」


「ライル……なのか?」



 フードの下に見えた顔に、俺たちはみんな息を呑んだ。


 その少年は、エリザの弟のライルだった。俺たちはネースさんの用意してくれたおもちゃで、何度も彼と一緒に遊んだ。


 ライルを気に入っていたネースさんが呆然としている。他のみんなもショックで声が出ないようだ。



――魔物化?



 信じられない言葉が脳裏に浮かんだ。


 殺気にも似た異様な気配を漂わせ、ゆらりと立つその姿。あのころの無邪気な笑顔はそこにはない。



――もう無理だ。もうなにも入ってこねー。



 心が体から引き剥がされるようだ。


 迷宮の壁も床も周囲の全てが、サラサラと砂になって消えていく。


 なにもない世界に落ちていく。


 なにもかも嘘であってほしい。


 その願いだけが残る白い世界。



――だめだ、気をしっかりもて! 仲間たちを連れて帰るんだろ!



 心が抜け落ちそうになる感覚を、俺は必死に抑え込んだ。ぼやけた視界を目の前の少年に集中させる。


 やっぱりどう見ても、彼はライルだ。だけど彼も、俺の知ってるライルじゃない。



「ライル、その姿は……。どうしてこんな危ない場所に……?」



 俺の質問に、ライルはフードの下から悲しげに目を伏せて答えた。



「この奥にマレスが、お母さんがいるからだよ。お母さん、闇に堕ちちゃったんだ」



 目を凝らしてみると、ライルが立つ牢屋の奥に、モヤを吐き出している真っ黒な精霊の姿が見える。


 あれがライルがお母さんとよんでいる、闇の精霊マレスのようだ。


 イザゲルさんとは比べものにならないくらい、恐ろしい量の闇のモヤを吐き出している。闇のモヤの発生源は、マレスで間違いないだろう。


 王都が消失した日に感じたような、恐ろしい気配に身がすくんだ。



「どうしてマレスが闇堕ちなんか……。本当にマレスが、王都を消したのか?」



 王都の消失は、俺たちから多くのものを奪った大事件だ。しかもこのモヤは魔物を生み出し、イザゲルさんはその魔物で村を襲っている。


 もし本当にそうなら、マレスは、全ての元凶と言えるだろう。だけどこんな小さなライルが、望んでそうしたとは思えない。


 俺はできるだけ優しくライルに尋ねた。だけどライルは、警戒するように両手を広げた。マレスを守ろうとしているようだ。手に持った大鎌がギラリと光る。


 俺たちの表情を窺うライル。俺が促すように頷くと、ライルは事情を話しはじめた。



「王様がね、僕を殺そうとしたからだよ。お母さんは怒って、王様のところに行ったんだって。そしたら、王妃様が暴れてたらしくて……」


「え? 王妃様は退治されたんじゃ……」


「ううん。地下の牢屋にいれられてたけど巨大化して出てきちゃったみたい」


「えぇ……?」



 ライルの話では、王様は魔物化した王妃を牢屋にいれ、秘密裏に治療法を探していたようだ。退治したと偽ったのは自分の権威を守るためか。


 病床の王妃に『醜い』という言葉をかけてしまった王様。だけどそれも、愛のひとつだったのかもしれない。バカだとは思うけど、人はときに愛する人を傷つけるのだ。



「それで、お母さんは王妃様を封印しようとしたんだけど、怒ってたから魔法が爆発しちゃったみたいで……」


「なるほど、それでエリザまで巻き込まれたわけか……」


「お母さんをほっとくと、魔物がどんどん溢れてきちゃうから、僕、お母さんを慰めてるんだ……」



 そう言って悲し気にマレスを振り返るライル。彼女を母と呼び慕っているライルだ。マレスを助けたいという気持ちはわかる。


 だけど、いくら自分の守護精霊だからと、彼にどうすることができるというのだろう。


 それにライルのこの姿。長時間モヤのなかにいるせいで、魔物化が始まっているように思える。


 このままこんな場所に、ライルを残しておくわけにはいかない。



「ライル、ここは危険だ。俺たちと一緒に帰ろう。ここにいたらライルまで……」


「だめだよ。僕はここで、お母さんを守ってる。ごめんねお兄ちゃん。お母さんの魔物で迷惑かけてると思うけど……。だけど、お母さんを傷つける気なら、僕は戦う!」



 俺はライルに手を伸ばしたけど、ライルは、俺たちに黒い大鎌を向けてかまえた。


 その瞳には強い決意が宿り、かまえられた大鎌からは禍々しい闇の魔力が溢れている。


 大きな衝撃が俺の胸を貫いた。それは闇をまとった槍の一撃か。それとも弓から放たれた金の矢尻だろうか。えぐられるように胸が痛む。悲しみが溢れて止まらない。



「ま、待ってくれ、ライル。なんでそんな……。俺たち、おまえと戦うなんて……」


「なら二度とここには来ないでね。約束してよ、お兄ちゃんたち……」



 ライルがそう言ったとき、俺たちの周りの床や壁が、グネグネと動きはじめた。



「なっ!? なんだ?」


「迷宮の組み替えが始まったよ。ここにいたらぺったんこだ。外に出してあげるから、本当にもう、ここにはこないでね!」


「ライル、ライル!?」



 床が激しく揺れている。足元がふらついて、俺は必死にバランスをとった。


 ネースさんはライルに手を差し伸べようとして、うごめく床に足を取られ倒れかけた。ハーゼン大佐が慌ててネースさんを支えている。エニーは床にひざまずき、シンソニーはそれを守ろうとした。


 耳鳴りがして目が回る。だんだんと意識が遠ざかっていく。そして気が付くと、俺たちは草原に放り出されていた。



「戻ってきたのか……?」



 そこはレーギアナの森だった。モヤに踏み込む前に立っていた出発地点だ。助かったことを喜ぶ気持ちは湧いてこない。


 呆然としながら天を仰いだ。青い空が憎らしいくらい輝いている。



――エンベルトの言ったことは全部本当だった。


――いや、そんなもんじゃない……。想像の百倍最悪だ。



 俺たちはほとんど無言のまま、お互いの無事を確認し、オトラーの本拠地へ引き返した。


 なにもかも夢ならいいのに。そんな思いを抱えながら。



 いつもお読みいただきありがとうございます! ブクマや感想も本当にありがとうございます!


 今回はアッシャーの黒猫編最終話でしたが、いかがでしたでしょうか? なかなかに恐ろしい過去編でしたが、いただいた感想を読むと、楽しんでいただけているようでうれしいです!


 そして、ラストショックは『ターク様が心配です!』にも謎の黒猫として登場しているライル君でした。


 下の画像はターク様で使っていた挿絵です。ライル君の謎を解き明かそうと書きはじめたこの話、まだまだ続きます。(と言っても別作品なので、ターク様を読む必要は特にありません)


 次回はネースさんの語りで、彼の子供時代の回想になります。ぜひお楽しみください!


 第百三十七話 海蛇の夢~特別な日に~をお楽しみに!


挿絵(By みてみん)



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