135 アッシャーの黒猫5~闇の嘲笑~[キャラ紹介]
[前回までのあらすじ] 闇のモヤ漂う迷宮を彷徨い、アジール博士とイザゲルに遭遇したオルフェルたち。イザゲルは闇に堕ち正気を失っていた。彼女は狂気に満ちた胸の内を明かすが、ハーゼンはそれでもイザゲルを救おうとする。しかし、イザゲルはハーゼンの姿を冷酷な目で見つめて……。
※後書きにキャラ紹介を載せました。
場所:怪しい屋敷
語り:オルフェル・セルティンガー
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ネースさんが黙り込むと、今度はハーゼン大佐が口を開いた。
「イザゲル、オレは、きみを助けたいと、ずっとずっと戦ってきた……。きみはなにも悪くないと信じて……。
いまもそうだよ。きみは王妃の最後の望みを叶えようとしただけだろ? いまだって、闇に堕ちてるからおかしいだけで……」
「やだやだ! ハーゼン! あなたが私になにをしてくれるの? 私を拾って救ってくれたのはアジール博士! あなたじゃないわ。そんな目で見ないでよ」
「イザゲル……!」
イザゲルさんに冷たい目で睨まれ、ハーゼン大佐は見開いた目から涙を流した。筋肉質な巨体が震えている。
天才魔導師とよばれていたイザゲルさんは、落ち着いた優しい女性だったらしい。俺はハーゼン大佐から、何度も彼女の思い出話を聞かされたのだ。
いまのイザゲルさんはきっと、ハーゼン大佐が知っている彼女ではないのだろう。
心も体も変わりはててしまった彼女を見た、ハーゼン大佐のショックは計り知れない。彼があまりに哀れすぎて、俺は唇を噛み締めた。
俺たちは村を襲った犯人を、憎むことすらできないのだろうか。こみあげる悔しさを押し込もうとすると、胸が痛んで仕方なかった。悲しみが怒りを乗り越えていく。
ハーゼン大佐の強張った顔を眺めて、イザゲルさんは悲しげに眉尻をさげた。情緒が安定しないのか表情がころころと変わる。彼女は寂し気にハーゼン大佐を見詰めて、一歩彼に歩み寄った。
「ハーゼン……。ほんというとね? あなたが私を迎えにきてくれる夢を、何度見たかわからない。私がまだ、王都にいたころの話よ?」
「イザゲル……。すまなかった……。王子が相手では、オレは、邪魔にしかならないと……。オレは、きみの幸せを願って……」
「いいの。王子と結婚するって、私自分で言ったんだものね? だけど、無理だって、本当はあなたもわかってたはずじゃない? え? 私ならなんとかするって?
やだやだ。あはははは! 笑っちゃうわ。そうよ、そんな根拠もない希望にかけられても困っちゃうわよ!
バカなの!? バカよね。知ってたわよ、この筋肉バカ!」
「イザゲル……」
イザゲルさんは彼女の幸せを願いつづけたハーゼン大佐を、見下した目で睨みつけた。ハーゼン大佐は優秀だけど、天才の彼女にはおよばないのだろう。
――もうやめてくれ……。
俺はそう願ったけど、イザゲルさんの話は終わらない。彼女はネースさんに視線を移した。
「……ハーゼンはまだいいわよね。最初からバカだって知ってたもの。だけど、ネース、あなたはどうなの? 賢いのにどうして助けに来ないの?」
「それは……」
「うそよ」
「えっ?」
素っ頓狂な声を出したネースさんを見て、イザゲルさんは腹を抱えて楽しそうに笑った。目尻には笑い涙が滲んでいる。
「あはははは! 面白い顔! うそよ、うそうそ! そんなの嘘だから安心して! だれも助けに来ないのなんて最初からわかってたわ。わかってて王都に行ったの。
だって私、ネースを守りたかった。だれかが行かなきゃいけないなら、私が犠牲になればいいって。そう、そうよ。そうなの。バカだったのは私。
こんな姿になって、やっとわかった。こんなことになるくらいなら、弟も村のみんなも、どうでもいいって」
「だから、イコロ村を滅ぼしたと……?」
「そうよ。最高にスッキリしたわ! あはははは!」
バカにしたように高笑いをするイザゲルさんを前に、俺の視界が砂嵐のように霞んでいく。闇に堕ちるとは、ここまで恐ろしいものなのだろうか。
黙り込んだ俺たちを横目で見ながら、イザゲルさんは、またアジール博士に身を寄せた。
こんな状況のなか、黙々と研究を続けているアジール博士も恐ろしい。彼はいったい、なにをしようとしているのだろう。闇に堕ちているわけではなさそうだけど、とても正気とは思えない。
きっと彼も、ネースさんが憧れていたアジール博士ではないのだろう。ネースさんは、尊敬する二人を同時に失ったのだ。ネースさんは息を呑んでかたまっている。とても言葉がかけられない。
イザゲルさんはまた笑って話しはじめた。
「ジオクはね、自分で自分を切り刻んだのよ。ある日突然、頭がおかしくなっちゃったの。
アジール博士は、すごいわよね。こんな汚れた魔力を使って研究を続けたら、普通は闇に堕ちるわよ。だけどアジール博士は闇に堕ちない。どうしてだと思う?」
得意げに笑いながら、イザゲルさんは俺たちの顔を見回した。俺たちは言葉を発しない。シンソニーとエニーも、青ざめたまま立ち尽くしている。
あまりにショックが大きいせいか、現実が頭に入ってこない。
「博士はね、愛する息子のためなら、なにをしても正しいと本気でそう思ってるのよ。ジオクが彼の正義なのね。だから、息子のためなら、どんな魔法を使っても平気なの。すごいわよね。憧れちゃう。私にもそんな免罪符があったらなぁ……」
イザゲルさんはアジール博士に身を寄せた。彼女はアジール博士に心酔しているようだ。だけど博士のほうはなにも気にする様子がない。
息子のジオクを拘束したカプセル型の魔道具の前に立って、考え込んだり首をひねったりしている。
「うーむ。もっと範囲を広げなければ……。危険だが、もう少し出力をあげてみるか。あぁ、可哀そうなジオク……。父さんがすぐに治してやるからな……。よし、あと三百追加だ……。拒絶反応の抑え込みは成功しているな……」
ボソボソとそんなことを言いながら、彼がなにかの装置を操作したり、怪しい色の薬剤を注入したりするたび、ジオクは苦し気に呻き声をあげた。
この博士は本当に、息子を救おうとしているのだろうか。
よくわからない恐怖が俺たちを支配している。そんななか、ずっと座ったままだったハーゼン大佐が、意を決したように立ちあがった。
「イザゲル、アジール博士は正気じゃない! きみはその人に、いいように使われてるんだ!」
「違うわよ! 私は自分の意思で手伝ってるの! 博士に頼まれたことなんてないわ」
「そう仕向けられているんだ! きみはいま、正しい判断ができないから……。オレが、なんとしてもきみを元に戻す!
そうだ……シャーレンの祝福だ……。なんとかシャーレンから祝福をもらって、オレがきみを浄化する! だから、これ以上村を襲って、罪を重ねるのはやめてくれ!」
「冗談じゃないわ! 浄化なんて、されてたまるもんか! ハーゼン! 嫌いよ、大嫌い! あなたもネースも! 死ねばいいわ! あはははは! ダークバレット!」
光の大精霊シャーレンの祝福。それは聖騎士がかつて持っていた光の微精霊を従える力だ。そんなものが手に入るなんて、俺にはとても思えない。
だいたい祝福を手に入れたからと、光属性でもない彼に、浄化魔法なんて使えるはずもないのだ。彼の言葉は悲しいほどに無謀で、希望のなさを浮きあがらせた。
イザゲルさんがハーゼン大佐に向けて手を突き出した。彼女の手のひらから闇の弾丸が撃ちだされる!
ダークバレットは、ヒールでも治療できない残酷な魔法弾丸だ。こんなものを、同郷の俺たちに撃ってくるなんて……。
「ヘキサシールド!」
「あはははは!」
俺は咄嗟にシールドを出し、呆然としているハーゼン大佐を守った。イザゲルさんが高らかに笑っている。
悲しすぎる。悔しすぎる。だけどこんな場所で、いまは戦うわけにいかなかった。
相手のため込んだ魔力が膨大すぎるのだ。しかもアジール博士は、イニシスの兵器開発第一人者だった人だ。戦いになればどんな兵器が出てくるかもわからない。
そして、こっちはみんな、魔力も気力もつきかけだ。どう考えても、いまは逃げることしかできない。
「行こう!」
めちゃくちゃなイザゲルさんと、だいぶん怪しいアジール博士。どうすることもできず逃げ出そうとする彼らに最後の衝撃が訪れます。
次回、第百三十六話 アッシャーの黒猫6~魔物化~をお楽しみに!
ネースさんを描いてみました。画像をクリックして『みてみん』に飛ぶと、ネースさんのキャラ紹介が書いてあります。
登場キャラのキャラ紹介は画像のあとにあります。
[キャラクター紹介]
オルフェル:オトラー義勇軍の軍曹。ハーゼンやネースとは同郷。オトラー義勇軍の崩壊を防ぎ、仲間を守るため作戦に参加。
ハーゼン:オトラー義勇軍の大佐。イザゲルの無実を信じ、彼女を助けるため闇魔導師とともに暮らせる国を夢見て活動してきた。
ネース:オトラー義勇軍の武器開発責任者。イザゲルが闇のモヤのなかにいるという情報を聞き、モヤの浄化装置を作った。
シンソニーとエニー:オトラー義勇軍のメンバーで恋人同士。オルフェルと同郷で友達。二人の魔力で一定範囲の闇のモヤを浄化できる。
イザゲル:ネースの姉。ハーゼンの元恋人で、優秀な闇魔導師だった。王様に王妃の治療を命ぜられたが失敗し、処断されかけたが王妃を魔物化して逃亡。
アジール博士:おもちゃ作りで有名な魔導研究家だったが、国の兵器開発責任者となった。いまは息子を助けるためなにか研究をしているようだが詳細は不明。




