133 アッシャーの黒猫3~失われた希望~
※現在三百年前の回想の途中です。
※すみません、長くなったので二話に分けました。予告からタイトルが変わっています。
[前回までのあらすじ]闇のモヤ漂う迷宮を彷徨い、アジール博士とその息子ジオクに遭遇したオルフェルたち。ジオクは怪しいカプセルに拘束されており、傷だらけで呻いている。ショックを受けるオルフェルたちの前に、見覚えのある女が現れて……。
場所:怪しい屋敷
語り:オルフェル・セルティンガー
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研究室の端に置かれていた魔道具が紫黒色の光を放ちはじめた。それはドンレビ村を襲った闇魔導師が、突然消えたときに見たものと同じ光に思えた。
――まさか……。あのときの転移魔法か?
俺が眉を顰めていると、その光のなかからひとりの女が姿を見せた。
「おまえはっ!」
見覚えのある姿に、俺は思わず声をあげる。その黒いローブ、顔が見えないほどにまとわりつく黒いモヤ。
こいつは間違いない。あのときドンレビ村で、クルーエルファントのうえから、魔物を操っていた闇魔導師だ。俺は咄嗟に立ちあがりトリガーブレードをかまえた。だけど俺は動かない。
異常なほどの魔力を持ち、黙々と怪しい研究を続けているアジール博士が恐ろしすぎた。それに俺は、怒りに任せて突っ込んではいけないと、ミシュリ大尉からしつこく念を押されていた。
また大怪我なんかして帰ったら、きっと恐ろしい制裁があるだろう。俺は殺気立ちながらも、必死に怒りを抑え込んだ。
――冷静になれ。ここじゃ勝ち目はねー!
闇魔導師は俺たちに気付くと、アジール博士に声をかけた。
「あら、あのときのおかしい子だわ。博士、どうしてこの人たちがここに……?」
「偶然迷い込んだか? なかなか驚かされるな」
「また迷宮を組みなおさなきゃ。簡単に破られるようでは困るわよね。あなたの研究の邪魔はさせないわ」
「あぁ。みんな締め出してくれ。エンベルトもまた来たぞ。まったくうるさくてかなわない」
博士は淡々と作業を続けながら、俺たちを追い出すよう彼女に指示を出した。
だけど闇魔導士は俺たちではなくアジール博士のほうへ歩いていく。顔は見えないけど、俺たちの様子をうかがっているように思えた。
異様な様子に息を呑む俺たち。エンベルトは本当に、何度もこんな場所へ来たのだろうか。
「エンベルト……バカな男ね。王都を元に戻せるなんて、本気で信じているのかしら」
「そうではないさ。だが魔物を倒せる武器を作れだの、モヤの浄化を手伝えだのとうるさくてな」
「祝福もないくせに、いつまでも聖騎士気取り。本当に愚かね」
――聖騎士が、頼みごとをしにここへ……?
できるだけ気配を消しながら、不思議な会話を見守る俺たち。なぜか話に割って入ろうという気持ちが起きない。
闇魔導師は俺たちを気にする素振りをしながら、さらに博士に近づいた。
研究机に並べられた魔道具や工具を指でなぞり、俺たちの視線を楽しんでいるかのようだ。
「まぁ必死になるのもわからなくはないが、マレスは人間の手に負えんよ。そう何度も教えてやったがわからんやつらだ」
「物わかりの悪い男って嫌ね」
「あいつらにできることは、私の邪魔をしないことだけだ。私の研究は闇のモヤを消費し結果的に魔物の増殖を防いでいるのだからな」
「素晴らしいわ。アジール博士」
――マレス……? モヤの発生源は闇の大精霊か? エンベルトはそれを止めようと……?
――手に負えない……? 聖騎士にも、アジール博士にも……?
この闇魔導師は闇のモヤを放っている。だから、俺たちはモヤの発生源をすでに発見したといえるだろう。
だけど、この付近のモヤの量を考えると、彼女だけが原因とは考えにくい。やはりエンベルトが言っていたように、マレスも闇に堕ちてしまったのだろうか。
――最悪だな……。だけどこの二人、わざと俺たちにこんな話を聞かせてどういうつもりだ……?
闇魔導師はアジール博士にくっついて、自分たちの仲をアピールしているようにも見えた。
二人の意図がわからず、俺たちは突っ立っているしかない。逃げても飛びかかっても殺されそうだ。
嫌な汗が流れおちている。仲間の様子をうかがうことすら恐ろしい。
――まてよ……。エンベルトが嘘をついていないってことは、やっぱりこいつは……。
――いや、そんなわけねー。まさかそんな、悪夢みたいなこと……。
俺がゴクリと喉を鳴らしたそのとき、アジール博士の口から、聞きたくなかった言葉が飛び出した。
「とにかく私は、息子のことで忙しい。イザゲル、しっかり追い払ってくれよ」
「イ、イザゲル……」「姉さん……」
ハーゼン大佐とネースさんが同時に絶望の声を漏らす。全身から血の気が引いていく。こんなにひどい話があるだろうか。
アジール博士がここにいただけでも、俺たちは十分ショックを受けていた。
それが故郷を襲った闇魔導師と親しげに会話をはじめて、心は理解を拒みはじめた。
そしてマレスの名前が出たことで、俺たちは絶望の渦に放り込まれた。
せめてこの女がイザゲルさんでないことを、俺は必死に祈っていた。
それなのにどうして現実は、こんなにも無情なのだろう。
――イザゲルさんは俺たちを守り村を出た。心優しいネースさんのお姉さんで、ハーゼン大佐の恋人だった人だ……。
――頼む、嘘だって言って……!
そんな俺の願いも虚しく、彼女はしわがれた声を張りあげた。
「あららららぁ~? ばれちゃったわ……。ネース、それに、ハーゼン。久しぶりねぇ~」
「イザゲル……。こんなところできみは、いったいなにを……?」
震える声で質問するハーゼン大佐。イザゲルさんは動じる様子もなく、楽し気に声を弾ませた。
「なにって、そうね。えぇ、そう。そうなのよ。私、アジール博士のお手伝いをしているのよ。彼の研究を邪魔させないことが私のいまの生き甲斐なの。
それには膨大な闇の魔力が必要なの。そう、だから、私、頑張って闇を生み出してるのよ」
「生み出す……ってまさか……」
「そうそう、生み出すっていうのは、村を襲って、みんなを絶望に突き落とすことなの。ありったけの悪意を込めて、最悪の闇魔法を放つのよ。
そうすればブワッと、この身体から闇が溢れ出す。それがこの迷宮を組み替える力になっているってわけなのよ!」
イザゲルさんは興奮した様子で、大げさな身振り手振りをしながら話している。彼女がバッと手を広げると、その体からは濃い闇が溢れ出した。




