130 ヒドラス6~こっからやってみて~
[前回までのあらすじ]魔物使いのミラナは三百年前に封印された海蛇の魔物(同郷の先輩ネース)を捕獲しようとしていた。正気を失った仲間が、暴れて退治される前に仲間にするのが彼女の目的だ。しかしミラナは魔物だらけの海に落ち、つらい過去の記憶を思い出す。目を開けると……。
場所:ローグ山遺跡
語り:ミラナ・レニーウェイン
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『ミラナッ、ミラナ!』
ゆっくりと目を開けると、私の上にオルフェルが覆いかぶさっていた。燃えるように揺らめく瞳が、不安げに私を見詰めている。
水が滴り落ち艶めく髪。肌には水滴が光り、魔力に満ちて赤く染まっている。私の心を揺さぶるその姿。胸がドキドキと高鳴っていく。
――ひゃ、オルフェル……?
「ミラナ……! よかった、気が付いた!」
彼の瞳から涙がこぼれて、私の頬を伝い落ちた。彼は涙を手で拭うと、優しく私を抱き起こした。私の身体は毒に侵されているらしく、自分で動かすことができない。声を出そうとしたけれど、話すこともできなかった。
「ごめん、ケガさせた……」
私の耳元で、彼の声が震えている。彼は鼻をすすりながら、手に握っていた薬のビンを私の口元に運んだ。
「ミラナ、これ飲める……? 解毒薬」
――わ。昨日した薬の説明、覚えてくれてたの?
私は彼に感謝しながら、差し出された解毒薬を口に含んだ。
ベノムスの毒が体から抜けていく。痛みとしびれが和らぎ、赤黒いあざも消えていく。それを見て、オルフェルが「ふぅ」と息をついた。
よく見るとほかのケガも丁寧に手当てをしてくれたようだ。彼も私も全身ずぶ濡れ。もしかして、人工呼吸をしてくれたのだろうか。
「キスしてくれたの?」
まだ頭がぼうっとしているせいで、思わずそんな聞きかたをしてしまった。オルフェルがおどろいて目を見開いている。
「え……? してないけど」
「なんだ……」
「ミラナ、がっかりしてる?」
「あっ……」
思わず開いた私の口を、オルフェルの唇が塞いだ。私の背中に回された彼の腕に、ギュッと身体を引き寄せられる。三百年前に戻ったような熱くて深いキス。強張った身体が溶かされていく。
――だめだ、嬉しい……。
――どうしよう。オルフェルが好き……。また嫌われるって、わかってるのに……。
切なくて涙が出そうになる。頭ではいけないとわかっているのに。どうして私は、こんなに意志が弱いのだろう。
だけどいまだけ、あなたのその温もりで、嫌な記憶を忘れさせて欲しい。
――温もりで……ってこれ、ちょっと熱すぎ……。
オルフェルの放つ熱気で、私の濡れた体が、どんどん熱くなっていく。
というより、私たちのいるこの不思議な空間が、なんだか異様に暑かった。オルフェルは熱に強すぎて、気温の上昇に気がついていないようだ。
「あ、暑い……」
「え!?」
「ちょっと離れて」
「ぐはっ」
私は彼を押し離した。これ以上くっついていたら、のぼせてまた倒れてしまいそうだ。
それにしても、一体ここはどこなのだろう。私たちは二人きり、真っ赤に輝く不思議なドームのなかに閉じ込められていた。
「オルフェル……。これ、どうなってるの?」
私がそう訊くと、オルフェルは得意げにニヤリと笑った。
「にひひ。これか? 完全防御、ヘキサゴンフォートレスだぜ!」
「完全防御?」
私は目を見張りながら周りを見回した。たくさんのヘキサシールドが組みあわさり、ドーム状に私たちを取り囲んでいるようだ。
ヘキサシールドは数秒しかもたないシールドのはずなのに、消えることなく宙に浮かんでいる。
――そうだ、ベノムスたちは?
シールド越しに下を見ると、さっき私たちを襲った海蛇の魔物たちが、うじゃうじゃと群がり水面を波立たせている。ゾッとするような恐ろしい光景だ。あそこで二人とも気を失っていたら、骨も残らなかっただろう。
私はまだ命があることに、ホッと胸を撫で下ろした。この無敵の要塞は、彼が私を助けるために必死に発動したものだろう。そう思うと、嬉しくてまた胸が鳴る。
「す、すごい」
「はっはー! そーだろ。これほんとに最強だぜ」
オルフェルは私の驚いた顔を見て、また得意げに笑顔を見せた。嬉しそうにシールドを叩いている。だけどそういえば、私たちはヒドラスを捕獲しようとしていたはずだ。
「あっ、ヒドラスは!?」
「あぁ。もうだいぶん弱ってっから、こっからテイムやってみて」
私が慌てて声をあげると、オルフェルが外を指差して言った。見ると、シンソニーとシェインさんが、なおもヒドラスと戦っている。ベランカさんも氷の足場を作りながら、シェインさんに声援を送っている。
「私が気絶してる間も、みんな頑張ってくれてたんだね」
「まぁ、ミラナのかけてくれた支援も、まだ効いてるからな。すげー持続するようになったよな。強くなってるぜ、ミラナ」
「うん!」
私が嬉しくなって頷くと、オルフェルはポンポンと、優しく頭を撫でてくれた。
「移動させるからちょっと待ってな」
オルフェルはそう言って、真剣な表情でシールドに手をかざした。魔力を放出しながら集中し、シールドを操っているようだ。
無敵の要塞は私たちを載せたまま動き出し、ヒドラスの上空に浮かび止まった。そして底面を残して、花びらのように開いていく。
「え? ヘキサシールドって動かせるの?」
「そうだな、ファイアーボール動かすのと同じだぜ」
「へぇー……」
わかったような声を漏らしたものの、そもそもファイアーボールを動かすというのがよくわからない。オルフェルの魔力操作のセンスには、もう頭が追い付かなかった。
唖然としながらも前方に目をやると、海に沈みかけるヒドラスの巨体を、シンソニーが鋭い鉤爪でしっかりと掴んでいた。
ヒドラスは力なく首を垂れて、もう抵抗する気もないようだ。その頭のひとつにはシェインさんが槍を突き立てて立っている。シンソニーに食いちぎられた傷や、シェインさんに焦がされた跡が痛々しい。
「シンソニー! ミラナが目を覚ましたぜ!」
「よかった! 心配してたよ」
「シェインさん、ベランカさん、お待たせしました!」
「あぁ、これ以上焦がしたらネースに恨まれる。ミラナ、捕獲を頼んだよ」
オルフェルの声に、シンソニーが大きく羽ばたいて応え、シェインさんも笑顔で手を振った。
「ミラナいけそう? ネースさん連れて帰ろうぜ!」
「うん!」
私が気絶している間に、ここまで状況が整ってしまうとは。驚きながらも、私はひとつ深呼吸して立ちあがった。ドキドキする胸を鎮めながら、魔笛をかまえヒドラスに向かう。
「ネースさん、私たちと一緒に帰りましょう!」
私の呼びかけに、ヒドラスは少しうらめしそうに鋭い眼光を送ってきた。だけどもう、恐れることはないだろう。私には心強い仲間たちがいるのだから。
「調教魔法・テイム!」
――ピロリ♪ ピロリ♪ ピロリ♪――
呪文を唱え魔笛を奏でると、私の腰ベルトに装着したビーストケージに、ヒドラスはスッと吸い込まれていった。
ネースさんが消えると同時に、水面にいた無数のベノムスたちも一斉に姿を消した。
私たちは、ネースさんのテイムを成し遂げたのだ。
「やったぜ!」
「ピキー! お疲れ様!」
「あぁ、なんとか終わったね!」
「やりましたわ」
「みんな、本当にありがとう」
仲間たちの笑顔に、私の顔にも笑みが浮かぶ。私はみんなに感謝を伝えた。オルフェルがニコニコと微笑んでくれる。
私たちが上空を見上げると、封印の亀裂からキジーが顔を出していた。
「ミラナ、捕まえたね!」
「うん、キジーお待たせ! さぁ、みんな。帰ろっか」
――あ、そうだ……。
封印された部屋から外に出ると、少し胸に不安がよぎった。
『ネースさんのテイムが終わったら真実を話す』
そう約束したことを思いだしたのだ。
――大丈夫かな……。
私は小さく首を横に振った。いまはもう少しだけ、この達成感に浸りたい。
――大丈夫、私だって変わったもん。きっと上手く伝えられるよ。
自分にそう言い聞かせながら、私は遺跡をあとにした。このときの私は、オルフェルがあんなふうに逃げ回るなんて、夢にも思っていなかった。
ついにヒドラス戦が終了しました! 三話のはずがいつの間にか六話に。楽しんでいただけたでしょうか? 感想などいただけるとうれしいです。
次回から始まるアッシャーの黒猫は五話までになる予定です。ダークですが重要な秘密がいろいろ明かされるのでぜひお付きあいください。活動報告で十章は十四話までとおしらせしたのですが増えて十七話になりました。
第百三十一話 アッシャーの黒猫1~魔法と魔物~をお楽しみに!
「この小説を読んでくれてありがとう! 宇宙一優しい読者様のおかげで俺の調子があがってきたぜ! あ、そうだ。せっかく来たんだし『ブックマークに追加を』ポチっとしといてくんねー? 作者が喜ぶし次の話も見逃さずに読めるぜ! すっげーいい感じじゃねー? 『いいね』とか『評価』も待ってるぜ! ガンガン応援して俺の調子をもっとあげてくれよな!」
と、オルフェル君が言ってます(*'▽')よろしくお願いします~♪




