127 ヒドラス3~落ち着いてください~
[前回までのあらすじ] 300年前に封印された海蛇の魔物ネースと対峙した魔物使いミラナ。記憶を失ったネースは海の底に隠れており、ミラナは魔法で仲間にしようとする。魔物達は動物の姿で海中を探索しネースを発見!シンソニーは双頭鳥に変身して、ネースを海中から引きずり出そうとするが……。
場所:ローグ山遺跡
語り:ミラナ・レニーウェイン
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「シンソニー解放レベル4!」
――ピーロリロン♪ ピーロリロン♪――
私が調教魔法を唱えると、シンソニーは双頭鳥の姿になった。
普段の落ち着いた彼からは想像もつかないその巨大な姿、猛禽類の鋭い眼が光る二つの頭は何度見ても圧倒される。
水中に足を突っ込んだ彼は、ザブザブと大きな音を立て、水飛沫をあげながらネースさんを探った。
攻撃モードの効果で闘争心が高まっているのだろう。臆す様子もなく果敢に水中に足を延ばしている。
「だめだ、深くて届かない!」
「私が浮きあがらせてみよう」
ライオンの獣人の姿になったシェインさんが、水面に浮かんだステージの間を軽やかに飛び跳ね、ネースさんに迫っていく。
彼は獣人の姿になっても、貴族だったころの気品を失わなかった。タテガミは金色に煌めき、瞳は青く澄んでいる。だけど攻撃モードに入ると、その目にも闘志が燃えあがった。人間のときより大きくなった逞しい体は雷のように早く、獣のように鋭く動く。
ベランカさんが水面に氷のステージを作り出した。彼女がフリッパーをブンッと振ると、キラキラと現れた氷の粒が広がって平らな氷の板に変わる。彼女はシェインさんの動きに呼応して、素早く氷塊の足場を生成する。
私は二人の息があった動きに目を見張った。彼らが仲間であることが頼もしい。
ベランカさんは水中に潜むネースさんの上方に足場を作った。フリッパーを振ってシェインさんに合図を送っている。
シェインさんはジャンプで足場の上に飛び移った。そして身をかがめて、ベランカさんに優しく話しかける。
「ベランカ、危ないからできるだけ離れているんだ」
「わかりましたわ、おにぃさま♡」
ベランカさんが水中を滑るように泳ぎ、離れたのを確認すると、シェインさんは金色の槍を空高く振りあげた。槍の先にバチバチバチと黄色い雷の魔力が溜まって、彼の黄金のタテガミが逆立っていく。
「はぁぁぁ! タァッ!」
――バチバチバチッ――
彼が水面に槍を突き立てると、槍先で雷が轟いた。電撃が広がり大きな衝撃が水面に多重の円を描く。
ドォンという爆発音とともに、青い閃光が水中に走った。水面は大きく波打ちながら膨らんで、真っ白な水飛沫が空高く舞い散る。
それと同時に、私の立っていた氷の足場が大きく揺れた。「きゃっ」と声をあげると、オルフェルが私を抱きかかえた。背中と膝の下を支えるいわゆる『お姫様抱っこ』だ。
彼は赤くなった私を見下ろして、満足そうにニヤニヤと笑う。こんな揺れる氷の上でもずいぶん余裕があるようだ。
「移動するぜ!」
揺れた足場が沈みはじめると、彼は勢いよく足場を蹴りあげ、赤いマントを翻して恐ろしい距離をジャンプした。
――ぎゃぁぁっ!
潮風が激しく顔に吹きつけてくる。私はオルフェルにしがみついてギュッと目を閉じた。いつもみたいに爆音と爆炎をあげていないところをみると、これでも気を使って控えめにしてくれているようだ。
彼のジャンプ力が高いのは、炎魔法による身体強化と、半竜の羽根をあしらったマントのせいだろう。このマントは赤い羽根がこれでもかとフサフサしていて、ネースさんが面白がって作ったとしか思えない。
安全な場所まで後退すると、彼は空中で身をよじって足場を探し、私を大きな氷塊の上に降ろした。
私が滑らないようにしっかり腰を掴んでくれている。
――落ち着け私!
そう思いながら「ふぅ」と息を吐いて前を見ると、電撃によって痺れてしまったたくさんの魚型の魔物が水面に浮かんできた。
身構える私たち。ザブーンという大きな音とともに、六つの頭を持つ巨大な海蛇が水上に顔をもたげた。
「うわぁー! すげーな!」
オルフェルはネースさんの大きさに感動したのか、私を抱きしめたまま歓声をあげている。
三百年前にも、彼はこの状態のネースさんを見たことがあるはずだ。だけどまだ、そこまでの記憶が戻らないのだろう。
青と白の鱗に覆われた巨体が、水面でキラキラと輝いている。海に雲が漂っているかのようなまだら模様は見入ってしまうほど優雅に織りなされている。
恐ろしくも美しい姿に息が詰まった。ヒドラスとなったネースさんは、おそらくキマイラになったシェインさんよりも大きい。
グネグネとなまめかしく動き、非常に太くて筋肉質で、長さも二十メートルは超えているだろうか。そんな彼が怒りと苦しみに満ちた瞳で、私たちを見据えている。
その迫力に後退りした私は、オルフェルの胸にスポンとはまりこんでしまった。離れようとすると、ぐいっと引き寄せられて抱きしめられる。
――オルフェル、絶対楽しんでるよね?
――確かに、運んでもらわなきゃ移動できないんだけど、近いよ!
――ドキドキするからやめて~っ。
今日はずっとこんな調子なのだろうか。もう恥ずかしすぎて、テイム中じゃなかったら逃げ出したい。
ネースさんは六つの頭のうち、二つが電撃で痺れたのか顰めっ面だ。端の二つはチロチロと舌を出し、真ん中二つは怒っている。
裂けそうなほど大きな口だ。毒を持った牙を剥き出しにし、長い舌を出しながら、「シャー!」とこっちを威嚇している。
――私なんて、ひと飲みにされちゃいそうだわ。
少し身がすくんで、オルフェルの腕をキュッと掴んでしまった。
なんだかんだで、つい頼りにしてしまうけど、いまは気持ちを引き締めなくては。
「ネースさん! ここにいたら、そのうち退治されますよっ」
「ラ・シアンで私たちと一緒に暮らそう!」
「「シャーー!」」
私たちの呼びかけに、威嚇で応えるネースさん。
ヒドラスの筋肉の塊のようなしなやかな体が、身構えるようにグネグネと折り重なって、私たちに狙いを定めている。
あの首が一気に飛び出してきたら、ひとたまりもないだろう。
雨の日の空のように憂鬱な紫の瞳。
なにかに怯えるように部屋に引きこもっていた彼だけど、私たちが訪ねていくと、いつもおもちゃを用意してくれた。
彼は私たちのことも、ライルのことも、大切に思ってくれていた。
だからこの寂しい場所から、私は彼を救い出したい。彼に調教魔法をかけ、彼を私の保護下におくのだ。
だけど、彼は不満げに、私のほうを睨みつけている。私を敵だと思っているのだろう。巨大な首がピクピクと震えている。
笛を握る手が震え、少し体がこわばってしまう。
「ネースさん、落ち着いてください! 調教魔法・カームダウン!」
――ピーヒョロリン♪――
沈静化魔法を発動するも、ヒドラスの威嚇姿勢は変わらない。シンソニーの翼に頭のひとつが食らいつき、大きな羽根が舞い散った。
「シンソニー!」
「クケッ! 大丈夫! ぎりぎりかわしたよ!」
シンソニーはそう言うと、バサッと舞いあがってヒドラスと距離をとった。私の胸が焦りでドキドキと高鳴っている。術者が怖気付いていては、調教魔法は成功しないのだ。
――私がヒドラスを抑えつけられれば、みんなを戦わせずに終わらせられるのに。
そう思うと、また笛を握る手が震えた。オルフェルが『落ち着け』というように、私の手に彼の手を重ねてくる。
「ミラナ、心配いらねーよ。ネースさんは天才だからな! 俺たちの気持ちも、話せばちゃんとわかってくれるぜ!」
「うん……。そうだよね」
彼の手が力強くて、少し肩の力が抜けた。ひとつ頷くと、今度は頭を撫でられる。緊張もどこかへ行ってしまうようだ。
「シンソニー、頼むぜ! いい具合にな!」
「うん、まかせて! しっかり弱らせるよ! クケーーッ!」
オルフェルが呼びかけると、シンソニーがバサバサと翼をはばたかせて応える。二人は本当に仲がよくて、私にとっても頼もしい仲間だ。
この二人が一緒なら、きっとうまくいく気がする。
シンソニーは巨大な翼を広げ、鋭い鉤爪のついた強靭な足でヒドラスに襲いかかった!
最近は私が魔物たちにかける調教魔法も、かなり威力があがってきている。
そのせいかシンソニーの気迫がすごい。巨大なヒドラスを前にしても、怖がるどころか嬉しそうだ。海蛇がワシの捕食対象だからだろうか。完全に獲物を狙う顔をしている。
彼はヒドラスに掴みかかると、二つのクチバシを交互に突き立て、その身を引き出しては食いちぎりはじめた。
かたい鱗をものともしない、強烈な攻撃だ。水飛沫と羽根が飛び散り、ザブンザブンと大きく水面が波打った。ヒドラスは抵抗しつつも海へ逃げ帰ろうとしている。
「「「シャーー!」」」
「「クケーーー! キェーー!」」
シンソニーがヒドラスの体をしっかり掴んで、水上に引きずり出した。
逃げようともがくヒドラス! 彼の頭は六つもあり、しかも、その牙から滴る液体は強烈な毒を含んでいるのだ。
ヒドラスの頭が次々とシンソニーに噛みつこうとして、シンソニーも必死にかわしている。
噛まれるとただでは済まないことがわかっているのだろう。
ヒドラスも興奮しはじめたのか逃げるのをやめ、しだいに迫力が増してくる。だけど、シンソニーも怯まない。
敏捷に空中を舞いながら頭をかわすと、爪やクチバシで反撃した。
「ひゃー、すっげー巨大魔物対決。シンソニーこえー」
あまりの光景に呆然としながら、オルフェルが小さい声を漏らしている。
怖がったついでに、また私に抱きついて、髪に頬を擦りつけてくる。
――く、くすぐったい。オルフェルったら……。
楽しそうなオルフェルにささやかな抵抗をしていると、シェインさんが足場から飛び立った。
「おとなしくしないか! ネース」
獣人の強靭な脚で飛びかかり、貫通力の高い金の槍をヒドラスの首に突き立てる!
彼の電撃攻撃が始まった!




