125 ヒドラス1~解除魔法と調教魔法~
[前回までのあらすじ]
俺たちは3百年前に魔物化し、遺跡に封印されたネースさんを救うため、ローグ山の遺跡に踏み込んだ。なぜ魔物化したり、封印されたりしたのかはまだ謎だ。
遺跡内は探知と魔法解除が得意なキジーが先導してくれる。キジーに封印を解いてもらい、ミラナの調教魔法でネースさんを仲間に戻すぜ!
場所:ローグ山遺跡
語り:オルフェル・セルティンガー
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遺跡のある高原で一晩野営をした俺たちは、翌朝ネースさんをテイムするため、ローグ山の遺跡に踏み込んだ。
「上級解除魔法・クラックシール!」
キジーが封印に亀裂を入れると、グレーの石壁の廊下が目に入る。
「同じだよな……」
複雑に分岐した廊下。地下で遭遇した因縁の魔物。嫌な記憶に足がすくんだ。
この遺跡はやはり、三百年前に俺たちがレーギアナの森で遭遇した怪しい屋敷と同じ構造だ。石レンガに刻まれた模様などが共通している。
あのころと違うところは、風化して石の角が落ちたりひび割れたりしていることと、ところどころに蔦が絡まっていることくらいだろうか。
魔法で生成された構造物が、パズルのように接続されているようだ。こんな遺跡があちこちに存在するのは、いったいどういうわけだろう。
そして、俺たちはなぜ魔物になり、こんな場所に封印されていたのだろう。野営中にいろいろ思い出したのに、肝心なところが思い出せない。もどかしい気持ちを抑え込む。
「オルフェル……?」
「いや、平気だぜ」
ミラナが心配そうに俺の顔を見る。俺は平静を装って頷いた。いまは怯えて立ち止まっている場合じゃない。
それに、いまの俺たちには、心強い大魔道師、キジー・ポケット様がついているのだ。
「六頭蛇はこっちだよ」
「ほんとよくわかるよな……」
キジーの先導のおかげで、俺たちは遺跡のなかをすんなりと進むことができた。罠や呪いにかかることもなく、たまに弱い魔物と出会う程度だ。
特に迷いの呪いがないのは本当に助かる。目的地まで一直線だなんて、こんなに素晴らしいことがあるだろうか。
「三百年前、俺たちこんな感じの場所ですげー迷ったよな」
「ピピッ! 本当だよね。何回死にかけたんだろ」
「キジーがいてほんとに助かるぜ! あのときの苦労が嘘みたいだもんな」
「うんうん、そうだよね。ピピッ」
気を取りなおした俺の頭の上で、シンソニーも機嫌よくピッピとさえずっている。彼もシェインさんたちも、昨夜俺が話をしたことで、あのときのことを思いだしていた。
あまりに衝撃的な記憶で、みんな顔を引きつらせていたけど、あれからもう三百年も経過している。
現在の遺跡には目に見えるほどの闇のモヤはないし、魔物はいるけど多くはない。少し拍子抜けするくらいだ。
「ふふん。なんか思い出して、アタシのありがたみを実感したみたいだね!」
先頭を歩くキジーが振り返り、俺たちに得意げな顔を向けた。臆病なはずの彼女が、こんなにも堂々と先頭を歩いていることに感心する。
彼女の背中が頼もしすぎて、すこし逞しく感じるくらいだ。いつも助けてくれる彼女に、極上の賛辞を贈りたい。
「やっぱりキジーはすげーよな。よっ! 魔導士界の革命児!」
「それ、褒めてるんだよね?」
「俺がキジーと出会えて、どんだけ喜んでるかわかる?」
「わかんない」
キジーは顔をしかめてそう言うと、またスタスタと先頭を歩きはじめた。どうにもキジーは俺の賛辞を受け取ってくれない。だから俺は、また彼女のために肉を焼くつもりだ。肉なら喜んで食べてくれるだろう。
「それにしても……。結局、あの迷宮にはだれがいたんだろうな」
俺はそう呟いて、チラリとミラナのほうを見た。慌てて目を逸らすミラナに、俺はちょっと寂しくなる。いまのは照れているというより、なにか隠しているときの顔だ。
彼女は今日も、肩に黒猫のライルを乗せている。ライルも俺の視線に気付くと、とぼけたように横を向いた。ムッとして口をとがらせる俺。
キジーがベルさんの猫だと言っていたけど、まるで俺たちを監視しているかのような、不思議な猫だ。
いろいろ気になるけど、ミラナは、俺に約束してくれた。このテイムが終われば、なんでも隠さず話してくれると。俺はその言葉を信じている。
――だから俺、慌てねーよ。とにかく、いまはネースさんのテイムに集中だ。
自分にそう言い聞かせているうちに、俺たちはネースさんが封印された部屋に辿りついた。
「ここか……」
長い廊下の先に広間が開けていた。壁には金属の扉がひとつだけ埋め込まれている。ノブも鍵穴もなく、開きかたはわからない。きっとこれは封印に施された幻覚魔法なのだろう。
部屋のなかは海だと言うキジー。ネースさんがなってしまったヒドラスは海蛇の魔物らしい。頭が六つもあるというのだから、かなり巨大なのは間違いないだろう。
三百年前のネースさんを思い出す。ひょろひょろとした長身の体、海のように青い髪は確かに海蛇を連想させるかもしれない。端正な顔は蒼白くて、いつもなにかに怯えているようにも見えた。
いよいよだという気持ちで、俺は深く息を吐いた。ネースさんは元気だろうか。たとえ元気でも、俺たちはこれから、みんなで彼をボコボコにし、弱らせなければならないのだ。
傷つき苦しむ仲間を見るのは本当につらい。緊張で俺はゴクリと喉を鳴らした。
「ネースはあぁ見えて、戦闘に出ると強かったからな……」
シェインさんは懐かしそうに遠くを見詰めている。ネースさんと共闘する機会は少なかったけど、真剣なときの彼は頼もしかった。また仲間になれれば心強い。
「ヒドラスが攻撃で弱ったり、沈静化魔法でおとなしくなったら、捕獲魔法を試すので、一度攻撃を止めてください」
「なるほど。殺さないように手加減しながら弱らせればいいんだね」
「ネースの行動なんて、想像もつきませんもの。気をつけなくてはいけませんわね、にぃさま」
ミラナはテイムの手順を説明すると、魔笛をかまえ俺たちに調教魔法をかけた。
シンソニーとシェインさんが攻撃モードで、俺とベランカさんは防御モードだ。
テイムがはじめてのシェインさんとベランカさんは、やはり少し緊張している様子だった。
彼女の使う調教魔法は、闇の力で魔物の心と体を操る。魔物の能力を覚醒させたり、行動を制限したりすることができる、嬉しくも恐ろしい魔法だ。
戦闘支援としての調教魔法には、攻撃モードと防御モードがある。
攻撃モードになった魔物は、闘志が湧きたち、力や素早さなどがあがる代わりに、回避や防御などの行動がほとんどできなくなる。
そして防御モードは、俺のようなお調子者でも冷静に敵の攻撃を予測し、防御に集中することができるなんだかすごい魔法だった。
判断力や反射神経などがあがる代わりに、防御を主目的とした攻撃しかできなくなるけど、今日の俺に攻撃は必要ない。
なぜなら水中のネースさんには、炎攻撃の効果が薄いからだ。俺の役目はミラナを守り抜くこと! 俺は拳に決意を込めた。
ミラナは落ち着いて見えるけど、彼女の心のうちは見た目とは違うことも多い。特にこんな真顔を作っているときは、ちょっと緊張している証拠だ。
前回は大勢の助っ人が来てくれたから、俺たちだけで挑むのは少し不安なのかもしれない。
だけど、今回は相手もネースさん一人だけだし、俺たちにはシェインさんとベランカさんがいる。やっぱりこの二人は心強い。
ひきこもりのわりに、みんなで遊ぶのが好きだったネースさんを、俺たちの家に連れて帰りたい。
ミラナの緊張は、俺がほぐす必要があるだろう。
「じゃぁいこっか! お願いキジー」
「あいよ! 上級解除魔法・クラックシール!」
キジーが封印解除魔法を使うと、金属の扉に亀裂が入った。かたいはずの扉がゆらゆらと揺らめいて見える。不思議な感覚に襲われながら、俺たちはその亀裂から室内に入った。




