121 地下空洞の決戦1~希望の光~
改稿しました(2024/12/5)
場所:怪しい屋敷(地下空洞)
語り:オルフェル・セルティンガー
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地下空洞に落ちてから、どれくらい時間がたっただろうか。すっかり口数が減った俺たちは、ただ黙々と足を動かしていた。
ここは想像を超えるスケールの地下大迷宮だ。
切り立った断崖、穴底の地下川。どこから魔物が襲ってくるかもわからない。俺たちはそんななか、闇のモヤの深いほうへと歩いてきたのだ。
「カートル地形だよ。石灰岩が水に溶かされてできたもらね」
「広いし複雑すぎだね……」
「気をつけねーと落ちそうだぜ」
「この崖、高さ百メートルはあるもらよ。落ちたら終わりもら」
「ひぇー!」
洞窟のなかは、鍾乳石や石筍が氷の彫刻のように輝いている。美しくて目を引くけど、いまの俺たちにとってはただの障害物だ。
視界はほんの数メートル先まで。俺たちは愛のベールの、ほのかな光を頼りに進んだ。空気は湿って重く、風が耳を刺す。どこに行っても同じような景色だ。罠や呪いはないけど、それでも十分に恐ろしい。
――はぁ、最悪だ! さっきの迷宮よりひどいんじゃねーか。このままじゃ全員終わりだぜ……。
俺たちはモヤの発生源を探していたけど、いまは闇のモヤから逃げ出したい気分だった。だけど、出口が見つからないのだ。
「あっ! 見て、梯子があるよ!」
そんなとき、シンソニーの声が響いた。俺は驚いて顔をあげる。暗闇の奥で手を伸ばす彼の瞳が輝いている。それはきっと希望の光だ。
「あそこから、地上に上がれるんじゃないかな?」
「おぉっ! すげーな、シンソニー!」
「シン君、すごぉい☆」
笑顔を見あわせる俺たち。岩壁にかかっている白い梯子が見える。新しいのか、錆びた様子もなくしっかりしていそうだ。その上には扉が見えている。
「まさかこんなところに梯子があるなんてな! あれはきっと地下からの出口だぞ! なぁ、ネース!」
「あやしさ満点もらね」
「どうせ迷ってるんだ。行くしかないぞ」
「わかってるよ。ただ、魔力を充填してから登りたいもら。ここは闇のモヤの中心に近いはず。あそこが、発生源の可能性は高いよ」
「あぁ、早くしろ!」
水大砲に魔力を込めるネースさんを、ハーゼン大佐が急かしている。
「イザゲルさんたちがいませんように☆」
「うん、登るしかないからね。僕たちも信じよう」
エニーは祈るように両手の指を組み、シンソニーもこくこく頷いた。不安はあるけど、ほかに選択肢はないのだ。
「よし、いくぞ!」
「「「はい!」」」「了解もら」
梯子に向かって歩きだす俺たち。
そのときだった。
――キュオーーン!――
――あの鳴き声は……!
聞き覚えのある咆哮に、俺たちは目を見開いた。地面が揺れている。石がパラパラと降ってくる。
そして梯子のそばの空洞から、黒くて巨大な魔物がゆっくりと現れた! それは狂気に染まる赤い目を血走らせながら、俺たちを威嚇するように咆哮する!
「あっ、あれは……」
「クルーエルファントだ……」
「何度見ても大きいな……」
六本の牙は刃物のように鋭く、皮膚は鎧のようにかたい。鼻から吹き出す熱い息。一匹だけど、十メートルを超える巨体は山のようだ。
クルーエルファントは巨大な耳をバタつかせながら、長い鼻を振り回し、地面を叩きつけている。どう見ても戦闘態勢で、いまにも俺たちに突進してきそうだ。
故郷を襲い、家族を殺した憎き魔物の姿に、俺たちは息を呑みこんだ。どんなに時間がたっても、あの悲しみは忘れない。
――くそー! 出やがったな!
俺は怒りに震えながらも声を殺した。叫びたい。だけど、叫んで飛びかかったのでは、いままでと同じだ。
梯子を守るように立ちふさがるクルーエルファント。
こいつはもしかすると、あの顔の見えない闇魔導師の命令を受けているのだろうか?
「ニニ、シン。オレは、あの梯子のうえを確認しにきた……。ここまできて、引き返すことはできない。引き続き浄化を頼めるか?」
「もちろんです、ハーゼン大佐。ニニもそのために来ました」
「僕も、覚悟はできてます」
クルーエルファントを見据えながら、詰まった声を出したハーゼン大佐に、シンソニーとエニーが頷いた。
「オル、おまえはやる気だよな」
「当然です、ハーゼン大佐」
「逃げるわけにいかないもら」
互いの気持ちを確認しあう俺たち。
この梯子の上には、いったいなにが待ち受けているのだろう。俺たちは真実を知るため、この魔物と戦わなくてはならなかった。
「ニニ、シン。浄化範囲を広げてくれ。あれと戦うには、狭すぎる」
「「はい!」」
エニーの震える手のなかで、浄化装置がカタカタと音を立てた。シンソニーは彼女の手を包むように、そのうえから手を重ねている。
浄化装置に魔力を送る二人。だけどそこに、いままでのような微笑ましい空気はない。俺たちはいま、死と隣りあわせているのだ。
「ニーニー、本当に大丈夫?」
「うん。逃げないょ、シン君」
二人は互いを見詰め、覚悟を決した瞳で励ましあった。
ネースさんがダイヤルを回すと、愛のベールが地下空洞に広がっていく。光に弱い魔物はキラキラと輝くベールから逃げ出していった。
これなら戦闘にも余裕ができるかもしれない。だけど、エニーたちの魔力は限られているのだ。
俺たちはクルーエルファントを倒し、素早くモヤの発生源をみつけて、モヤのない場所まで逃げなければならない。
焦る気持ちを抑えるように、俺はクルーエルファントをしっかりと見据えた。




