120 魔法迷宮~呪われた屋敷の罠~
改稿しました(2024/12/4)
場所:怪しい屋敷(地下空洞)
語り:オルフェル・セルティンガー
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扉を開け中に入ると、そこはまるで幽霊屋敷のようだった。赤い絨毯の敷かれた階段が、豪華さと威圧感を感じさせる。壁には時代を感じる油絵や曇った鏡が飾られていた。
鏡に恐ろしい化けものが映るとか、絵画が突然しゃべりだすとか、そんなことが起きそうな雰囲気だ。
――本当にだれもいねーな……? このままだれも出てこねーことを祈るぜ。
人の気配が感じられなくて安心する俺たち。まっすぐな廊下の扉をひとつひとつ開けて、部屋のなかを確かめていく。
だけど俺たちは、気が付くと迷っていたのだ。
どこまでも続く廊下を前に、俺は絶望感を覚えた。冷たいグレーの石壁には、無意味な飾り彫りが刻まれているだけだ。
埃が舞っており、長い間人の手が触れていないことがわかった。廊下はいくつにも分岐しており、まるで迷路のようだった。
「四角い廊下ばっかりで、窓ひとつないな……」
「蜘蛛の巣だらけもら……」
「入り口は豪華だったのに、いつの間にこうなったのかな?」
シンソニーは浄化装置を持っているエニーのそばに寄り添い、不安そうにあたりをキョロキョロしている。
「おかしいな、ここ、さっきも通った気がするぜ?」
「もう、どっちから来たのかわからないよ……」
闇雲に歩く俺たち。すでに方向感覚はない。不気味に響くのは、俺たちの足音だけだ。
「魔力で作られた迷宮みたいもらね」
「そんなことできるやつがいるのか?」
こんなに広い空間を変え建物を作るなんて、普通の魔法使いでは不可能なことだ。みなの口から驚きの声が漏れている。
「よほど膨大な魔力がないと、こんなものは実現しないもらよ」
ネースさんが首を横に振る。
懸命に手がかりを探す俺たち。そのとき、突然ガスン! という音が響いた。驚いてみ回すと、前後に壁が立ちあがっていた。俺たちは閉じ込められてしまったのだ。
「うぉぉりぁぁ! ウォールコラプス!」
俺が「なんだっ?」と思うより早く、ハーゼン大佐は行動に移った。斧を振りあげて呪文を唱えると、壁の一部が粉々になる。
それは強力な土属性魔法で、石や土などの自然物でできた障壁を崩すことができた。分厚く堅牢な壁が砕ける様子に圧倒される。ハーゼン大佐の技は本当に力強い。
「罠だ! ここから出るぞ!」
崩れた壁の穴から外に出たハーゼン大佐は、近くにいたネースさんを引きずり出した。シンソニーもエニーを穴から押し出すと、大慌てであとに続いた。
穴にシンソニーを押し込むと、壁や床から炎が吹き出し、俺はそれに包まれた。通路を真っ赤に染める火柱。充満する熱気と煙。
「オル君!」
俺が炎のなかに消えると、エニーの慌てた声が聞こえてきた。だけど俺は炎の化身、オルフェル・セルティンガーだ!
「はっはー! 全然平気だぜ」
「フィネーレの加護とボクたんの装備で炎耐性究極状態もらね。炎のなかで鼻歌歌えるレベルもら」
「オル君、すごすぎた☆」
「オル、見てるこっちが熱いぞ」
俺がヘラヘラと穴から出てくるのを見て、エニーとネースさんが驚いた。ハーゼンさんは呆れた顔で俺を見ている。シンソニーは、見慣れているせいか無反応だ。
だけど、この罠が電撃や斬撃だったら、俺はひとたまりもなかっただろう。ホッとすると同時にゾッとする。
「火炙りの罠だな」
「最悪。悪趣味だよ」
「どうやらこの廊下、罠だらけもらね」
屋敷の通路には恐ろしい罠が満ちていた。
飛び出す矢、動き出す床、落ちてくる鉄球!
俺たちは反射と魔法でそれらをかわしたけど、もうどこにいるのかもわからなくなっていた。出口も入り口も見当たらない。
ハーゼン大佐がヤケになってあちこちの壁を壊したけれど、どこに行っても同じ廊下が続き、不思議なほど迷ってしまう。まるで迷宮のなかに閉じ込められたようだった。
「はぁ、はぁ。なんだここ」
「シン君どうしよぅ。完全に迷ってるょ」
エニーがシンソニーに寄りかかっている。彼女はいつも明るく元気に振る舞っているけど、いまは怖くてたまらないようだ。シンソニーがエニーの手を握りしめた。彼も息を切らしているけど、彼女を守ろうと頑張っている。
「壁を壊しながらまっすぐ進んでも迷うなんて、おかしすぎだぜ……」
首を傾げる俺。方向感覚は自信があったのに、この屋敷では意味がないようだ。
ネースさんの作った浄化装置には、エニーとシンソニーの魔力を定期的に補充する必要があるのだ。いつまでも迷いつづければ、そのうち二人の魔力が切れ、俺たちは闇のモヤに呑まれてしまうだろう。
「どうやら呪いがかかってるもらね」
「呪い?」
「人を迷わせる呪いもら。方向感覚や記憶を狂わせたり、実際に空間を捻じ曲げたりしてる。かなり恐ろしいよ」
「えぇ……」
分析するネースさんの声は冷静だった。だけど、俺たちの顔は青い。
ぐるぐると回るコンパスの針。それは本当に動いているのか、それともそう見えているだけなのか。
もうなにも判断できない。目が回りはじめ、吐き気もしてきた。
「なんか、頭が混乱してきたぜ……」
俺がそう呟いたとき、石畳の地面が崩れ、足元に大きな穴が開いた。
俺たちは悲鳴をあげながら、暗闇のなかに落ちていった。
「「うわぁぁぁ!」」「キャー!」
「風よ、吹きあげ翼になれ! ウィングウィンド」
穴の底から風が吹きあげて、白い翼が俺たちの背中に生えた。俺たちは風の力で空中に浮遊する。髪やマントがハタハタとひらめいた。穴口から差し込む光が翼にあたってキラキラと輝いている。
「ゆっくり降ろすよ」
シンソニーの声は落ち着いていた。頼もしい声だった。五人同時に魔法をかけるなんて、学生のころなら絶対できなかっただろう。
シンソニーとエニーは天使のように微笑みあっている。ゆっくり穴を落ちていく俺たち。穴底に着地すると、翼はすっと消えてなくなった。まだ少し胸がドキドキしている。
「みんな大丈夫?」
「シン君ありがとう☆ 潰れるとこだったょ」
「助かったぜ。シンソニーの風は宇宙一だな。心まで軽くなったぜ」
「しかしなんだ? さっきまでより、さらにやばい気配がするぞ」
「ここ、いったいどこなんだろう?」
周りを見渡すと、薄暗くて湿っぽい地下空洞だった。迷宮の呪いを脱したのはいいものの、未知の空間に不安がよぎる。
息を整え、あらためて周囲を見渡すと、昆虫やコウモリなどの姿をした魔物が多数うごめいているのが見えた。
魔物たちはみな殺気立ち、俺たちに殺意を向け唸り声をあげている。かなり不気味ではあるけれど、炎には弱そうだから一安心だ。
「僕ここ苦手かも」
「大丈夫だ! 俺がいるぜ!」
「シンとニニはベールのために魔力温存だ。近付いてくるのは俺たちで倒すぞ」
「「了解!」」
そのとき、どこからか矢が飛んできた!
とっさにトリガーブレードで切り落とすと、かなり遠くに魔物が見える。弓を構えた白い魔物だ。
――カチャン、カチャン――
不気味な音が暗くて冷たい空間に響く。骨だけの魔物、キラーボーンだ。キラーボーンは光が嫌いらしく、愛のベールには近寄らない。離れた場所から岩壁に身を隠しつつ、正確に矢を放ってくる。
「オル、おまえのファイアーボールであれを倒せ」
ハーゼン大佐が試すような目で俺を見ている。
魔物との距離は約三十メートル。通常なら、ファイアーボールの射程は十八メートルが限界とされている。
だけど俺の弱腰ファイアーは、なんとその二倍近く飛ぶのだ。
「了解! これをくらえーーっ!」
俺は片手を前に突き出し、弱腰ファイアーを放った。
それは俺の手から飛び出すと、俺の意志に従い動きはじめる!
――ファイアーボールは、撃ってからが勝負だ!
飛んでいく火炎球に集中し、さらに魔力を注いでコントロールする。
――もっと早く、大きく……。そこで曲がってドーン!
火炎球はどんどん大きくなり、途中でグンッと速度を増して岩壁をかわし、目標に命中して破裂した。
轟音と衝撃波が広がっていく。もくもくと立ち上がる煙のなかで、骨の魔物はガチャッと音を立てて崩れ落ちた。
「見たか! これが思春期の思い込みの力だ!」
「わぁ、オル君のファイアーボールやっぱりすごいね☆」
「あんなの、誰も避けられないよ」
「ふっふっふ。まぁなっ!」
俺のファイアーボールに、エニーがまた目を丸くしている。
その飛距離は異様に長く、大きさも早さも変幻自在なのだから、驚くのも無理はない。
この変化する火炎球は、死んでしまったグレインに勝つため、俺が独自に編み出したものだ。
上達しすぎた理由が気恥ずかしくて、俺はずっと秘密にしていた。
だけど噂好きのシンソニーが、ついついクラスメイトに話してしまったのだ。
噂はすぐに学校中に広まり、俺はローラ大佐にジックボール部に引きずり込まれることとなる。
こうして俺は、さらにこの技術を磨き抜くことになったのだった。
「期待以上だ。あんな曲がりかたするファイアーボール、見たことないぞ」
「もはや、それ、放出系魔法じゃないよね」
「ここまでくると怖いもら」
「かっこよかったね☆」
「そんなに寄ってたかって褒められると照れ臭いぜ! まぁこれ見たら女子はだいたいキャーって言うけどなっっ」
褒められてつい調子に乗る俺。
俺たちは絶え間なく襲ってくる魔物たちに応戦しながら、地下空洞から抜け出す道を探した。




