119 噂の館~フレイム・ジオラヴァ!~
場所:怪しい屋敷
語り:オルフェル・セルティンガー
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俺たちは闇のモヤ漂う森を進んだ。足元には生い茂る草木が絡みつき、視界には枯れ枝や落ち葉が散らばっている。
森の奥には、廃墟のような屋敷がぼんやりと見えていた。その屋敷に向かって歩く俺たち。近づくにつれて不気味なモヤは濃くなり、周囲は夜のように暗かった。
――この気配、王都が消えたときの……?
あのときのような圧倒的な威圧感はないけれど、なにか似通った恐ろしさを感じて、俺たちは背筋が凍るような恐怖感に襲われた。
俺は無意識にトリガーブレードを握りしめた。ネースさんがくれたこの武器は、トリガーを引くと剣先が鋭く光り、ヴォン・ヴォンと賑やかな音を立てる。
おもちゃみたいだと言われたりもするけど、その音は俺にいつも勇気を与えてくれた。
エニーとシンソニーは手と手をあわせ、また浄化装置に魔力を注いだ。
「この装置本当にすごいな。こんなに魔力を安定させられるなんて」
「うん、シン君のおかげだょ☆」
「ニーニー、装置を作ってくれたのはネースさんだよ?」
「だけど、シン君がいないと、こんな怖いところに来れないょ」
「きみがいる場所なら、僕はどこにでも行くよ」
「シン君☆」「ニーニー!」
恋人になったばかりの二人は、こんな場所でもイチャイチャしている。
だけどシンソニーの優しい雰囲気と、エニーの明るさがこの重い空気を和らげてくれた。
ハーゼン大佐とネースさんも、微笑ましい二人に口元が緩んでいる。
『愛のベール』に包まれながら、俺たちは目の前に立ちはだかる、怪しい屋敷を見上げた。
どうやらここが、闇のモヤの発生源のようだ。グレーの石レンガで作られた四角い建物のまわりが、棘のついた塀で囲まれている。
周辺の草木は焦げたように黒く立ち枯れて、まるでバケモノ屋敷のようだ。
そして、塀にある入り口の門には、見覚えのあるゾウの紋章が彫り込まれたレリーフが飾られていた。
やはりここは、あの有名なおもちゃの研究家、アジール博士の研究施設なのだろうか。
「ゾウの紋章が……」
不安げに呟くネースさん。その背中を、ハーゼン大佐が励ますようにバシッと叩いた。
「こんな寂れた屋敷だ。これぁ、人間は住んでないぞ! きっとアジール博士が放棄した屋敷に、やばい魔物が住み着いたんだ。確認するぞ、ネース」
ハーゼン大佐の言葉にネースさんがこくこくと頷く。
怪しい噂の飛び交うアジール博士だけど、俺たちは子供の頃、ずっとこの人の作った素晴らしいおもちゃで遊んでいたのだ。
こんな怪しい屋敷に、その人がいるとは俺も信じられない。
「すみませーん、お邪魔します。だれかいませんか?」
「こんにちはー! ちょっとお話を聞かせていただけませんかー?」
屋敷の入り口についた俺たちは、一応そんな声をかけてみた。だけど、なかからはなんの返事もない。
黒い鉄柵の門を押してみると、施錠されておらず普通に開く。
俺たちはエンベルトの罠を警戒し、キョロキョロしながらも門を潜った。長い間手入れされていないような、荒れはてた庭がある。
荒れてはいるけれど、もともとは豪華な庭だったようだ。立派な石像や、フラワーアーチ、テーブルセットにブランコなんかも置かれている。
だけど、どれも最近使われたような形跡はなく、錆びたり壊れたりして風化していた。
「だれもいないのかな?」
「グルルル……! ウォン! ウォン!」
「うわっ、番犬がいっぱいだぜ」
門を入って数歩進んだところで、庭の奥から首輪をつけた番犬が十匹ほど飛び出してきた。
真っ黒な体に鞭のような尾を持つ、ずいぶん凶暴そうな犬だ。牙をむき出しにし、唸りながら俺たちを取り囲む。
だけど俺たちは、このモヤを吐き出しているものがなんなのかを、確認しに来ただけなのだ。
「まてまてっ。おまえたちの飼い主に危害を加える気は……」
俺は犬をなだめようとした。だけど、そいつは勢いよく俺に飛び掛かってきた。
「ヘキサシールド!」
反射的に防ぐ俺! 猛犬たちはシールドに激突しては、恐ろしい唸り声をあげている。
敵意がないことを示したかったけど、ちょっと犬が凶暴すぎる。
「おいおい! なんなんだこいつら!」
シールドが消えてしまい、俺は犬の牙が腕に食い込むのをかろうじて避けながら、しかたなくトリガーブレードで反撃した。
「オルフェ! これ、ただの犬じゃない! これ魔犬だよ。異様に筋肉質だし背中になんか刺みたいなのが生えてる! 目も血走って光ってるし……」
「こいつらはナイトファングもらね……。あの噛み付き攻撃は単なる物理攻撃じゃない。牙から闇の力が流れ込んで、呪いや病気を引き起こすもら。毒の場合もあるし、痛みや発熱、麻痺の場合もある」
「噛まれたらたいへんだ。ヒールで呪いは治らないよ」
「げげ。くらいたくねーな!」
俺は再びヘキサシールドを出し、周囲にいる魔犬を弾き飛ばした。魔犬は空中で身を翻し、軽やかに着地してまた吠える。
「弱点は光だけど、狂ってるから浄化範囲に入ってくるもら」
「オル! なかに入れるな! ニニたちの魔力消費が増える!」
「はいっ!」
魔犬が俺たちに向かって一斉に吠えると、どんどん仲間があつまってくる。
――しょうがねぇ、やるか!
俺はベールから出ないように気をつけながら、次々にそれらを切り倒した。
だけどかなり数が多く、動きもすばやい。あっちを防げばこっちから入ってくるといった状態だ。
「オル君、追いかけちゃダメだょ!」
俺が愛のベールから出そうになると、エニーが声をかけてくれた。
だけどこの空間は、いつも飛び回っている俺には狭すぎる。
――くっそー、調子でねー!
――なんってしつこい犬だ! これじゃ防ぎきれねーぞ!
俺が額に冷や汗をかいていると、ハーゼン大佐が呪文を唱えた。
「拘束だジゾルデ! タングルオブソーン!」
「「キャウゥン!」」
地面から伸びてきたイバラが、魔犬たちを拘束する!
だけどすぐにイバラは枯れ、魔物が抜け出してしまった。どうやら闇のモヤのせいだ。暗闇にブチブチというイバラの切れる音が響いている。
「くっ。イバラはダメか」
「くっそー! ちょこまかすんな!」
――ヴォン・ヴォン・ヴォン!――
俺は集中力をあげようとトリガーブレードのトリガーをひいた。とたんにナイトファングたちが飛び退いて、目を見開いたまま固まった。少し怯えたような顔をしている。
ワンワンうるさいやつらだけど、大きい音が苦手のようだ。
「ハーゼン大佐! こいつら、音で追い払えそうですよ!」
「よし、オル、ネース! 三人で連携魔法だ! ド派手なやつで追い払うぞ!」
「火・水・土でド派手といえば、あれですね!」
「えっ!?」
「「現れよ、炎の岩塊! フレイム・ジオラヴァ!」」
俺とハーゼン大佐が声を合わせて呪文を唱えると、魔犬たちの頭上に魔法陣が浮かび上がった。それは火と土の魔力で、オレンジ色に輝いている。
そして魔法陣の中から、まるで溶岩のように赤黒い巨大な岩が現れた。表面には赤い亀裂が走り、強烈な熱気が立ち上がっている。
「ウォッ、ウォーターキャノン!」
――キュイーーーン!――
ネースさんはそれを見上げると、そこに青い光を放つ、水の砲弾を撃ち込んだ。
――ドゴーーーン!――
熱い岩が急激に冷やされて砕け散り、爆音とともにガンガンと魔犬たちに降り注ぐ!
ナイトファングたちは逃げまどいながらも飛んできた破片に撃ち抜かれ、断末魔をあげて消えていった。音で追い払うつもりが、全部倒してしまったようだ。
「ヘキサシールド!」
俺は自分たちに降りかかってきた岩の破片を素早く防いだ。
「ふぅ、やったぜ!」
「はっはっは! オレたち息ぴったりだな!」
「いきなりすぎもらよ。魔力充填量とかいろいろ確認してから始めて欲しいもら」
「まぁ、そう言うなネース!」
豪快に笑うハーゼン大佐に、ネースさんが不満そうに口を尖らせている。
フレイム・ジオラヴァは派手で有名な連携魔法だけど、普段戦闘に出ないネースさんは初めて見たのだろう。だけど、咄嗟に察して合わせてくるところはさすがすぎる。
「シン君、いまのかっこよかったね☆」
「本当だね、ニーニー。めったに見れないよね」
楽しげに囁き合う二人。どうせならもっといい場所で、安全にデートさせてやりたい。
そんなことを思いながら、俺たちはまた足並みを揃えて移動し、その寂れた屋敷に足を踏み入れた。




