113 ヒリヒリ~胸の穴と二人の後輩~
場所:オトラー本拠地
語り:オルフェル・セルティンガー
*************
「あ……。ここは……」
ぼんやりと目を開けると、真っ白な天井が目に映った。
壁には色鮮やかなタペストリーが飾られ、木製の薬品棚には、さまざまな色や形の瓶がぎっしりと並べられている。
――オトラー本拠地の医務室か……?
――そうだ、俺、盾から出た光線に撃ち抜かれて……。
俺がベッドに上半身を起こそうとすると、両腕がなにか柔らかいものに包まれた。
見下ろすと、オトラー義勇兵のイソラとアリアンナが俺の腕にしがみついている。
「よかった! オルフェル先輩!」
「なかなか目覚めないから心配しましたよぉ~!」
二人はカタ学の後輩で、どうやら俺に憧れているようだった。
「ん? 俺そんな寝てたの?」
「もう、ケガしてから五日たってますよ?」
「えぇ!?」
――俺が五日も寝てたなんてな……。まぁ、正直、今度こそ死んだと思ったからな……!
遠征していたレーギアナの森で、ブラインディングレイに撃ち抜かれてから、俺はずっと眠っていたらしかった。
いつの間にか本拠地のあるオトラーに運ばれている。
「そうか。悪いな、心配させて」
そう言ってあらためて二人の顔をみると、二人とも瞳に涙がたまっている。
俺のシャツを握る二人の手が、少し震えているようだった。
「もう! 先輩無茶しすぎなんですから! あんなに敵陣に突っ込んで……。いつも言ってますけど、自分の命も大切にしてください!」
「ほんとですっ! エンベルトが憎いのはわかりますけど……」
イソラが震える声でそう言うと、彼女の瞳からこぼれた涙が、俺の脚の上に落ちた。
アリアンナも厚めの唇を尖らせながら、片手で涙を拭いている。
可愛い後輩二人に泣かれてしまい、俺は胸が熱くなった。
俺には義勇軍に誘い込んだ仲間を守る責任がある。
憎い相手だからと、無防備に突っ込んで死ぬことは許されない。
それは俺自身、十分わかっているつもりだった。
だけど俺だって、使命感や責任感だけで、常に冷静でいられるほど大人じゃない。
多くを失った喪失感は、文字どおり俺の胸に大きな穴をあけていた。
それにあの日、俺が見た騎士たちの姿は、あまりにも情けなく思えた。
騎士を目指していた俺は当然のように、あの人たちを尊敬していたのだ。
イニシスの誇りだった彼らが、落魄れた姿を見せると俺は憤りを感じる。
俺の心は荒れはて、未来も希望も見えなくなる。
ヒリヒリする胸の傷に手を当てると、イソラたちが不安げな顔をした。
「先輩まさか、死んでもいいなんて、思ってませんよね?」
「ま、まさか! おまえらみたいな可愛い後輩がいんのに、そんなこと思うわけねーよ?」
「本当ですか?」
「あぁ。二人とも、オトラーのためにいつも頑張ってくれてありがとうな」
「当然ですよ。私たちは仲間ですから!」
「私こそ感謝してますよ! 闇属性をかくまってくれるのは、オトラーだけですから」
「私たち先輩についていきますから、これからも一緒に戦いましょうね!」
「おぉ。頑張ろうぜ!」
まだ少し体は重いけど、可愛い後輩たちに励まされると元気が出てきた。
胸の穴はでかいけど、彼女たちのためにも前を向きたい。
「だけど、あんな薄い盾から、光線が飛び出してくるなんて思いませんよね」
「確かにあれは驚きました。あんな薄い魔道具から、あんな強烈な光線が出るなんて……」
「私も、なにか出ても、せいぜい目くらましくらいかと思ってました」
「まぁな……。でもやっぱり、俺は油断しすぎてた。反省してるぜ……」
俺は光線に撃ち抜かれたときの情景を思い出し、あらためて自分の不注意を悔やんだ。
心配をかけた仲間たちにも申しわけない。
「あんな魔道具が存在するなんて怖いですね……」
「あれ、アジール博士が開発した兵器らしいですよ」
俺を挟んで向かい合っている二人が、顔を見合わせ身震いしている。
おもちゃで有名なアジール・レークトン博士は、国王軍の兵器開発第一人者でもあった。
味方なら頼もしい彼の兵器だけど、敵に回すとまったく恐ろしいものだ。
だけど俺たちは、まだまだあんな武器や兵器と戦わなくてはならないのだろう。
「ハーゼン大佐も、昨日からようやく目が見えるようになったんですよ。ブラインディングレイの目くらまし効果がなかなか消えなくて」
アリアンナがそう言ったとき、医務室の扉が開いた。
「オル、やっと目が覚めたか。あとでシェインたちと話しあいをする。参加してくれ」
「あ、はい……」
なんだか顔色の悪いハーゼン大佐が、扉の隙間から顔をのぞかせ、それだけ言って去ってしまった。
俺がポカンとしていると、アリアンナが少し言いにくそうに、エンベルトが言い捨てていった情報を教えてくれた。
闇の大精霊マレスがゾウの魔物クルーエルファントを産みだし、イザゲルさんがそれを操って、イコロを襲撃したという情報だ。
ハーゼン大佐の顔色が悪いのも頷ける。
彼は国王派からイザゲルさんを守るため、オトラー義勇軍を使い、追放反対派の国を作ろうとしているのだ。
そのイザゲルさんが、イコロ村襲撃の犯人だなんて、考えたくもないだろう。
俺だって、同郷の彼女に親を殺されたなんて、できれば信じたくない。
たとえ彼女がデモンクーズを使った反動で闇に堕ち、正気を失っているのだとしても、許せるという自信はなかった。
だけどそれ以上に、いまはもっと差し迫った問題がある。
クルーエルファントは、あれからもしばしば領地内外の村に現れ、多くの被害をだしているのだ。
オトラー義勇軍には、クルーエルファントに家族を奪われた人たちが、何人も在籍していた。
このままでは、イザゲルさんを擁護してきたこの義勇軍自体が、空中分解しかねない。
そうなると、俺たちが守っている闇属性魔導師たちは、また迫害に遭ってしまうだろう。
「そうか……。なんにしても、イザゲルさんは早く見つけねーとな」
「オルフェル先輩……」
俺が深刻な顔をしていると、イソラは不安げに俺を見あげた。闇属性の彼女は、俺よりショックが大きいのかもしれない。
俺は彼女を励まそうと、その小さな肩に手を置いた。
「大丈夫だイソラ。たとえイザゲルさんがすげー悪さしてたってさ、闇属性の魔導師がみんな悪いわけじゃねーって、わかってんのがオトラーだろ。俺はオトラーの仲間たちを信じてる。イソラも信じてくれ」
「はい……!」
イソラが頷くと、アリアンナは向かいに座る彼女の手を握り、彼女に優しく微笑みかけた。
彼女も闇属性の魔導師に偏見を持たず、いつだって平等に扱っている。
「そうだよ。これ以上闇のみんなは苦しめさせない。私たちが守るよ」
「ありがとう、アリアンナさんっ」
「あれ、なんかふたり、俺の上で仲よくなってる?」
「はいっ。ここで毎日、楽しくお話してたので」
「「ねー」」
俺を挟んでここで話し込んでいた二人は、この数日で、すっかり仲よくなったらしい。
どうやら俺は、井戸端会議の井戸だったようだ。
そのあと、俺は医務室を出て、食堂で五日ぶりの食事を摂った。俺の周りに、仲間の義勇兵たちが集まってくる。
そして俺は、森の奥の怪しい研究施設に関する、恐ろしいうわさ話を聞いたのだった。




