112 巨大蛇~肉食って風呂入ってくれ~
場所:ローグ山
語り:オルフェル・セルティンガー
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ローグ山の遺跡の近くで、俺たちは野営の準備をはじめた。
苔むした岩肌を大きな滝が流れ落ち、その下に滝壺と虹を作っている。
滝壺に蓄えられた水は、さらに下の滝壺へと岩の隙間からこぼれ落ちていた。
耳障りのいい水の音が響いている。清々しいほど空気がよくて、綺麗な湧水をいくらでも飲めるのも都合がいい。
近くに恐ろしい封印の壁はあるものの、全体的には落ち着く場所だ。
キジーがご所望の風呂も炊ける。
俺は滝壺の端に岩を投げ込んで、また一角に風呂を作った。
道中で倒した魔物から手に入れた魔石に炎の魔力を込め、風呂の底に埋め込むと、水の温度があがってくる。
滝から流れ込んでくる水と混ざりあうくらいでちょうどいい温度だ。
魔石を使うと便利なところは、長時間一定の効果を持続させられるところだろう。これならスビレー湖の時のように、何度も沸かし直す必要がない。
魔石は持って帰れないくらい大量に手に入ったから、品質の悪そうなものなら使い捨てにしても問題ないだろう。
目隠しの衝立も設置して、暗くなっても入れるように、周りにランタン代わりの魔石も配置する。
ここまでしておけば、キジーが文句をいうことはなさそうだ。
今回テントは、シェインさんとベランカさんが組み立ててくれている。ベランカさんは子供の姿だけど、シェインさんと息がぴったりで、手際もいい。
まだ暗くなるまで時間があるから、今日は料理もゆっくりできる。
シンソニーがいまだに小鳥のままのため、ミラナの料理の手伝いも俺の担当だ。
ミラナが高原に生えていたキノコや、持ってきた野菜を刻もうとしているのを見て、俺はミラナに話しかけた。
「ミラナ、俺も野菜切るぜ」
「ひあぁっ!?」
「えっ?」
後ろから話しかけたせいか、ミラナがビクッと飛びあがった。驚かれたことに驚いて、俺のほうも少し飛びあがる。
ミラナは包丁が当たったのか、指先から血を流していた。
「おわ。そんなにびっくりしたの? ごめんな? 大丈夫?」
「あわ。うん、全然平気! ちょっとぼんやりしてたの。きゃぁぁっ」
傷を確認しようとミラナの手に手を伸ばすと、ミラナはまた後ろに飛び退いた。
野菜と包丁の乗った台が、ガチャンと大きな音を立て、芋がコロコロ転がり落ちる。
――えー!? なにこの反応……。やっぱり、昨日の質問攻めがまずかったか……?
俺が気まずい顔でかたまっていると、ミラナは自分の腰のバッグから、小さい小瓶を取り出した。
なかには薬草を練り込んだような、クリーム状の薬が入っている。
「すっ、すごいんだよ、この薬。これくらいのケガなら、塗った瞬間に治っちゃうのっ。前に休んでた間に、たくさん作ったんだよね! 完成したのも売ってるんだけど、やっぱり自分で作ると安いんだよっ。ほら、飲むタイプもあるの。あ、こっちは、毒消し薬。麻痺に効くのもあるよ! アンティニンっていうんだけどっ。シンソニーに攻撃してもらいたいときもあると思って、結構勉強して作ったんだよねっ」
バックのなかの薬を次々に取り出してみせながら、早口で話すミラナ。
聞いてもいないことを、なぜかどんどん説明してくれる。顔も赤いし、ものすごく動揺しているようだ。
「そうか、塗ってやろっか?」
ちょっと面白くなって、またミラナに手を伸ばす俺。
「だひゃ!」
「だひゃ?」
「大丈夫! 一人で! やるから!」
「わかった……」
真っ赤な顔で、血の滲む手を横に振るミラナ。多分俺のせいだから、あんまり遊んではいけないだろう。
――やっぱ、俺たち両思いだなっ♪
俺はそんなことを考えながら、自分で薬を塗るミラナを眺めた。
本当によく効く薬で、あっという間に傷が消えていく。
感心しながらじっと見ていると、ミラナは俺の視線を避けるように、じりじりと横を向いていった。
遊んではいけないと思いつつ、可愛くて目が離せない。
ミラナは薬をささっとバッグに戻すと、すっくと立ちあがって近くに生えていたハーブを摘みはじめた。
「ハーブがいっぱい生えてるから、お肉を香草焼きにしよっか」
「おぉ! それはいいな。キジーのために最高の肉を焼くぜ!」
ミラナがハーブを摘んでる間に、俺は肉を切りわけて串に刺した。
「いろいろ生えてたけどどれがいいかな? ルナリアにソラリス、セレニアもあったよ」
「そうだな……。これがいいと思うぜ」
ミラナが摘んできたハーブの匂いを嗅いで、俺はそこから一番香りのいいものをひとつ選んだ。
「これはソラリスだよ。陽の光で赤く染まるの。綺麗だよね。葉は小さいけどちょっとピリッとするよ」
「さすがミラナ。ハーブの達人だぜ! 知識量が半端ねーよ」
「えへ。それほどでもないけど……オルフェルの鼻の方がすごいよ。私もこれが、いちばん香ばしくてお肉にあうと思うの」
俺がほめるとミラナは照れくさそうに笑いながら、串刺しの肉にハーブを振りかけていく。
俺は火柱を発生させる魔法ファイアーピラーで火を起こした。
串を火の上にかざすと、肉汁とハーブのいい香りが広がってくる。
ミラナと協力して料理をするのはすごく楽しい。
「火加減は俺に任せとけ! 外はカリっと、なかはジューシーに焼きあげるぜ!」
「うん、お願いね。私はスープの準備をするから」
「まぁ、凝ったことをしているんですのね。いい香りですわ」
「楽しみだね」
ベランカさんとシェインさんも、テントの組み立てが終わって集まってきた。
俺はどんどん肉を焼き、皿の上に積んでいく。
「本当にジューシーだ。ハーブのおかげで冷めてもおいしいし、身体にもいいね」
「オルフェルもたまには役に立つんですのね」
楽しそうに並んで肉を食べるラブラブ兄妹を眺める俺。これならキジーも大満足だろう。
△
ミラナのスープができあがった頃、キジーが遺跡から戻ってきた。
「いたよ! 頭が六個の巨大海蛇、ヒドラス」
「わ、ネースさんだわ!」
「げげ! 頭六個!? くそー、頭の数で負けたぁー!」
俺がネースさんの頭の数に競争心を燃やしていると、子供姿のベランカさんが、憮然とした顔で言い放った。
「まぁ、イメージどおりですわね。せっかくの明晰な頭脳を幼稚で陰気な人格で無駄にしていたネースですもの。魔物化してもやっぱり頭を持てあましてますのね」
――ひぇー、ミラナ……。ベランカさん子供にしとくのやめねー?
ベランカさんとネースさんは同級生だ。昔からわりと喧嘩腰だったみたいだけど、そんなに仲が悪いわけではないと思う。
テイムが成功すれば、俺たちはまた、あの一室しかない貸し部屋でみんな一緒に暮らすのだ。
仲がいいはずだと思いたい。
「遺跡のなかはどうだった?」
「やっぱり、罠と呪いがいっぱいだったよ。アタシの探知魔法と解除魔法で、ヒドラスのいる隠し部屋まではまっすぐ行けるようにしてきたから、勝手に脇道には逸れないでね」
「了解っ」
「本当に、ありがとうね! キジー」
「キジー、ありがとう。お疲れ様。肉食ってゆっくり風呂入ってくれ」
ミラナがキジーの手を取って礼を言っている。
俺もキジーに礼を言って、最高の串刺し肉を手渡した。
「おぉ、お肉! なんかすごいいい香りだね!」
キジーは嬉しそうに、串刺し肉を頬張った。
△
「アジール博士の研究施設か……。あんなに罠を設置して、あちこち移転して、いったいなにしてたんだろうな」
みなが順番に風呂に入るなか、俺はまだ肉を齧りながら、ひとりそんなことを呟いた。
さっきから俺の頭には、じわじわと過去の記憶が甦ってきている。
オトラーの夜景を見たあたりから、いままでになく鮮明にいろいろな記憶が頭に浮かんできた。
俺がぶつぶつ独り言を言っていると頭の上からシンソニーが質問してきた。
「オルフェ、またなにか思い出したの?」
「あ、シンソニーそこにいたの……」
「またずいぶん考え込んでたよ」
「あぁ。やっぱり俺たち、三百年前に、アジール博士の研究施設に行ったのかも」
俺がそう言うと、シンソニーは「ピピッ!」と声をあげながら、俺の頭の上で飛びあがった。
「ピー! やっぱり僕たち、アジール博士のモルモットだったの? あわわ。聞きたくなかった~!」
「あ、いや。そうじゃなくてさ……」
俺は、今思い出した記憶をシンソニーに語った。それは、森の奥の研究施設についての、恐ろしい記憶だった。




