111 爆進~最強の三頭犬~
場所:レーデル山
語り:オルフェル・セルティンガー
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「ピッ!? さすがにそれはダメだよ、オルフェ。ごめん。背中を押したつもりだったけど、なんか無理させちゃったみたい……」
「シンソニー……」
「はぁ? 嫌がるミラナに無理やり? 最低だね、三頭犬。完全に見損なったよ」
「すんません……」
「オルフェル、きみは自分の言動に責任を取れる大人になりたいんじゃなかったのか? やってることが真逆だよ。うーん。どうしてそうなってしまったんだろうな……」
「どうしてでしょう……」
「不快ですわ、おにぃさま。魔物だから理性がない、ですって。本当に恥ちらずな言いわけですわね。私、身震いがいたしますわ」
「俺、一回死んできます」
翌朝、犬耳を生やしている俺に、みんながいろいろ聞いてきた。
成り行きを正直に説明した俺は、さっきから皆様の率直なご意見やご指摘をいただいている。
シンソニーは俺の頭の上で小さく飛び跳ねて、それきり動かなくなってしまった。
キジーは俺とミラナの間に入ってミラナを隠し、俺からミラナを守ろうとしている。
シェインさんは俺の気持ちを汲むように、やさしい口調で俺を諭しつつ首を傾げて考え込んだ。
そして、幼児姿のベランカさんはその毒舌で容赦なく俺を叩きのめしている。
繊細な俺はすでに瀕死状態だ。
――ふぅ。調子乗りすぎたぜ。ミラナが思いのほか抵抗しねーから……。
みんなに怒られながらもミラナをチラ見すると、ふいっと顔を背けられてしまった。
このままでは人間になる前に、本当に嫌われてしまいそうだ。
「だけどみんな、人間に戻る方法知りたくねーのかな? ミラナあれ、絶対知ってるぜ?」
俺はまだ少し納得いかずに、小声で小鳥のシンソニーに話しかけた。
「ピィ……。確かに気にはなるけど、いま慌てて問い詰めなくてもいいんじゃないかな? まだ捕まえなきゃいけない仲間が三人もいるんだし。普通の人間になったら僕たち、いまより弱くなっちゃうよ?」
「確かに……」
俺は犬耳をはやしたまま、山頂からの山道を下った。
みんなが俺をみるたび「プッ」と吹き出したり、呆れたようにため息をついたりする。
――二十一歳に犬耳は酷すぎるだろ。こんな恥ずかしい罰はなかなかないぜ。
なにをしてもカッコのつかない状態になってしまい、大人になるのも遠のいた気分だ。
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俺たちは岩だらけの急な坂道を苦労して下った。
レーデル山の奥にあるローグ山に行くには、レーデルの山頂を超えず、裾野を回り込む道もあったらしい。
だけど恐ろしく遠回りだったため、俺たちはあまり迷うこともなく、まっすぐ山を進んできた。
とはいえやはり道は険しい。ミラナもキジーもよく平気で歩いているものだ。
昼が近づいたころ、俺たちはレーデル山を半分ほど降り、そこから隣のローグ山に移った。
レーデル山はまだ山道や吊り橋なんかもあったけど、ローグ山はどう見ても手付かずの大自然だ。
進むにつれてしだいに湿度が高くなり、岩の代わりに雑草が生い茂りはじめた。
腰まである草を、切ったりかき分けたりして進んでいると、だんだん足元がぬかるんできた。
沼地というほどではないけど、湿地という感じだ。
色鮮やかな草が花を咲かせていて、小動物が多く、自然の豊かさを感じる。
そして、昆虫や鳥、カエルなんかの魔物があちらこちらに潜んでいた。
雨なんか降ってくると炎属性の俺は弱くなってしまう。あまりこういう場所は得意ではない。
こんな辺鄙な場所を越えた先に、本当に封印された遺跡があるのだろうか。
首を傾げながらも進んでいると、ミラナが俺を振り返った。
「ズブズブして危ないし進まないね。もう、オルフェルに乗っていこっか」
「おっしゃーきたー!」
三頭犬にされてしまうのを、こんなに喜ぶとは自分でも思わなかった。
だけど、犬耳二十一歳よりはだいぶんましだ。
「いくよ~! オルフェル、解放レベル4」
――ピーロリロン♪ ピーロリロン♪――
「「「うぅわぁおーーーん!」」」
ミラナの腰のビーストケージから、赤い魔力がドクドクと俺の体に注がれていく。
体がみるみる巨大になって、腰まであった草木も足元の雑草みたいになった。
「はっはー! 見晴らしがよくなったぜー! 気分いーじゃねーか!」
みんなが俺の背中に乗って、俺たちは草だらけの湿地を進んだ。
俺からあふれ出す強烈な魔力に惹かれるのか、それとも単に目立つからなのか、魔物がうようよ集まってくる。
「オルフェル、お願いー!」
「いえーい! ドッカーンだぜ!」
「邪魔すんなフトロ! ミラナは俺に頼んでるんだぜ!」
「左はパッサーが引き受けたぜ! うぉんうぉんっ」
ここまで山奥になると、四メートルを超えるような魔物も出てくるけど、なんせ俺は十二メートルだ。
三つの口から吐き出す火炎球で吹っ飛ばすと、普段は避けるような魔物もあっという間に消し炭だった。
これならもしかすると、多少雨が降っても平気かもしれない。
パッサーとフトロはうるさいし、口のなかは少し焦げ臭いけど、俺は気分爽快だった。
「はっはー! 俺最強ー! 調子乗ってきたぜー!」
「さっきまで、あんなにしょぼくれてたのにね、もう調子に乗ってるよ。世話ないね! 三頭犬」
「おー! ありがとなー! キジー」
「褒めてないよ」
魔物を倒したあとには、キラキラと魔石が輝いている。ワシの姿のシンソニーがそれを拾って集めてくれた。
△
沼地を超えたさらに数時間後、俺たちは大きくひらけた高原に出た。
黄色い花やキノコ、ハーブがあちこちに生えていて、風が吹くと少しスパイシーな香りがする爽やかな場所だ。
奥には大きな滝があり、力強く落ちる水の音が響いている。
滝壺に流れ落ちて水飛沫をあげているのは、きっと雪解け水だろう。
吸い込んだ空気には、湿気と清涼感があった。
みたところ建物なんかは見当たらないけど、ここに隠された遺跡があるらしい。
キジーが「着いたよ」と、得意げな顔で、見えない壁を叩いている。
「こんな奥地にいったい、なんなんだ?」
「なにってそりゃ、アジール博士の研究施設だろうよ」
そう言って、見えない壁にもたれかかるキジー。毎度見ていて思うんだけど、恐ろしくはないのだろうか。
普段怖がりな彼女だけに少し不思議な気もするけど、危険がないことを彼女は知っているのだろう。
俺がこの壁に恐怖を感じるのは、オルンデニアが消えた日の強烈な気配の記憶のせいだ。
「いくつも遺跡があるってことは、博士は同じような研究施設をあちこちにつくったんだね? そして、私たちはなぜか、そこにバラバラに封印された……?」
シェインさんが、首を傾げて考え込んでいる。いったいどういうことなのか、俺にもさっぱりわからない。
「俺たちまさか、博士の実験のモルモットにされたのか?」
「ピピッ!? モルモット? ひえぇ、それ、思い出したら嫌だね」
俺の不用意な発言に、シンソニーが頭の上で飛び跳ねた。
――うーん。博士にモルモットか……。待てよ……? そういえば……。
また何か思い出せそうな気がして、俺は「うんうん」と頭をひねる。
「とにかく、今日はもう魔力も少ないから野営して、遺跡に入るのは明日にしよっか」
「そうだね。アタシはひと足先に遺跡に入って、なかの様子を確認してくるよ」
「え? そうなの?」
「うん。みんなでウロウロしたんじゃ余計に危ないからね。もし、仲間の魔物がいないなら、ここにみんなで入る必要はないんだしさ」
キジーがそう言って、遺跡の封印を解除しようとしている。
確かに、キジーに先行してもらったほうが、みんなにとって安全だろう。
大人数で入ると魔物に見つかりやすいだけでなく、振動などで罠を作動させてしまうこともあるようだ。
キジーなら魔物にみつかることなく、安全な道を見つけて罠も解除し、俺たちを的確に案内してくれることだろう。
しかしミラナは、毎度のことながら心配そうだ。
「キジー、無理しないでね? 気をつけてね? 本当に、大丈夫かな……」
「大丈夫! アタシは危ないとこには行かないのがモットーなんだからさ! 無理なら普通に戻ってくるよ」
「たのもしいぜ、キジー! おまえは仲間を導く知恵と勇気の化身だ!」
「アンタがいちばん邪魔なんだよ。三頭犬」
「あ、やっぱり?」
「まぁいいや。お風呂の準備は頼んだよ」
「おぅ。まかせとけ! 大魔道師様にふさわしい最高級の肉も炙っておくぜ」
「キジー、無事を祈っているよ」
「はいはーい。じゃ、行ってくるよ。上級解除魔法、クラックシール!」
キジーが透明の封印に亀裂を入れると、シェインさんたちをテイムしたスビレーの遺跡と同じような、グレーの石畳の廊下が見える。
その穴を潜るようにして、キジーは遺跡のなかへ消えていった。




