109 交代~スープでも飲む?~
場所:レーデル山
語り:オルフェル・セルティンガー
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「オルフェル、交代の時間だよ」
シェインさんの柔らかな声に起こされて、俺、オルフェル・セルティンガーはテントのなかで目を覚ました。
「うっす……。あれ? シンソニー?」
「ん~、だいすき……」
「え、なんかいい夢みてる?」
いつの間にかシンソニーが隣に寝ていて、俺にガッチリ抱きついている。
なんだか幸せそうな顔でむにゃむにゃ言ってるシンソニーに、思わずほっこりしてしまう。
「はは。オルフェルがあったかいからかな? 外は結構寒かったから」
「そうなんですね。ごめんシンソニー、俺見張り当番だから、ちょっとはなして?」
俺がそっとシンソニーの手をはがそうとすると、シンソニーが目を覚ましてしまった。
「ごめん、起こした」
「わ、僕こそごめん」
「スープでも飲む?」
見張りの終わったシェインさんと入れ替わりに、俺はシンソニーを連れてテントから出た。
「なんかあんまり寝た気がしねーな~。いろいろ思い出して」
「僕もだよ。オトラー帝国を見たからかな」
俺は焚火に魔力を注いで火力をあげ、鍋に残っていた夕飯のスープを温めなおした。
シンソニーと並んで座り、さっき思い出したばかりの話をする。
シンソニーは俺の話を、始終苦々しい表情を浮かべて聞いていた。
「義勇軍で、俺たちが戦ってたのは、魔物ばかりじゃなかったんだな」
「うん……あんまり思い出したくないけど。僕たち、戦争してたね」
「ネースさんにもらった、このおもちゃみたいな剣で……俺は……」
「うん……」
震える手でトリガーブレードを握りしめると、シンソニーが俺の肩に手を添えた。
「だけど、オルフェ。僕たちにも守りたいものがあったんだ。僕たちは自分の仲間や、生活を守るために戦ってた。それだけだよ」
「そうだな……。わかってはいるけどさ。もう、学生気分ではいられねー」
「ほんとだよね」
レーデル山の上から並び立つ山々の向こうに見える、オトラー帝国に目をやる俺たち。
街灯がたくさんあるのか、夕方より輝いてよく見えている。
「シンソニーから見て、あのころ俺はガキだった?」
「オルフェは熱くなると大ケガするから、そういうとこは子供かな」
「わりー」
「だけど、責任を背負って動けるところは大人だなって思ってたよ。僕は結構、自分のことで精一杯だったからさ」
「いや、シンソニーいねーと俺百万回は死んでるぜ」
「はは」
何度も俺の命を救ってくれたシンソニーが、謙遜するように小さく笑う。
だけど俺が、好きなときに熱くなれるのはシンソニーがいると思えるからだ。
「あのあとみんなどうなったかな」
「オトラーがいま、あんな立派な国になってるんだからさ。みんなきっと幸せになったんだよ」
「そうだよな……。あ、それで、シンソニーはなにを思い出したの?」
「あ……僕も、すごいこといっぱい思い出しちゃったよ……」
少しもじもじしながら、さっき思い出したという記憶を話すシンソニー。
それは、なかなか、中身の濃い話だった。
「そうか、シンソニーもエニーと。絶対そうだろうと思ってたぜ。よかったじゃねーか」
「だけど、なんだか不安になっちゃってさ。ニーニーがこのこと、忘れてるんじゃないかって思うと……」
「俺らみたいに、もう別れてたりとか……?」
「あぁっ! それは考えたくない!」
頭を抱えてしまったシンソニーに、俺は慌てて謝った。だけど本当に、二人なら大丈夫だろうという気がする。
シンソニーは俺みたいに、でかい失敗をすることはあまりないから。
「あー、俺なんでミラナと別れてんのかな。ほんと、何回考えても、わけがわからねーよ」
「死んだと思ってたミラナと、どこかで再会したんだよね」
「そんな感動的な再会して、やっとの思いで恋人になったんだろ? 別れるか?」
「ミラナだっていまも、オルフェのこと絶対好きなのにね」
「そう!? そうだよな!? だけど、はーぁ。なにこの謎すぎる状況。俺ずっとこのまま、ミラナの飼い犬かー?」
俺がぐじぐじとぼやきはじめると、シンソニーは、少し真剣な顔で、俺のほうに向きなおった。
「あのときさ、オルフェがエニーはそこにいるだろって、僕の背中を押してくれたんだよ。だからさ、僕も、きみの背中を押してもいいかな?」
「うん……?」
「ミラナは確かに、かなりの秘密主義だよ? だけど僕、いまのオルフェは少し、気を使いすぎなんじゃないかな? って思うんだよね」
「というと……?」
「だってほら、相手がキジーくらい強引だと、ミラナもわりとすんなり引いてたりするよね?」
「それは確かに」
「まぁ、キジーはやりすぎだとしても、そんなに悶々悩むくらいなら、もう少し踏み込んで聞いてみてもいいんじゃないかなぁ」
「ふむ……」
「ほら、ミラナはそこにいるよ。聞けばきっと、答えてくれる」
「……そうか……そうだよな! ありがとう、シンソニー!」
シンソニーが、俺の肩を叩いてテントに戻っていく。その背中に、俺はまた話しかけた。
「早く、エニーに会いたいな」
「うん……!」
にこっと微笑んだシンソニーが、テントに消える後姿を見送る。
――やっぱり宇宙一いいヤツだな、シンソニーは。
ひとりで見張りをはじめた俺は、いまシンソニーに聞いた話を思い返していた。
ライルの守護精霊だった大精霊のマレスが、クルーエルファントを生み出し、イザゲルさんがそれを操っていたというエンベルトの話だ。
もしそれが本当なら、あのとき俺がクルーエルファントの上で戦ったのは、イザゲルさんだったということになる。
俺はイザゲルさんとほとんど面識がないうえ、顔もモヤで隠れていた。もしそうだとしても、気付くことができない。
――だけど、そんなはずねーよな。いくらなんでもそんなこと……。イコロには、イザゲルさんの父親だっていたんだぜ……。
――そうだ。きっと、エンベルトの罠じゃねーかな? そういやこの傷、あいつにやられたんだったか。
自分の胸部に残る大きな傷跡に手を置くと、ひくっと口元が引き攣った。
――こういうとこがガキなんだな、俺は……。よく知らねーのに、下心で騎士を目指したりして。
――そりゃ、ミラナも呆れるよな。
△
ぼんやり考えごとをしていると、目の前になにか飛んできた。
キラキラと虹色に輝きながら、ふわふわといくつも漂っている。
――シャボン玉……。ミラナか?
シャボン玉の飛んでくるほうへ歩いていくと、高い崖の上で魔笛を持って立っているミラナの姿が見えた。
魔笛からシャボン玉をだしては、少女のようにそれを目で追っている。
「ミラナ、そんなとこでなにしてんの? 一人であぶねーよ? 外出るなら声かけてくんねーと……」
「オルフェル……? ごめん、テントが寒くてつい……」
「ベランカさんか……」
朝焼けのなか、漂うシャボンに囲まれて、振り返った彼女の向こうに、オトラーの景色が広がっている。
シャボン玉は虹色に輝き、風に乗って遠くへ飛んでは、ひとつ、ふたつと割れて消えた。
それはまるで、ミラナのようだ。
美しくて儚くて、手を伸ばすと消えてしまう。
「オルフェルは、帰りたい?」
「ん……。そうだな、もし帰れるなら、フィネーレたちに会えねーかなって思ったりするけど。オルンデニアも気になるし、親の墓と、グレイン川にも……」
「オトラーは、敵国だよ」
「そう……みたいだな」
逆光で見えない彼女の表情。だけど、俺の言葉を遮ったその声は、少し悲しそうに聞こえた。
ミラナがなにを思っているのか、俺にはわからないことだらけだ。
だけどいまはとりあえず、ミラナの悲しむ顔は見たくない。
「まぁ、無理ならしかたねーけどな。それよりこっちきて。スープ、温めたから」
「うん……」
俺はミラナを連れて戻り、焚き火のそばに座らせた。
久しぶりにミラナと二人きりだ。あたたかいスープを渡す俺。
ミラナの唇がカップに触れるのを見ただけで、俺の心臓はドクンドクンと音を立てた。
熱いスープをフーフーと冷ます彼女の仕草が可愛いくて、目が離せなくなってしまう。
すぐそばにいるミラナとのこの距離が、たとえどんなに遠くても俺は手を伸ばさずにいられない。
――そうだ、せっかくシンソニーに背中押してもらったし、ちょっと踏み込んだこと聞いてみるか……?
そう思った俺は、いちばん気になっていることを、思い切ってミラナに聞いてみることにした。




